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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
ネギをしょってきたカモ
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マリア・アラトルソワを一言で表すなら、可愛らしいおバカさんだ。
ジークハルトは、先ほどのマリアの顔を思い出して、ふっと笑った。
(私の妹は、本当におバカさんだね)
マリアは、ブルーメ学園に入学した去年から、あっちにふらふらこっちにふらふらと、端正で身分の高い男性を見つけては言い寄っていたどうしようもない尻軽である。
両親から甘やかされて育ったマリアは、世界で一番自分が尊い存在であると勘違いしていた、ものすごく痛い子だった。
それを否定せずにただただ眺めていたジークハルトにも責任はあるが、マリアの勘違いも、あながち的外れではないと思っていたのも事実である。
マリアは、顔立ちだけなら、ここポルタリア国で一、二を争うほどの美人だろう。
艶やかな金色の髪に、赤紫色の大きな瞳。玲瓏とした美貌。
物心ついたときから「美」に対して並々ならぬ関心のあったマリアは、己の美しさを磨くことに余念がなく、そうして出来上がった彼女はまさしく神々に愛された美貌と称してもいいほどのものだ。
顔立ちだけではなく、ほっそりとしていながらも出るところは出ている抜群のプロポーション。
黙って微笑んで立っていれば、百人が百人振り返る。
が――
幼いころから可愛い可愛いと甘やかしすぎたのがいけないのか、それともマリアの関心が美と男にしか向かなかったのがいけないのか、マリアは顔と体以外は欠点だらけの女の子に育ってしまった。
昔から「王子様と結婚するのー」と夢見がちなことを言っていた子ではあるけれど、さすがのジークハルトも、学園に入学するや否や、まるで発情期の猫のように、あっちにふらふらこっちにふらふらと男を追いかけるとは思わなかった。
それなりに身分もあり良識のある人間であれば、マリアのような多情な女は相手にしないだろう。
ただし、中には一時の遊び相手としては都合がいいと、マリアにちょっかいをかける男がいなかったわけではない。
そんな男はジークハルトが裏から手を回してことごとく潰して、おバカさんなマリアが馬鹿な男に引っかからないように大切に見守って来た。
だからだろうか。
学園に入学して丸一年が経過した春。
学園に通うめぼしい男が誰もマリアのことを相手にしないことに焦ったのだろう。
今朝唐突に部屋に突入してきては、マリアはあろうことかこう宣った。
「お兄様、わたしと結婚してくださいませ‼」
はっきり言おう、ジークハルトは、鴨が葱を背負って来る状況とはこういうことを言うのかと思ったほどだ。
マリアの思考回路は理解できないが、このままではまずいと思いはじめたマリアはタイミングよくジークハルトが実の兄でないことに気が付いて(というより今までよく気が付かなかったものだ)、手近なところで手を打とうと考えたらしい。
が、それがどうして「契約結婚」に落ち着くのはジークハルトとしてはよくわからなかったが、まあいい。
マリアが学園を卒業するまでの間に、どうやってからめとってやろうかと考えていた可愛い可愛いおバカさんな妹が、自分からこの手に落ちてきたのだから。
「ふふふ……」
ジークハルトがマリアの兄になったのは、彼が三歳のときだ。
ジークハルトの父はマリアの父の兄だった。本来、ジークハルトの父がアラトルソワ公爵家を継ぐはずだったのだ。
けれども、両親は、旅行中に魔物に襲われて命を落とした。
父が命懸けで守ったジークハルトだけが生き延び、そして、叔父の家の子になったのだ。
ジークハルトが引き取られた時、マリアはまだ母親の腹の中にいて生まれていなかった。
だからマリアがジークハルトを実の兄だと思い込むのは仕方のないことだ。
だが、養父である叔父は、ジークハルトがマリアの実の兄ではないことを隠してはなかったし、むしろ、堂々と邸の中にジークハルトの実母の肖像画を飾っているほどだった。
使用人に口止めをしているわけでもない。
図書館に行けば我が家の家系図があり、それを見てもジークハルトがマリアの父の兄の子であることはわかったはずである。
少し注意深く観察すれば、いくらでもヒントは落ちていた。
そのヒントに今まで一度も気づかず、そして何の違和感も覚えずにきたマリアはある意味天才なのかもしれない。鈍感にしてもひどすぎる。
養父は昔からジークハルトをアラトルソワ公爵家の跡取りとする予定であったし、「なんならマリアを娶ってくれていいんだよ」とも言っていた。
娘を溺愛している養父は、マリアを他家に嫁がせようなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。
そしてジークハルトも、昔からバカで可愛いマリアに対して、妹以上の感情を抱いていたことも事実だ。
だからこそ、どこかで自分が兄ではないことを伝えて、退路を塞ぎ、この腕の中にからめとってやろうと虎視眈々と機会を狙ってきたのである。
学園で男を追いかけまわすマリアの奇行を止めなかったのもそのためだ。
公爵令嬢の結婚相手となれば身分が限られる。
その中の誰からも相手にされなかったとなれば、マリアは簡単に自分の手に落ちるとそう踏んでいた。
マリアをもらってくれるのはジークハルト以外はいないと思わせ、縋り付かせる。
ここまでがジークハルトの計画だったが、その前に、マリアはよくわからない悟りを開いたらしい。
このままでは破滅するとは、またなかなか愉快な方向に考えたものだが、この機会を逃すジークハルトではないのだ。
納得いかないのは「契約」といういらない修飾語だが、言質は取った。
マリアが学園を卒業するまでにほかの結婚相手を見つけられなければ、マリアはこのまま一生涯ジークハルトのものだ。
そしてすでに一年、高飛車にふるまって男を追いかけまわしていたマリアが、結婚相手なんて見つけられるはずがない。
マリアは今二年生。
今が四月なので、卒業まで約四年。
ちょっとしたゲームだと思えばいい。
(そして、この四年間の間に、私が何もしないとは言っていないよ)
可愛いマリアは、四年後、どんな顔をしてジークハルトの腕の中に落ちてきてくれるだろうか。
その日のことを想像すると、ぞくぞくとした愉悦が背筋に這い上がって来る。
可愛いマリア――
お兄ちゃんはね、君を妹だと思ったことは、一度もないんだよ。
ジークハルトは、先ほどのマリアの顔を思い出して、ふっと笑った。
(私の妹は、本当におバカさんだね)
マリアは、ブルーメ学園に入学した去年から、あっちにふらふらこっちにふらふらと、端正で身分の高い男性を見つけては言い寄っていたどうしようもない尻軽である。
両親から甘やかされて育ったマリアは、世界で一番自分が尊い存在であると勘違いしていた、ものすごく痛い子だった。
それを否定せずにただただ眺めていたジークハルトにも責任はあるが、マリアの勘違いも、あながち的外れではないと思っていたのも事実である。
マリアは、顔立ちだけなら、ここポルタリア国で一、二を争うほどの美人だろう。
艶やかな金色の髪に、赤紫色の大きな瞳。玲瓏とした美貌。
物心ついたときから「美」に対して並々ならぬ関心のあったマリアは、己の美しさを磨くことに余念がなく、そうして出来上がった彼女はまさしく神々に愛された美貌と称してもいいほどのものだ。
顔立ちだけではなく、ほっそりとしていながらも出るところは出ている抜群のプロポーション。
黙って微笑んで立っていれば、百人が百人振り返る。
が――
幼いころから可愛い可愛いと甘やかしすぎたのがいけないのか、それともマリアの関心が美と男にしか向かなかったのがいけないのか、マリアは顔と体以外は欠点だらけの女の子に育ってしまった。
昔から「王子様と結婚するのー」と夢見がちなことを言っていた子ではあるけれど、さすがのジークハルトも、学園に入学するや否や、まるで発情期の猫のように、あっちにふらふらこっちにふらふらと男を追いかけるとは思わなかった。
それなりに身分もあり良識のある人間であれば、マリアのような多情な女は相手にしないだろう。
ただし、中には一時の遊び相手としては都合がいいと、マリアにちょっかいをかける男がいなかったわけではない。
そんな男はジークハルトが裏から手を回してことごとく潰して、おバカさんなマリアが馬鹿な男に引っかからないように大切に見守って来た。
だからだろうか。
学園に入学して丸一年が経過した春。
学園に通うめぼしい男が誰もマリアのことを相手にしないことに焦ったのだろう。
今朝唐突に部屋に突入してきては、マリアはあろうことかこう宣った。
「お兄様、わたしと結婚してくださいませ‼」
はっきり言おう、ジークハルトは、鴨が葱を背負って来る状況とはこういうことを言うのかと思ったほどだ。
マリアの思考回路は理解できないが、このままではまずいと思いはじめたマリアはタイミングよくジークハルトが実の兄でないことに気が付いて(というより今までよく気が付かなかったものだ)、手近なところで手を打とうと考えたらしい。
が、それがどうして「契約結婚」に落ち着くのはジークハルトとしてはよくわからなかったが、まあいい。
マリアが学園を卒業するまでの間に、どうやってからめとってやろうかと考えていた可愛い可愛いおバカさんな妹が、自分からこの手に落ちてきたのだから。
「ふふふ……」
ジークハルトがマリアの兄になったのは、彼が三歳のときだ。
ジークハルトの父はマリアの父の兄だった。本来、ジークハルトの父がアラトルソワ公爵家を継ぐはずだったのだ。
けれども、両親は、旅行中に魔物に襲われて命を落とした。
父が命懸けで守ったジークハルトだけが生き延び、そして、叔父の家の子になったのだ。
ジークハルトが引き取られた時、マリアはまだ母親の腹の中にいて生まれていなかった。
だからマリアがジークハルトを実の兄だと思い込むのは仕方のないことだ。
だが、養父である叔父は、ジークハルトがマリアの実の兄ではないことを隠してはなかったし、むしろ、堂々と邸の中にジークハルトの実母の肖像画を飾っているほどだった。
使用人に口止めをしているわけでもない。
図書館に行けば我が家の家系図があり、それを見てもジークハルトがマリアの父の兄の子であることはわかったはずである。
少し注意深く観察すれば、いくらでもヒントは落ちていた。
そのヒントに今まで一度も気づかず、そして何の違和感も覚えずにきたマリアはある意味天才なのかもしれない。鈍感にしてもひどすぎる。
養父は昔からジークハルトをアラトルソワ公爵家の跡取りとする予定であったし、「なんならマリアを娶ってくれていいんだよ」とも言っていた。
娘を溺愛している養父は、マリアを他家に嫁がせようなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。
そしてジークハルトも、昔からバカで可愛いマリアに対して、妹以上の感情を抱いていたことも事実だ。
だからこそ、どこかで自分が兄ではないことを伝えて、退路を塞ぎ、この腕の中にからめとってやろうと虎視眈々と機会を狙ってきたのである。
学園で男を追いかけまわすマリアの奇行を止めなかったのもそのためだ。
公爵令嬢の結婚相手となれば身分が限られる。
その中の誰からも相手にされなかったとなれば、マリアは簡単に自分の手に落ちるとそう踏んでいた。
マリアをもらってくれるのはジークハルト以外はいないと思わせ、縋り付かせる。
ここまでがジークハルトの計画だったが、その前に、マリアはよくわからない悟りを開いたらしい。
このままでは破滅するとは、またなかなか愉快な方向に考えたものだが、この機会を逃すジークハルトではないのだ。
納得いかないのは「契約」といういらない修飾語だが、言質は取った。
マリアが学園を卒業するまでにほかの結婚相手を見つけられなければ、マリアはこのまま一生涯ジークハルトのものだ。
そしてすでに一年、高飛車にふるまって男を追いかけまわしていたマリアが、結婚相手なんて見つけられるはずがない。
マリアは今二年生。
今が四月なので、卒業まで約四年。
ちょっとしたゲームだと思えばいい。
(そして、この四年間の間に、私が何もしないとは言っていないよ)
可愛いマリアは、四年後、どんな顔をしてジークハルトの腕の中に落ちてきてくれるだろうか。
その日のことを想像すると、ぞくぞくとした愉悦が背筋に這い上がって来る。
可愛いマリア――
お兄ちゃんはね、君を妹だと思ったことは、一度もないんだよ。
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