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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
プロローグ 悪役令嬢に転生した模様です
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「ひぎゃああああああああ‼」
わたしは、自分が発した奇声で目を覚ました。
赤紫色の瞳をカッと見開き、覚醒と同時に雷に打たれたように微動だにしなくなったわたしに、部屋の中でわたしが目覚めた後の準備を整えていた侍女のヴィルマが、花瓶を抱えたまま大慌てでベッドまで駆け寄って来る。
「お嬢様どうしました⁉ まさか十年ぶりにおねしょですか⁉ お任せくださいこのヴィルマ、今からこの花瓶をぶちまけておねしょの証拠を隠滅してさしあげま――」
「なんでそうなるのよおねしょなんてしないわよ‼」
証拠隠滅どころか、花瓶をひっくり返してわたしごと水浸しにしようとしていたヴィルマのおかげで、わたしはちょっとだけ冷静さを取り戻した。
あくまでちょっとだけだが、我に返らなくてはヴィルマに「十七歳にもなっておねしょをしたお嬢様」というレッテルを貼られるあまりか、壺のような大きな花瓶に入った水で頭からびしょぬれにされかねない。
ヴィルマはわたしの頭上で今にもひっくり返そうとしていた花瓶を、どこか名残惜しそうにベッドサイドのテーブルにおいて、チッと舌打ちした。
……こいつ、もしかしなくてもわざとかしら?
ヴィルマはわたしより一つ年上の大変優秀な侍女だが、いかんせんおふざけが過ぎるところがある。
いやだが、わたしのような、後に「悪役令嬢」と呼ばれるような女の侍女は、このくらい図太い神経をしていなくては務まらないのだろう――ってああ‼ そうだったよ‼
わたしは両手で頭を抱えると、ごろんごろんとキングサイズも鼻で嗤えそうなとんでもなく大きなベッドの上を左右に転がり出す。
「え? ちょっとお嬢様、本当にどうしたんですか? まさか昨日のアレを、今頃になって後悔しはじめたんですか? でもアレはいつものことじゃないですか? 今にはじまったことじゃないですし、厚顔なお嬢様があの程度で恥ずかしがるなんて――」
「ヴィルマ、三分黙って」
わたしが言うと、ヴィルマは腰に巻いていたエプロンのポケットからさっと懐中時計を取り出す。
これで三分は静かになるはずなので、わたしはむくりと上体を起こすと、はーっと長いため息を吐き出した。
ああ、もう、なんで今になって、こんな重要なことを思い出すかな?
いや、逆に思い出してよかったと言えるべきかもしれないけれども、もっと早くに思い出したかったよ‼
わたしは行儀悪くもベッドの上に胡坐をかいて、膝の上に頬杖をつく。
わたしが奇声を上げて飛び起きたのは――何を隠そう、前世の記憶を思い出したからである。
世界の中心はわ・た・し、とばかりのお花畑思考のわたしマリア・アラトルソワは、昨日、通っているブルーメ学園でこのポルタリア国の第一王子から手ひどくあしらわれたにも関わらず、上機嫌で眠りについた。
それは何故か。
簡単なことである。
昨日までのおバカなわたしは、王子に道端のゴミを見るような目で見つめられようとも「いやーん、殿下ったら照れちゃって♡」と超ポジティブ思考を発揮できるとってもイタイ子だったからだ。
そして、「殿下ってばわたしの美貌に照れちゃって可愛いんだから~」と、うふうふ笑いながら眠りについたわたしは、夢を見た。
いや、夢と言うよりは記憶だろう。
わたしは、マリア・アラトルソワとして生まれる前の前世の三十年分の記憶を、まるで走馬灯のように夢として見たのだ。
そして気づいた。
わたしは、マリア・アラトルソワ。
この世界の悪役令嬢だと。
どうやらわたしは、前世ではまっていたスマホゲーム「ブルーメ」の中に転生したようなのだ。
わたしが通っている学園と同じ名前を冠したゲームは、その名から想像できるように学園物の恋愛趣味レーションゲームである。
そして、スマホ配信の怖いところは、終わりがない。
いや、一応のエンディングはあるのだが、次々に追加されるし、キャラは増えるし、課金でプレイできるサブイベントもあるし、とわたしが死ぬ前ですら、攻略対象者は二十人もいて、それぞれに本編、続編、○○編……などなど、たくさんのストーリーが展開していた。つまり大人気ゲームだ。
そして、そのすべてのキャラに関わる悪役令嬢、それがわたしだった。
やばいやばいやばいマジやばい‼
この「ブルーメ」の世界のわたしの役割と言えば、ゲーム中盤までの当て馬的悪役令嬢と言い換えることができるだろう。
わたしはすべての攻略対象のルートにおいて、ヒロインの恋路を邪魔する役割として登場する。
そしてわたしの活躍(?)によって、ヒロインと攻略対象は愛を深め合うのだ。
そんな陰の立役者(?)であるわたしは、どの攻略対象ルートでも悲しいほどあっけなく断罪されて、国外追放されたり修道院送りにされたりする。一番ひどいのはこの国の第一王子ルートで、刺客を使ってヒロインを殺そうとしたわたしを、第一王子が正当防衛とばかりに斬り殺すというものだ。それはもう正当防衛じゃなくて過剰防衛である。ひどすぎる。
……ピンチだわ。人生どころか前世の人生も含めた中での最大のピンチ‼
このままでは断罪まっしぐら。
ヒロインが登場するのは来年なのでまだ一年あるが、わたしはすでにいろいろ各方面でやらかしまくっている。
というのも、「ブルーメ」の初期の攻略対象が四人いるのだが、わたしはすでにこの四人に対して熱いを通り越して暑苦しい、自己主張の過ぎるアピールをしまくっているのだから‼
くそぅ! マリア! あんた、なんでこんなに気が多いの! えへ、それは悪役令嬢だからよ♡ って脳内劇場してる場合じゃないわー‼
ちなみに「ブルーメ」の初期攻略対象だったのは、この四人。
ルーカス・ポルタリア
ポルタリア国第一王子。
マリアより一つ年上の第三学年。
ラインハルト・グレックヒェン
グレックヒェン公爵令息でルーカスの幼馴染で側近。
マリアより一つ年上の第三学年。
ヴルフラム・オルヒデーエ
オルヒデーエ伯爵令息。
マリアと同じ年の第二学年で同じクラスの二年三組。
アレクサンダー・ナルツィッセ
ナルツィッセ公爵令息。
マリアより二つ年上で第四学年。
ブルーメ学園は十六歳になる年から二十歳になる年までの五年間の学園だ。
ポルタリア国で唯一の貴族学校で、貴族の子女は全員この学園に通うと言っても過言ではない。
というのも、近隣諸国と比べて貴族の基礎学力の低下を憂いた二代前の国王陛下が、しかるべき理由(たとえばすでに務めていて学園に通えないなど)がないものは全員この学園に通うべしとお触れを出したからだ。
卒業するしないは置いておくとして、貴族は必ず、一度はこの学園に足を踏み入れるのである。
「お嬢様、三分経ちました」
「あと二分」
「いったいいつまでぼーっとしてるんですか?」
ヴィルマがあきれ顔をしつつも、また懐中時計に目を落とす。
ヴィルマは主を主とも思っていないようなおふざけの過ぎる困った侍女だが、こういうところは素直に言うことを聞いてくれるいい侍女だ。ただし、あとあと「今日のお嬢様」とわたしの両親に報告されるのはいただけない。きっと今朝のことも「お嬢様の奇行」として事実に尾ひれをつけて面白おかしく語られることだろう。いつか覚えてろヴィルマ!
ただまあ、わたしに激甘の両親は、わたしの奇行なんていつものことなので、たいていは「もう、困ったマリアちゃん」と微笑ましく聞いているのだが。
……うちの両親の頭もたいがいお花畑だわね。
わたしは残された二分で今後のことを考える。
ゲーム「ブルーメ」のプロローグは、来年の春。
今が春だからまだ丸一年ある。
つまりこの一年で何らかの対策を取ることができれば、わたしは「悪役令嬢」にはならない、はずだ。
もうかなりがっつりやらかしている感は半端ないが、猶予があるのはいいことである。
あとは、当て馬的悪役令嬢ポジをどうやって返上するかだが――
わたしはそこで、ハッとした。
悪役令嬢は、当て馬である。
ヒロインの恋のライバルだ。
では、物理的にヒロインのライバルになり得ない立場になっておけば、わたしは晴れて当て馬的な役割からは解放され、悪役令嬢にはならないのではあるまいか!
しかし、どうやって、ライバルになり得ない立場になるかであるが、わたしの頭にはひとつ名案が閃いた。
「おほほほほほほ! わたし、天才!」
十七年、悪役令嬢マリア・アラトルソワだったわたしは、高笑いが癖づいている。
そのうちこの癖も何とかしなくてはいけないなと思いながら、わたしはベッドから飛び降りると、ヴィルマの制止も聞かずに「おほほほほほほ~」と部屋から飛び出し、お兄様の部屋に向かった。
そして――
「お兄様、わたしと結婚してくださいませ‼」
聞く人が聞けばとんでもない爆弾発言を投下したのである。
わたしは、自分が発した奇声で目を覚ました。
赤紫色の瞳をカッと見開き、覚醒と同時に雷に打たれたように微動だにしなくなったわたしに、部屋の中でわたしが目覚めた後の準備を整えていた侍女のヴィルマが、花瓶を抱えたまま大慌てでベッドまで駆け寄って来る。
「お嬢様どうしました⁉ まさか十年ぶりにおねしょですか⁉ お任せくださいこのヴィルマ、今からこの花瓶をぶちまけておねしょの証拠を隠滅してさしあげま――」
「なんでそうなるのよおねしょなんてしないわよ‼」
証拠隠滅どころか、花瓶をひっくり返してわたしごと水浸しにしようとしていたヴィルマのおかげで、わたしはちょっとだけ冷静さを取り戻した。
あくまでちょっとだけだが、我に返らなくてはヴィルマに「十七歳にもなっておねしょをしたお嬢様」というレッテルを貼られるあまりか、壺のような大きな花瓶に入った水で頭からびしょぬれにされかねない。
ヴィルマはわたしの頭上で今にもひっくり返そうとしていた花瓶を、どこか名残惜しそうにベッドサイドのテーブルにおいて、チッと舌打ちした。
……こいつ、もしかしなくてもわざとかしら?
ヴィルマはわたしより一つ年上の大変優秀な侍女だが、いかんせんおふざけが過ぎるところがある。
いやだが、わたしのような、後に「悪役令嬢」と呼ばれるような女の侍女は、このくらい図太い神経をしていなくては務まらないのだろう――ってああ‼ そうだったよ‼
わたしは両手で頭を抱えると、ごろんごろんとキングサイズも鼻で嗤えそうなとんでもなく大きなベッドの上を左右に転がり出す。
「え? ちょっとお嬢様、本当にどうしたんですか? まさか昨日のアレを、今頃になって後悔しはじめたんですか? でもアレはいつものことじゃないですか? 今にはじまったことじゃないですし、厚顔なお嬢様があの程度で恥ずかしがるなんて――」
「ヴィルマ、三分黙って」
わたしが言うと、ヴィルマは腰に巻いていたエプロンのポケットからさっと懐中時計を取り出す。
これで三分は静かになるはずなので、わたしはむくりと上体を起こすと、はーっと長いため息を吐き出した。
ああ、もう、なんで今になって、こんな重要なことを思い出すかな?
いや、逆に思い出してよかったと言えるべきかもしれないけれども、もっと早くに思い出したかったよ‼
わたしは行儀悪くもベッドの上に胡坐をかいて、膝の上に頬杖をつく。
わたしが奇声を上げて飛び起きたのは――何を隠そう、前世の記憶を思い出したからである。
世界の中心はわ・た・し、とばかりのお花畑思考のわたしマリア・アラトルソワは、昨日、通っているブルーメ学園でこのポルタリア国の第一王子から手ひどくあしらわれたにも関わらず、上機嫌で眠りについた。
それは何故か。
簡単なことである。
昨日までのおバカなわたしは、王子に道端のゴミを見るような目で見つめられようとも「いやーん、殿下ったら照れちゃって♡」と超ポジティブ思考を発揮できるとってもイタイ子だったからだ。
そして、「殿下ってばわたしの美貌に照れちゃって可愛いんだから~」と、うふうふ笑いながら眠りについたわたしは、夢を見た。
いや、夢と言うよりは記憶だろう。
わたしは、マリア・アラトルソワとして生まれる前の前世の三十年分の記憶を、まるで走馬灯のように夢として見たのだ。
そして気づいた。
わたしは、マリア・アラトルソワ。
この世界の悪役令嬢だと。
どうやらわたしは、前世ではまっていたスマホゲーム「ブルーメ」の中に転生したようなのだ。
わたしが通っている学園と同じ名前を冠したゲームは、その名から想像できるように学園物の恋愛趣味レーションゲームである。
そして、スマホ配信の怖いところは、終わりがない。
いや、一応のエンディングはあるのだが、次々に追加されるし、キャラは増えるし、課金でプレイできるサブイベントもあるし、とわたしが死ぬ前ですら、攻略対象者は二十人もいて、それぞれに本編、続編、○○編……などなど、たくさんのストーリーが展開していた。つまり大人気ゲームだ。
そして、そのすべてのキャラに関わる悪役令嬢、それがわたしだった。
やばいやばいやばいマジやばい‼
この「ブルーメ」の世界のわたしの役割と言えば、ゲーム中盤までの当て馬的悪役令嬢と言い換えることができるだろう。
わたしはすべての攻略対象のルートにおいて、ヒロインの恋路を邪魔する役割として登場する。
そしてわたしの活躍(?)によって、ヒロインと攻略対象は愛を深め合うのだ。
そんな陰の立役者(?)であるわたしは、どの攻略対象ルートでも悲しいほどあっけなく断罪されて、国外追放されたり修道院送りにされたりする。一番ひどいのはこの国の第一王子ルートで、刺客を使ってヒロインを殺そうとしたわたしを、第一王子が正当防衛とばかりに斬り殺すというものだ。それはもう正当防衛じゃなくて過剰防衛である。ひどすぎる。
……ピンチだわ。人生どころか前世の人生も含めた中での最大のピンチ‼
このままでは断罪まっしぐら。
ヒロインが登場するのは来年なのでまだ一年あるが、わたしはすでにいろいろ各方面でやらかしまくっている。
というのも、「ブルーメ」の初期の攻略対象が四人いるのだが、わたしはすでにこの四人に対して熱いを通り越して暑苦しい、自己主張の過ぎるアピールをしまくっているのだから‼
くそぅ! マリア! あんた、なんでこんなに気が多いの! えへ、それは悪役令嬢だからよ♡ って脳内劇場してる場合じゃないわー‼
ちなみに「ブルーメ」の初期攻略対象だったのは、この四人。
ルーカス・ポルタリア
ポルタリア国第一王子。
マリアより一つ年上の第三学年。
ラインハルト・グレックヒェン
グレックヒェン公爵令息でルーカスの幼馴染で側近。
マリアより一つ年上の第三学年。
ヴルフラム・オルヒデーエ
オルヒデーエ伯爵令息。
マリアと同じ年の第二学年で同じクラスの二年三組。
アレクサンダー・ナルツィッセ
ナルツィッセ公爵令息。
マリアより二つ年上で第四学年。
ブルーメ学園は十六歳になる年から二十歳になる年までの五年間の学園だ。
ポルタリア国で唯一の貴族学校で、貴族の子女は全員この学園に通うと言っても過言ではない。
というのも、近隣諸国と比べて貴族の基礎学力の低下を憂いた二代前の国王陛下が、しかるべき理由(たとえばすでに務めていて学園に通えないなど)がないものは全員この学園に通うべしとお触れを出したからだ。
卒業するしないは置いておくとして、貴族は必ず、一度はこの学園に足を踏み入れるのである。
「お嬢様、三分経ちました」
「あと二分」
「いったいいつまでぼーっとしてるんですか?」
ヴィルマがあきれ顔をしつつも、また懐中時計に目を落とす。
ヴィルマは主を主とも思っていないようなおふざけの過ぎる困った侍女だが、こういうところは素直に言うことを聞いてくれるいい侍女だ。ただし、あとあと「今日のお嬢様」とわたしの両親に報告されるのはいただけない。きっと今朝のことも「お嬢様の奇行」として事実に尾ひれをつけて面白おかしく語られることだろう。いつか覚えてろヴィルマ!
ただまあ、わたしに激甘の両親は、わたしの奇行なんていつものことなので、たいていは「もう、困ったマリアちゃん」と微笑ましく聞いているのだが。
……うちの両親の頭もたいがいお花畑だわね。
わたしは残された二分で今後のことを考える。
ゲーム「ブルーメ」のプロローグは、来年の春。
今が春だからまだ丸一年ある。
つまりこの一年で何らかの対策を取ることができれば、わたしは「悪役令嬢」にはならない、はずだ。
もうかなりがっつりやらかしている感は半端ないが、猶予があるのはいいことである。
あとは、当て馬的悪役令嬢ポジをどうやって返上するかだが――
わたしはそこで、ハッとした。
悪役令嬢は、当て馬である。
ヒロインの恋のライバルだ。
では、物理的にヒロインのライバルになり得ない立場になっておけば、わたしは晴れて当て馬的な役割からは解放され、悪役令嬢にはならないのではあるまいか!
しかし、どうやって、ライバルになり得ない立場になるかであるが、わたしの頭にはひとつ名案が閃いた。
「おほほほほほほ! わたし、天才!」
十七年、悪役令嬢マリア・アラトルソワだったわたしは、高笑いが癖づいている。
そのうちこの癖も何とかしなくてはいけないなと思いながら、わたしはベッドから飛び降りると、ヴィルマの制止も聞かずに「おほほほほほほ~」と部屋から飛び出し、お兄様の部屋に向かった。
そして――
「お兄様、わたしと結婚してくださいませ‼」
聞く人が聞けばとんでもない爆弾発言を投下したのである。
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