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 中将ちゅうじょうが小野へ到着したのは夕暮れ時だった。

 結局、降っていた雪は途切れることなく、中将が庵室に訪れたときには、庭一面深い白に覆われていた。

 恬子やすこはすぐに火桶ひおけという火桶すべてにすみを入れ、冷えた体を温めてもらうために湯殿を用意し、できるだけ暖かそうな着替えを準備してとせわしない。

「宮様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

 小野に移り住んでから、恬子は慣れないながらも庵室のことを細々とこなしてきた。中将はもちろんそれを知っているし、彼が訪れたときには恬子が世話を焼いていたが、彼は毎回そう言って申し訳なさそうな顔をする。

 年を経ても、中将は雅な人だった。

 五十も半ばをすぎ、そのくしには白いものが混じっているが、年齢を感じさせない雰囲気は相変わらずだ。

 昔と変わらず、典雅に咲き誇る桜のようで、はらりはらりと宙を舞う、儚い桜吹雪のようでもある。その、ともすれば矛盾する魅力が、なぜか彼にかかると調和されて、絶妙な均衡を保ちながら存在するのだから不思議だった。

「お気になさることはございませんわ」

 中将の前に堂々と顔をさらして、恬子は着替えを手に「さあ」と彼を湯殿へ追いやった。

「ゆっくり温まってください。着替えはおいておきます」

 微笑んで告げると、彼は何か言いたそうに眉を下げる。

 おおかた、内親王ないしんのう女房にょうぼうのするようなことを自ら行っているのが痛々しい――、と言いたいのだろう。何度か言われたこともあるので、恬子は肩をすくめて見せた。

「好きでやっているのだから、いいのです」

 それは本心だった。

 恬子が小野に移り住むと決めたとき、右近うこんをはじめ、恬子に長く仕えていた者たちは、こぞってついて行くと申し出た。それをやんわりと、しかし頑として断ったのは恬子自身だ。静かに瞑想の日々を送る兄の邪魔をしたくないという理由もあるが、何より、恬子は誰にも邪魔をされず一人になりたかった。

 あのころ、恬子はすべてのことに疲れていたのだ。そっとしておいてほしかった。煩雑な都から離れて、心静かに自分を見つめなおしたかったのだ。

 中将は「仕方ありませんね」というように苦笑を浮かべると、おとなしく湯殿へと消える。

 恬子はそれを見届けて、中将が湯を使っている間、彼のために食事の用意をしはじめたのだった。
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