すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき@バカふり200万部突破

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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

シャル 2

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「マリア、パパですよ~」

 扉を開けたサーラは、パタン、とすぐに扉を閉めた。

「ちょっとマリア! どうしてパパを締め出すんですか!」

 すぐに、ドンドンと扉が叩かれる。

(って、どうしてここにアルフレッド様が?)

 アルフレッドは、滅多にウォレスの私室にやってこない。
 仕事で忙しいのもあるだろうが、単に母や妹を苦手としているからのような気がしなくもない。

「マルセル、開けなさい! 中にいるんでしょう?」

 サーラが扉をあけないとわかると、中で護衛任務に就いていたマルセルに指名がかかった。
 びくりと小さく震えたマルセルが、情けなさそうな顔をしてサーラと、それから奥で扉を睨んでいるジャンヌを見る。

「……マリア、開けていいですか?」

 確認を入れたのは、ジャンヌがいるからだろう。
 サーラだけなら、たぶん問答無用で開けていた。

(本当に力関係がわかりやすい家族よね)

 朝食後のお茶を飲んでいたウォレスがしかめっ面になる。

「まだ仕事の時間ではないだろう。あいつはいったい何しに来たんだ。マルセル、廊下で用事を聞いて来い」

 サーラが答える前にウォレスが命じた。
 可哀想なのはマルセルである。
 この世の終わりを見たような顔で肩を落とし、小さく扉を開いて廊下に出た。
 外からはアルフレッドの叱責が一方的に聞こえてくる。
 サーラはその間にウォレスの側に寄った。ジャンヌとアルフレッドの力関係は拮抗しているので、ウォレスの側が一番安全だ。アルフレッドが廊下で話をしてすごすご帰っていくとは思えないからである。
 しばらくして、そーっとうかがうように扉が開いた。

「あの、殿下……、一応、急ぎらしいですが」
「一応とは何です。急ぎに一応なんて副詞は必要ありません!」

 扉の隙間から、アルフレッドの声が響く。

「で、用件は?」
「それが、殿下に直接話すと……って、わあっ」
「どきなさい!」

 マルセルが言い終わる前に、アルフレッドが弟の背中を蹴とばした。
 中途半端に開いた扉と一緒にマルセルが室内に転がり込む。
 転びそうになりながらも両手をついて前転の要領で華麗に立ち上がるのは、さすが鍛え抜かれた騎士といったところだろうか。

 感心して見つめていると、ウォレスが「私もあれくらいできる」と何故か張り合ってきた。やきもち焼き王子は何でも張り合おうとするからいけない。

 マルセルの背後から、アルフレッドがムッとした顔で部屋に入ってくる。
 扉を閉めると、当たり前のような顔でソファに座り、サーラに視線を向けた。

「マリア、パパはミルクティーでお願いします」

 これまた当然のような顔でお茶を要求してくる。
 ジャンヌが、軽蔑しているような視線で兄を睨んだ。

「お兄様、ここは第二王子殿下の私室ですが。少々無礼ではありませんか?」
「普段から殿下にずけずけと言いたい放題言っているあなたが言えた義理ではないでしょう」
(うん、まあ、ウォレス様に対してはどっちもどっちよね)

 口に出したら大変なことになるので、サーラは心の中で呟いて、お茶の準備に取り掛かる。
 背後でバチバチと火花が散っている気がしなくもないが、無視だ、無視。関わってはいけない。とばっちりを食う。
 話題の主役であるウォレスも、冷めた視線を二人に送っていた。
 マルセルは空気になることにしたようで、扉の内側に張り付いて壁と一体化している。
 要求されたミルクティーを差し出すと、アルフレッドが満足そうな顔で頷いた。

「さあ、マリア。あなたはパパの隣にいらっしゃい」
「マリア、行くな。君はここだ。餌食にされるぞ」

 ウォレスの忠告はもっともだったので、もちろんサーラはウォレスの言葉に従った。
 この場で一番身分が高いウォレスの命令だ。従ったサーラは何も悪くない。
 素知らぬ顔でウォレスの隣に座ると、アルフレッドが肩をすくめる。

「まあいいですよ。あと一か月くらいなものですからね」

 何が、とは言わない。
 しかしウォレスの機嫌は急降下して、サーラもずきんと傷んだ胸を押さえる。

「お兄様は養女を可愛がる前にデリカシーを学ぶべきですね」
「あなた、デリカシーって言葉を知っていたんですね。驚きです」
「なんですって?」
「いちいちうるさいです。お馬鹿さんは、あちらのお馬鹿さん二号を見習って黙っていてください。話が進みません」
「な――」

 ジャンヌが気色ばんだが、「お馬鹿さん二号」と言われたマルセルは涼しい顔だ。言われ慣れているらしい。眉一つ動かさない。
 アルフレッドはジャンヌを無視して、ミルクティーに角砂糖を二つ落とした。
 少し乱暴にスプーンで混ぜるのを見て、サーラは「おや」と思う。
 いつも通り表情に乏しいので気が付かなかったが、今日のアルフレッドは機嫌が悪そうだ。
 ウォレスも気が付いたようで首をひねる。

「いったい何があった」
「フェネオン伯爵が死にました」
「なんだって⁉」
「なんですって⁉」
「兄上、それは本当ですか⁉」

 愕然と腰を浮かせたウォレスのみならず、ジャンヌ、マルセルも驚愕の声を上げる。
 その驚き方は、単純に伯爵が死んだというものではなさそうだ。

(フェネオン伯爵って、ウォレス様にとっては重要人物なのかしら?)

 話についていけないサーラは黙って聞いておいた方がいいだろう。

「嘘をついてどうするんですか。本当です。おそらくそのうち殿下の耳にも入ったでしょうが、今朝、死体が発見されました。城で」
「城で? 伯爵は昨日は泊りだったのか?」
「そうです。三月ですからね、財務省も忙しいので。ああ、マリアのために補足しておきます。フェネオン伯爵は財務省の大臣で、父の友人です。そしてもちろん第二王子派閥です。殿下との関係性で言うと、殿下の外祖母の実家にあたり、王妃様と従兄弟の関係となります」

 サーラは頭の中でウォレスを中心とした相関図を思い描いた。
 高位貴族になればなるほどあちこちにつながりがあるので血縁関係が複雑だ。
 母である王妃はラコルデール公爵家出身で、現在の公爵家当主が王妃の兄でウォレスの伯父。
 そのラコルデール公爵と王妃の母親が、フェネオン伯爵家出身で、前当主の妹。
 ゆえに現フェネオン伯爵は、ラコルデール公爵と王妃の従兄弟なので、ウォレスの従伯父にあたる。
 思っていた以上にウォレスに近い人物のようだ。
 青ざめているウォレスを見るに、関係性も良好だったのだろう。

「死因は」
「今調べさせています」

 アルフレッドの声も固い。

「調べさせているということは、不審な点があったんだな」
「ええ」

 アルフレッドは頷き、サーラに視線を向けた。

「フェネオン伯爵は、テーブルに突っ伏すようになくなっていました。夜着を着ていたので寝酒を飲んでいたと考えられますが、テーブルの上には酒の瓶もグラスもありませんでした」
「待ってください。テーブルの上に何もないのに寝酒を飲んでいたとはどういうことですか?」
「棚から伯爵が愛用していたブランデーの瓶と、それからお気に入りのカットグラスがなくなっていたんですよ。常に棚の中に置いてありましたので、それがないのはおかしいです」
「つまりフェネオン伯爵は寝酒を飲んでいる最中に亡くなり、飲んでいたお酒と瓶は何者かに持ち去られた、ということでいいですか?」
「そうであればまだ単純なんですが、この話にはまだ続きがあります」

 アルフレッドが眼鏡のブリッジを押し上げる。

「部屋には内鍵がかかっていたんです。内鍵は外からはあけることができないタイプの鍵でした。窓にも鍵がかかっていて、完全な密室状態だったんです」
「待て」

 ウォレスがそこで待ったをかけた。

「密室なのに、何故死んでいるとわかったんだ。どうやって入った」
「仕事の時間になってもフェネオン伯爵が財務省に顔を出さないので、副官が様子を見に行ったそうです。ですが扉を叩いても返答がなく、鍵もかかっていたそうで、仕方がないので隣の部屋からバルコニーに回ってみたと」
「あの、返事がないからバルコニーに回ったんですか?」
「フェネオン伯爵はきっちりした方ですので、遅刻することなんてありませんから不可解に思ったのでしょう。内鍵がかかっているなら中にいるはずですが返事がないから何かがあったのかもしれないと危惧したと言っていました」
「なるほど……」

 そう聞くと副官の判断はおかしくない気がするが――わざわざバルコニーを伝って確認しに行くなんて、心配性な副官である。

「窓にはカーテンが引かれていましたが、その隙間から中を確認できたので様子を見たところ、不自然にテーブルに突っ伏している伯爵の姿を見つけたそうです。そして何度か窓を叩いたけれど反応がないので、一度部屋の扉の前に戻って、衛兵に手伝わせて扉をたたき壊しました」
「え⁉ たたき壊したんですか?」
「窓から見えた伯爵の様子がおかしかったので、一分一秒が惜しいと判断したらしいです」
(まあ、それならわからなくもないけど……)

 サーラはぼんやりとウォレスの部屋の扉に視線を向ける。
 ウォレスの部屋の扉にも、内からでも外からでも鍵を使って開け閉めできる鍵と、もう一つ、内側からしか開け閉めできない鍵の二つがついている。
 外からでもかけられる鍵は、普段、部屋から全員がいなくなる時にしか使われない。

(内鍵がかけられる部屋ってことはあれと同じ作りよね)

 頭の中で何かが引っかかる気がするが、何が引っかかっているのだろう。

「何かわかりましたか?」
「わかりませんが……あの、一ついいですか?」
「なんでしょう」
「副官の方は、どうしてかかっている鍵が内鍵だとわかったんでしょう。内鍵なのか外から鍵でかけられる鍵なのかは、目で見てわかるものではないでしょう。外からかけることができる鍵がない部屋だったんですか?」
「いいえ、ここと同じ作りですが……なるほど。言われてみれば、副官が内鍵と断言したのは気になりますね」

 調べましょう、と言ってアルフレッドが立ち上がる。
 そして去り際にウォレスを振り返った。

「そういうことですから、殿下。今日はいつもより早く執務室に来てください。死因がなんであるのかも確認できしだい連絡が入るようになっています」

 ウォレスは、固い顔で「わかった」と頷いた。




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