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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く
第一王子セザール 1
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『不老不死の薬』からは水銀が検出された。
すなわち、四百年前のディエリア国の国王が死ぬきっかけを作った「金丹」と同じものだった。
オーディロンが書庫で発見した記述と、分析した成分をもとに、法務省は直ちに『不老不死の秘薬』の取り締まりに動いたが、すでに貴族女性を中心になかなかの数が出回っていたようだ。
それらの薬を飲んだ女性たちは全員、国が定めた医療機関での健康調査が義務付けられた。
しかし『不老不死の薬』の出所については、一週間たった今でもいまだにわかっていないらしい。
違法薬を取り締まる部署が引き続き調べているので、そのうち誰が持ち込んだものかもわかると思うが、何とも妙なものが出回ったものだとサーラは思っていた。
というのも、人体に害を及ぼす薬である。ディエリア国が四百年前にすでに規制されていたことを考えると、現在では東の国でも規制されていてもおかしくないのだ。
そんな昔のものが今更、どうしてヴォワトール国に持ち込まれたのか。
何か裏がありそうだと思うのは、考えすぎだろうか。
(って、わたしが気にすることではないんだけど)
サーラは法務省の人間ではない。
アルフレッドもあれから何も言ってこないし、サーラの役目は終わったと考えていいだろう。
貴族女性を中心に広まりつつあった『不老不死の秘薬』の危険性に気づき直ちに取り締まらせたことで、ウォレス――第二王子オクタヴィアンは父である国王から褒められたと言っていた。
(ウォレス様嬉しそうだったし、結果としてウォレス様の評価も上がったんでしょうから、それでいいのよね)
父と子でありながら、王と王子である。一般家庭のような親子関係ではないだろう。
実際ウォレスから父親や母親の話を聞いたことはまったくと言っていいほどない。
成人してからは、月に一度の王族が集まる晩餐の席以外では、公の場以外で会うことは少ないそうで、言葉を賜ることも滅多にないという。
しかし、そんな希薄で他人行儀な親子関係であってもウォレスにとっては父親で、褒められれば嬉しいに違いない。
なんとなくだが、ウォレスが王位を欲しがっているのも、ここに理由があるような気がした。
平民とも気兼ねなく言葉を交わすウォレスは、サーラの目にはどうにも権力というものに執着していないように見えたのだ。
彼は、保身のために人を切り捨てることも躊躇う。
権力の頂点のあたりにいながら、それを振るうことに慎重で、だからこそ、サーラは彼が王位を欲しがっているのが不思議でならなかった。
ウォレスならば兄に王位を譲ってその隣で補佐する立場でも、不満を抱かないような気がしたからだ。
(案外、最初のきっかけは、お父様に認められたかったからだったりして)
もちろん、ウォレスの心をサーラが推し量ることはできない。
権力者には権力者の考えがある。
けれども、ふとした瞬間に妙に甘えたがりになるウォレスを見ていると、そんな気がするのもまた事実だ。
父が王で、母が王妃。
幼少期は、愛情に飢えた子だったのではなかろうか。
「サーラ、今日の夜のパーティーの準備はこちらでするから、この後、執務室へ行ってくれないかしら? 今日は忙しくて、休憩時間もこちらに戻って来ないみたいなの」
「わかりました」
引継ぎを終え、侍女頭業務は完全にジャンヌに移っている。
ただ、ジャンヌの子が小さいので、ジャンヌが城に来られない日はベレニスが代わりに来る形になるそうだ。
ジャンヌに言われて、サーラはウォレスの執務室へ向かった。
休憩時間のお茶や茶菓子の準備をするのも侍女の仕事である。
王族の居住スペースと執務棟を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、シャルが少し離れて後ろをついてきた。
シャルは無事に近衛試験に合格し、ブノアの手配で第二王子付きにしてもらっている。
表向きはウォレスの部屋の扉の前で警護にあたったり、ウォレスが外出する際の護衛などをしているが、ウォレスからはサーラについていろと言われているので、こうしてサーラが動くときはさりげなくついてくるのだ。
いまだにレナエルやフィリベール・シャミナードとは遭遇していないが、広いとはいえ同じ城内で生活しているのだから警戒するに越したことはないとウォレスは言う。
サーラとしては、どうにかしてレナエルやフィリベール・シャミナードの動向を探りたいところなのだが、シャルがついてくる限りは無理な気がした。ウォレスもサーラがレナエルたちと遭遇しないように気を張っているようである。
(あれは……)
渡り廊下を歩いていたサーラは、護衛を一人つけて前方から歩いてくる人物を見つけて足を止めた。
少し長めの淡い金髪に、アルフレッドよりは青味の強い紫色の瞳。
砂糖菓子のように甘く整った顔立ちに、けれどもどこか近寄りがたい高貴な気配。
(第一王子殿下!)
サーラは慌てて渡り廊下の隅に寄って頭を下げた。
第一王子セザールとは面識がないが、国王や王子しか身につけられない紋章入りの服を着ているからわかる。
のんびりした動作で歩いていたセザールは、「おや」と声を上げると、何故かサーラの目の前で足を止めた。
「君、顔を上げて」
柔らかい声だがこれは命令だ。
顔を上げると、セザールはじっとサーラを凝視して、形のいい唇に弧を描いた。
「もしかして、君が噂のオクタヴィアンの侍女かな。新しく入ったっていう。名前は?」
「マリアと申します」
「マリアか。可愛い名前だねえ」
セザールはにこにこと優しそうに笑っている。
だが、どうしてだろう。サーラの背に、つうっと冷や汗が流れた。
(この人……)
セザールがサーラとの距離を一歩詰めて、上から顔を覗き込んできた。
「顔立ちも可愛い。ふふ。マリア、ね。覚えておくよ」
セザールがすっと手を伸ばして、サーラの前髪を横に払う。
それから何事もなかったかのように、護衛を伴って去って行った。
セザールの姿が見えなくなると、サーラは大きく息を吐き出す。
自然と息を詰めていたようだ。
「……マリア」
ゆっくりと近づいてきたシャルが、小声で話しかけた。
「大丈夫か。顔色が悪いが……」
「大丈夫よ」
サーラはぎこちなく笑って、深呼吸をする。
(……あの人、目が笑っていなかった)
笑っているようで、こちらにまっすぐ向けられた紫の双眸は、まるでサーラを値踏みしているように見えた。
なんとなく、あの王子はサーラのことをよく思っていない気がする。
(気を付けよう……)
セザールとは、もう遭遇しない方がいいだろう。
第一王子がサーラを見て何を思ったのかは知らないが、あの男は腹の底がわからない。
ウォレスとは仲は悪くないようだが、果たして彼はどういう人物なのだろう。
すなわち、四百年前のディエリア国の国王が死ぬきっかけを作った「金丹」と同じものだった。
オーディロンが書庫で発見した記述と、分析した成分をもとに、法務省は直ちに『不老不死の秘薬』の取り締まりに動いたが、すでに貴族女性を中心になかなかの数が出回っていたようだ。
それらの薬を飲んだ女性たちは全員、国が定めた医療機関での健康調査が義務付けられた。
しかし『不老不死の薬』の出所については、一週間たった今でもいまだにわかっていないらしい。
違法薬を取り締まる部署が引き続き調べているので、そのうち誰が持ち込んだものかもわかると思うが、何とも妙なものが出回ったものだとサーラは思っていた。
というのも、人体に害を及ぼす薬である。ディエリア国が四百年前にすでに規制されていたことを考えると、現在では東の国でも規制されていてもおかしくないのだ。
そんな昔のものが今更、どうしてヴォワトール国に持ち込まれたのか。
何か裏がありそうだと思うのは、考えすぎだろうか。
(って、わたしが気にすることではないんだけど)
サーラは法務省の人間ではない。
アルフレッドもあれから何も言ってこないし、サーラの役目は終わったと考えていいだろう。
貴族女性を中心に広まりつつあった『不老不死の秘薬』の危険性に気づき直ちに取り締まらせたことで、ウォレス――第二王子オクタヴィアンは父である国王から褒められたと言っていた。
(ウォレス様嬉しそうだったし、結果としてウォレス様の評価も上がったんでしょうから、それでいいのよね)
父と子でありながら、王と王子である。一般家庭のような親子関係ではないだろう。
実際ウォレスから父親や母親の話を聞いたことはまったくと言っていいほどない。
成人してからは、月に一度の王族が集まる晩餐の席以外では、公の場以外で会うことは少ないそうで、言葉を賜ることも滅多にないという。
しかし、そんな希薄で他人行儀な親子関係であってもウォレスにとっては父親で、褒められれば嬉しいに違いない。
なんとなくだが、ウォレスが王位を欲しがっているのも、ここに理由があるような気がした。
平民とも気兼ねなく言葉を交わすウォレスは、サーラの目にはどうにも権力というものに執着していないように見えたのだ。
彼は、保身のために人を切り捨てることも躊躇う。
権力の頂点のあたりにいながら、それを振るうことに慎重で、だからこそ、サーラは彼が王位を欲しがっているのが不思議でならなかった。
ウォレスならば兄に王位を譲ってその隣で補佐する立場でも、不満を抱かないような気がしたからだ。
(案外、最初のきっかけは、お父様に認められたかったからだったりして)
もちろん、ウォレスの心をサーラが推し量ることはできない。
権力者には権力者の考えがある。
けれども、ふとした瞬間に妙に甘えたがりになるウォレスを見ていると、そんな気がするのもまた事実だ。
父が王で、母が王妃。
幼少期は、愛情に飢えた子だったのではなかろうか。
「サーラ、今日の夜のパーティーの準備はこちらでするから、この後、執務室へ行ってくれないかしら? 今日は忙しくて、休憩時間もこちらに戻って来ないみたいなの」
「わかりました」
引継ぎを終え、侍女頭業務は完全にジャンヌに移っている。
ただ、ジャンヌの子が小さいので、ジャンヌが城に来られない日はベレニスが代わりに来る形になるそうだ。
ジャンヌに言われて、サーラはウォレスの執務室へ向かった。
休憩時間のお茶や茶菓子の準備をするのも侍女の仕事である。
王族の居住スペースと執務棟を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、シャルが少し離れて後ろをついてきた。
シャルは無事に近衛試験に合格し、ブノアの手配で第二王子付きにしてもらっている。
表向きはウォレスの部屋の扉の前で警護にあたったり、ウォレスが外出する際の護衛などをしているが、ウォレスからはサーラについていろと言われているので、こうしてサーラが動くときはさりげなくついてくるのだ。
いまだにレナエルやフィリベール・シャミナードとは遭遇していないが、広いとはいえ同じ城内で生活しているのだから警戒するに越したことはないとウォレスは言う。
サーラとしては、どうにかしてレナエルやフィリベール・シャミナードの動向を探りたいところなのだが、シャルがついてくる限りは無理な気がした。ウォレスもサーラがレナエルたちと遭遇しないように気を張っているようである。
(あれは……)
渡り廊下を歩いていたサーラは、護衛を一人つけて前方から歩いてくる人物を見つけて足を止めた。
少し長めの淡い金髪に、アルフレッドよりは青味の強い紫色の瞳。
砂糖菓子のように甘く整った顔立ちに、けれどもどこか近寄りがたい高貴な気配。
(第一王子殿下!)
サーラは慌てて渡り廊下の隅に寄って頭を下げた。
第一王子セザールとは面識がないが、国王や王子しか身につけられない紋章入りの服を着ているからわかる。
のんびりした動作で歩いていたセザールは、「おや」と声を上げると、何故かサーラの目の前で足を止めた。
「君、顔を上げて」
柔らかい声だがこれは命令だ。
顔を上げると、セザールはじっとサーラを凝視して、形のいい唇に弧を描いた。
「もしかして、君が噂のオクタヴィアンの侍女かな。新しく入ったっていう。名前は?」
「マリアと申します」
「マリアか。可愛い名前だねえ」
セザールはにこにこと優しそうに笑っている。
だが、どうしてだろう。サーラの背に、つうっと冷や汗が流れた。
(この人……)
セザールがサーラとの距離を一歩詰めて、上から顔を覗き込んできた。
「顔立ちも可愛い。ふふ。マリア、ね。覚えておくよ」
セザールがすっと手を伸ばして、サーラの前髪を横に払う。
それから何事もなかったかのように、護衛を伴って去って行った。
セザールの姿が見えなくなると、サーラは大きく息を吐き出す。
自然と息を詰めていたようだ。
「……マリア」
ゆっくりと近づいてきたシャルが、小声で話しかけた。
「大丈夫か。顔色が悪いが……」
「大丈夫よ」
サーラはぎこちなく笑って、深呼吸をする。
(……あの人、目が笑っていなかった)
笑っているようで、こちらにまっすぐ向けられた紫の双眸は、まるでサーラを値踏みしているように見えた。
なんとなく、あの王子はサーラのことをよく思っていない気がする。
(気を付けよう……)
セザールとは、もう遭遇しない方がいいだろう。
第一王子がサーラを見て何を思ったのかは知らないが、あの男は腹の底がわからない。
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