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第一部 街角パン屋の訳あり娘
宝さがしゲーム 2
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「夜も日が沈まない城ってなんだ?」
ウォレスが真剣な顔で首をひねるのを見て、サーラはくすくすと笑った。
「どうした?」
「まあ、歩きながら話しましょうか」
サーラはウォレスの手を引いて南に向けて歩き出す。
これは宝さがしゲームだ。人には聞かせないほうがいいだろう。
「壇上のお酒もかなりの数が用意されていましたし、このゲームはあんまり意地悪ではないですね」
イベント会場から離れながらサーラが言えば、ウォレスが怪訝そうになる。
「……もしかして、わかったのか?」
「ええ、まあ。ただみんな同じお題ですから、さりげなく向かわないとばれてしまいますよ。……一番がいいんでしょう?」
イベント会場にいる人たちの表情を見るに、まだ答えにたどり着いている人はいないだろう。
今のうちに会場から離れておきたい。
ウォレスが答えを知りたくてうずうずした顔をしているが、ここで答えを言えば周囲に聞こえてしまうから我慢しているようだ。
しばらく大通りを南に向かった後で、サーラはわざと一本わき道にそれた。人が多いところでは話ができないからだ。
「ウォレス様、夜も日が沈まない城を別の言葉で言い換えたら何になりますか?」
「は?」
周囲に人がいないのを確認してサーラが問えば、ウォレスがきょとんと目を丸くする。
「何を言っているんだ? そもそも夜に日が沈まないことなんてない」
「ないわけじゃないですけどね。白夜なんて言葉もありますから。まあ、見たことはないですが。でも、今回はそういう意味じゃないんですよ」
「ではどういう意味だ?」
「夜も昼間のように明るい場所と言い換えたらわかりますか?」
「……そんな場所があるのか?」
(王子様には少し難しかったかしらね)
ウォレスが本気で悩みはじめてしまった。
宝さがしゲームのお題になった場所は、王子には似つかわしくない場所だろう。
だが、女性やカップルもゲームに参加している今日は、その場所(、、、、)もいつもと違った様子であろうと思われるので、ウォレスを連れて行ってもいいはずだ。
サーラはウォレスの手を軽く引いてわき道を南に向かいながら言う。
「夜も昼のように明るくてにぎやかな場所を、別の言葉で不夜城と言います」
「その言葉なら知っているが……」
「ですので、下町の不夜城にいる宮廷夫人のもとに行けばいいんですよ」
下町の不夜城は、歓楽街。
宮廷夫人は、「クルチザンヌ」――つまりその名を冠する、最高級娼婦。
宮廷夫人以外に指定がなかったので、クルチザンヌの名を冠している最高級娼婦であれば誰でもいいのだろうが、サーラは一人しか知らない。ヴァルヴァラだ。
小声で種明かしをすると、ウォレスが「なるほど」と頷いた。
「気づく人は比較的すぐ気づくと思います。特にあの場所に通ったことのある男性なら気づきやすいかもしれませんね」
「なんだと? じゃあ急ごう」
「走ったら怪しまれますから、そうですね、では少しだけ早歩きで」
少し酔っているウォレスを走らせるべきではないだろうし、サーラ達がイベント会場を離れたときに答えに気づいていそうな人はいなかった。早歩きで向かえば間に合うと思う。
歓楽街は娼館通り――南門のすぐそばの、西の七番通りにある。
わき道から娼館通りに出て、リジーとともに一度行ったことのある「柘榴館」へ向かう。
ウォレスは物珍しそうな顔で、派手な外観の娼館を眺めていた。
「何故玄関前をあのように金や原色で派手に飾る必要があるんだ? 目が痛い」
「そういうものなんですよ」
娼館は一目でそれとわかる外観をしている。それとわからずに営業することは国で禁止されているからだが、王子様とて法のすべてを網羅しているわけではないだろう。特にこの手のことはあまり知らないはずだ。
(王子様が正義感を振りかざして、この手の色を売る店への規制とかを厳しくしたりしたら、まあ、困るお偉いさん方もいるからね)
娼館があるのは何も下町だけではない。貴族街にも貴族を相手にしている店があるという。
王子に知られて都合の悪いことは、それが困る人間が、ある程度情報を規制してうまく隠しているはずだ。
その点、ウォレスはなんにでも首を突っ込みたがる性格をしているので隠すのも大変そうだ。ちょっとでも気になればあれこれ調べかねない。
色を売る店での密やかな会合、袖の下、なんてものはよく聞く話だ。
色自体に興味のあるお偉いさん方もいるだろう。
歴史を紐解けば、娼婦を愛妾として召し上げた時の権力者もいるほどである。
(ウォレス様は融通が利くようで妙に真面目なところもあるから……)
サーラがウォレスに余計なことを教えれば、ベレニスやブノアに怒られてしまうかもしれない。
怒られたくないので、サーラは曖昧に笑って誤魔化した。
ウォレスとともに「柘榴館」に行くと、玄関前にいた男衆が「今日は休みだ」と告げる。カードを見せると、「ああ」と頷いた。
「誰に用事だろうか」
このように訊くように宝さがしゲームの運営に言われているのだろうか。
苦笑しつつ、サーラがヴァルヴァラの名前を出すと、男衆が小さく笑った。
「ヴァルヴァラは入って右の廊下を行った突き当りの宴席にいるよ」
「ありがとうございます。ちなみにほかに来た人はいますか?」
「ここには、お嬢ちゃんたち以外はまだ誰も来ていない」
「そうですか」
クルチザンヌがどこの娼館に何人いるのかまではサーラは把握していない。
しかし、それほど数がいるとは思えないので、「柘榴館」に一番乗りということは、他のライバルたちはまだ来ていない可能性が高いだろう。
(張り切っているお父さんには悪いけど、お父さんはこの手のことには疎いからたぶん気づくのに時間がかかるだろうし、ごめんね)
心の中で商品の高級酒を楽しみにしている父に謝りつつ、サーラは男衆に言われた通り、玄関をくぐって右の廊下を突き当りまで歩いていく。
一番奥の扉を叩くと、「開いてるよ」と少し気だるげなヴァルヴァラの声がした。
扉を開けると、奥でパイプをふかしていたヴァルヴァラがサーラを見て「おやまあ」と面白そうに目を細めた。今日は色を売る仕事ではないからだろう、いつもより露出が控えめだ。
(まあ、宝を受け取りに来た男性たちを片っ端から誘惑なんてしたら大変なことになるだろうし)
それでなくとも、滅多に人前に出てこないという噂の最高級娼婦に会える機会である。宝よりもヴァルヴァラに興味を示す男も少なからず現れるだろう。
お遊びのゲームの最中に面倒を起こされては、ゲームの運営も娼館側もたまったものではないはずだ。
「あんたはリジーの友達の……サーラだったねえ。これはまた意外な子が来たもんだよ」
「成り行きでゲームに参加しているんです。ここでいいんですよね?」
サーラがウォレスに視線を向けると、ウォレスが参加費と引き換えに受け取ったカードを見せた。
ヴァルヴァラは嫣然と笑って立ち上がると、しなやかにウォレスに近づいていく。
「……あんたにも会ったことがあるねえ」
「以前はレジスという男の件で世話になったな」
「ああ、あの時の。そうそう、あの時だよねえ。綺麗な顔だから記憶に残っていたよ」
ふふっと鼻から抜けるような笑い声を立てて、ヴァルヴァラがウォレスの手からカードを受けとる。代わりに、牡丹の絵が鮮やかな小さな絵皿を差し出した。
「これを持ってイベント会場に戻るといいよ。あたしのもとに来たのはあんたたちが最初だけどね、クルチザンヌはあともう一人いる。一番でゲームを終えたいなら、できるだけ急いで戻るんだね」
「ありがとう。サーラ、行くぞ」
「はい。ヴァルヴァラさん、ありがとうございました」
「あたしはただゲームの運営に頼まれた仕事をしただけさ」
ヴァルヴァラがひらひらと柳のような手を振る。
何が何でも一番がほしいらしいウォレスが、絵皿をコートのポケットに突っ込むと、来たときよりも早歩きで歩き出した。
「ウォレス様、あんまり急ぐと酔いが回りますよ」
「この程度で回るものか」
「あんなに飲んだのに?」
「飲むときはまだ飲む」
「……そうですか」
酔っているように見えるのだが、どうやらウォレスは酔っても潰れないタイプの人間のようだ。
(いるのよねえ、こういう人)
酔って絡んできて面倒くさいからさっさと潰してしまいたいのに、どれだけ飲ませても潰れない厄介な人間が。
ちなみにアドルフがそのタイプだ。だから母は、普段は父にはワイングラス一杯程度しか酒を与えない。酔うと「お願いだよもう一杯~」と甘えて絡むからである。あれは実に面倒くさい。
もちろん母は、父の健康を気にしているので面倒くさいだけが理由ではないのだろうが、あんな絡み方を毎日されてはたまらない。
うきうきと足取りの軽いウォレスに手を引かれてイベント会場に戻ると、サーラ達は運営にヴァルヴァラから預かった絵皿を渡した。
運営が「おめでとうございます、一番のりです!」と大声を上げる。
まだイベント会場にいてお題に悩んでいた人たちから驚きの声が上がった。
ゲームの運営から商品である一番いい酒のボトルが手渡される。赤ワインのようだ。
ワインを受け取って、それから一休みするために温かいお茶を二つもらうと、ウォレスとともにイベント会場に並べられているベンチの一つに座った。
そこに「サーラ!」と悲しそうな声を上げながらアドルフが近づいてくる。どうやら父は、まだここでお題に悩んでいたらしい。
「お父さん、早くしないとゲームが終わっちゃうわよ」
「だってわからないんだよ!」
どうしてもお酒がほしいアドルフが悔しそうに地団太を踏んだ。一番乗りはもう無理だが、宝を持ち帰ればそれでもちょっといいお酒がもらえるので、最低でもそれは欲しいようだ。
「もう、仕方ないわね。ほら、いい年して子供みたいなことしないの」
酔っ払いの中年が子供のように地団太を踏むなんて恥ずかしいではないか。グレースが見たら顔を真っ赤にして怒るだろう。
サーラは周囲を見渡してから、声を落としてアドルフに答えを教えてやる。
アドルフがぱっと顔を輝かせて、パタパタと南に向かって走って行った。
走っていくアドルフを見て、そのあとを数名の男たちがついていくのが面白い。賞品がほしいのは誰も同じだ。
ウォレスが笑って、賞品で受け取ったワインボトルをサーラに渡す。
「あげるよ」
「参加費を払ったのはウォレス様ですよ?」
「でもお題を解いたのは君だ。……それに、私だって恋人の父上にはよく思われたい」
サーラはぷっと噴き出した。
ウォレスとサーラは期限付きの付き合いだ。結婚するわけではないのだから親のことを気にする必要はない。
ウォレスのそれはサーラに酒を受け取らせる口実だとわかったから、サーラは素直に彼の優しさに甘えておくことにした。
「ありがとうございます。父が喜びます」
「ああ」
温かいお茶を飲みながら、ウォレスとともにぼんやりと壇上を眺める。
少し待っていると、ばらばらとお題をクリアした人が戻って来てはじめた。
ゲームもあと少しで終了になるだろう頃に、息を切らせたアドルフが戻ってきたのも見える。
酒をもらって嬉しそうに近づいてきた。
「サーラ、やったよ!」
「よかったわね、お父さん。あと、はいこれ。ウォレス様が下さったわよ」
アドルフがびっくりした顔でサーラが見せたワインとウォレスを交互に見やる。
「え? でも……」
「お題を解いたのはサーラだから、これはサーラの商品だ」
アドルフが躊躇うのを見て、ウォレスがフォローを入れる。
おずおずと、けれども嬉しそうにワインを受け取ったアドルフが、へらっと笑み崩れた。
「ありがとうございます」
「それを持って、一回帰ったら? 酔っぱらって瓶を落として割ったりしたら目も当てられないわよ」
アドルフのことだ。どうせまだまだ祭りを楽しむつもりだろう。
「そうだね、そうするよ。母さんにも自慢しなくちゃいけないからね!」
アドルフが頷いて、うきうきと楽しそうな足取りでポルポルがある方へ向かって歩いて行く。
サーラはウォレスと、くすくすと笑いながらそれを見送った。
ウォレスが真剣な顔で首をひねるのを見て、サーラはくすくすと笑った。
「どうした?」
「まあ、歩きながら話しましょうか」
サーラはウォレスの手を引いて南に向けて歩き出す。
これは宝さがしゲームだ。人には聞かせないほうがいいだろう。
「壇上のお酒もかなりの数が用意されていましたし、このゲームはあんまり意地悪ではないですね」
イベント会場から離れながらサーラが言えば、ウォレスが怪訝そうになる。
「……もしかして、わかったのか?」
「ええ、まあ。ただみんな同じお題ですから、さりげなく向かわないとばれてしまいますよ。……一番がいいんでしょう?」
イベント会場にいる人たちの表情を見るに、まだ答えにたどり着いている人はいないだろう。
今のうちに会場から離れておきたい。
ウォレスが答えを知りたくてうずうずした顔をしているが、ここで答えを言えば周囲に聞こえてしまうから我慢しているようだ。
しばらく大通りを南に向かった後で、サーラはわざと一本わき道にそれた。人が多いところでは話ができないからだ。
「ウォレス様、夜も日が沈まない城を別の言葉で言い換えたら何になりますか?」
「は?」
周囲に人がいないのを確認してサーラが問えば、ウォレスがきょとんと目を丸くする。
「何を言っているんだ? そもそも夜に日が沈まないことなんてない」
「ないわけじゃないですけどね。白夜なんて言葉もありますから。まあ、見たことはないですが。でも、今回はそういう意味じゃないんですよ」
「ではどういう意味だ?」
「夜も昼間のように明るい場所と言い換えたらわかりますか?」
「……そんな場所があるのか?」
(王子様には少し難しかったかしらね)
ウォレスが本気で悩みはじめてしまった。
宝さがしゲームのお題になった場所は、王子には似つかわしくない場所だろう。
だが、女性やカップルもゲームに参加している今日は、その場所(、、、、)もいつもと違った様子であろうと思われるので、ウォレスを連れて行ってもいいはずだ。
サーラはウォレスの手を軽く引いてわき道を南に向かいながら言う。
「夜も昼のように明るくてにぎやかな場所を、別の言葉で不夜城と言います」
「その言葉なら知っているが……」
「ですので、下町の不夜城にいる宮廷夫人のもとに行けばいいんですよ」
下町の不夜城は、歓楽街。
宮廷夫人は、「クルチザンヌ」――つまりその名を冠する、最高級娼婦。
宮廷夫人以外に指定がなかったので、クルチザンヌの名を冠している最高級娼婦であれば誰でもいいのだろうが、サーラは一人しか知らない。ヴァルヴァラだ。
小声で種明かしをすると、ウォレスが「なるほど」と頷いた。
「気づく人は比較的すぐ気づくと思います。特にあの場所に通ったことのある男性なら気づきやすいかもしれませんね」
「なんだと? じゃあ急ごう」
「走ったら怪しまれますから、そうですね、では少しだけ早歩きで」
少し酔っているウォレスを走らせるべきではないだろうし、サーラ達がイベント会場を離れたときに答えに気づいていそうな人はいなかった。早歩きで向かえば間に合うと思う。
歓楽街は娼館通り――南門のすぐそばの、西の七番通りにある。
わき道から娼館通りに出て、リジーとともに一度行ったことのある「柘榴館」へ向かう。
ウォレスは物珍しそうな顔で、派手な外観の娼館を眺めていた。
「何故玄関前をあのように金や原色で派手に飾る必要があるんだ? 目が痛い」
「そういうものなんですよ」
娼館は一目でそれとわかる外観をしている。それとわからずに営業することは国で禁止されているからだが、王子様とて法のすべてを網羅しているわけではないだろう。特にこの手のことはあまり知らないはずだ。
(王子様が正義感を振りかざして、この手の色を売る店への規制とかを厳しくしたりしたら、まあ、困るお偉いさん方もいるからね)
娼館があるのは何も下町だけではない。貴族街にも貴族を相手にしている店があるという。
王子に知られて都合の悪いことは、それが困る人間が、ある程度情報を規制してうまく隠しているはずだ。
その点、ウォレスはなんにでも首を突っ込みたがる性格をしているので隠すのも大変そうだ。ちょっとでも気になればあれこれ調べかねない。
色を売る店での密やかな会合、袖の下、なんてものはよく聞く話だ。
色自体に興味のあるお偉いさん方もいるだろう。
歴史を紐解けば、娼婦を愛妾として召し上げた時の権力者もいるほどである。
(ウォレス様は融通が利くようで妙に真面目なところもあるから……)
サーラがウォレスに余計なことを教えれば、ベレニスやブノアに怒られてしまうかもしれない。
怒られたくないので、サーラは曖昧に笑って誤魔化した。
ウォレスとともに「柘榴館」に行くと、玄関前にいた男衆が「今日は休みだ」と告げる。カードを見せると、「ああ」と頷いた。
「誰に用事だろうか」
このように訊くように宝さがしゲームの運営に言われているのだろうか。
苦笑しつつ、サーラがヴァルヴァラの名前を出すと、男衆が小さく笑った。
「ヴァルヴァラは入って右の廊下を行った突き当りの宴席にいるよ」
「ありがとうございます。ちなみにほかに来た人はいますか?」
「ここには、お嬢ちゃんたち以外はまだ誰も来ていない」
「そうですか」
クルチザンヌがどこの娼館に何人いるのかまではサーラは把握していない。
しかし、それほど数がいるとは思えないので、「柘榴館」に一番乗りということは、他のライバルたちはまだ来ていない可能性が高いだろう。
(張り切っているお父さんには悪いけど、お父さんはこの手のことには疎いからたぶん気づくのに時間がかかるだろうし、ごめんね)
心の中で商品の高級酒を楽しみにしている父に謝りつつ、サーラは男衆に言われた通り、玄関をくぐって右の廊下を突き当りまで歩いていく。
一番奥の扉を叩くと、「開いてるよ」と少し気だるげなヴァルヴァラの声がした。
扉を開けると、奥でパイプをふかしていたヴァルヴァラがサーラを見て「おやまあ」と面白そうに目を細めた。今日は色を売る仕事ではないからだろう、いつもより露出が控えめだ。
(まあ、宝を受け取りに来た男性たちを片っ端から誘惑なんてしたら大変なことになるだろうし)
それでなくとも、滅多に人前に出てこないという噂の最高級娼婦に会える機会である。宝よりもヴァルヴァラに興味を示す男も少なからず現れるだろう。
お遊びのゲームの最中に面倒を起こされては、ゲームの運営も娼館側もたまったものではないはずだ。
「あんたはリジーの友達の……サーラだったねえ。これはまた意外な子が来たもんだよ」
「成り行きでゲームに参加しているんです。ここでいいんですよね?」
サーラがウォレスに視線を向けると、ウォレスが参加費と引き換えに受け取ったカードを見せた。
ヴァルヴァラは嫣然と笑って立ち上がると、しなやかにウォレスに近づいていく。
「……あんたにも会ったことがあるねえ」
「以前はレジスという男の件で世話になったな」
「ああ、あの時の。そうそう、あの時だよねえ。綺麗な顔だから記憶に残っていたよ」
ふふっと鼻から抜けるような笑い声を立てて、ヴァルヴァラがウォレスの手からカードを受けとる。代わりに、牡丹の絵が鮮やかな小さな絵皿を差し出した。
「これを持ってイベント会場に戻るといいよ。あたしのもとに来たのはあんたたちが最初だけどね、クルチザンヌはあともう一人いる。一番でゲームを終えたいなら、できるだけ急いで戻るんだね」
「ありがとう。サーラ、行くぞ」
「はい。ヴァルヴァラさん、ありがとうございました」
「あたしはただゲームの運営に頼まれた仕事をしただけさ」
ヴァルヴァラがひらひらと柳のような手を振る。
何が何でも一番がほしいらしいウォレスが、絵皿をコートのポケットに突っ込むと、来たときよりも早歩きで歩き出した。
「ウォレス様、あんまり急ぐと酔いが回りますよ」
「この程度で回るものか」
「あんなに飲んだのに?」
「飲むときはまだ飲む」
「……そうですか」
酔っているように見えるのだが、どうやらウォレスは酔っても潰れないタイプの人間のようだ。
(いるのよねえ、こういう人)
酔って絡んできて面倒くさいからさっさと潰してしまいたいのに、どれだけ飲ませても潰れない厄介な人間が。
ちなみにアドルフがそのタイプだ。だから母は、普段は父にはワイングラス一杯程度しか酒を与えない。酔うと「お願いだよもう一杯~」と甘えて絡むからである。あれは実に面倒くさい。
もちろん母は、父の健康を気にしているので面倒くさいだけが理由ではないのだろうが、あんな絡み方を毎日されてはたまらない。
うきうきと足取りの軽いウォレスに手を引かれてイベント会場に戻ると、サーラ達は運営にヴァルヴァラから預かった絵皿を渡した。
運営が「おめでとうございます、一番のりです!」と大声を上げる。
まだイベント会場にいてお題に悩んでいた人たちから驚きの声が上がった。
ゲームの運営から商品である一番いい酒のボトルが手渡される。赤ワインのようだ。
ワインを受け取って、それから一休みするために温かいお茶を二つもらうと、ウォレスとともにイベント会場に並べられているベンチの一つに座った。
そこに「サーラ!」と悲しそうな声を上げながらアドルフが近づいてくる。どうやら父は、まだここでお題に悩んでいたらしい。
「お父さん、早くしないとゲームが終わっちゃうわよ」
「だってわからないんだよ!」
どうしてもお酒がほしいアドルフが悔しそうに地団太を踏んだ。一番乗りはもう無理だが、宝を持ち帰ればそれでもちょっといいお酒がもらえるので、最低でもそれは欲しいようだ。
「もう、仕方ないわね。ほら、いい年して子供みたいなことしないの」
酔っ払いの中年が子供のように地団太を踏むなんて恥ずかしいではないか。グレースが見たら顔を真っ赤にして怒るだろう。
サーラは周囲を見渡してから、声を落としてアドルフに答えを教えてやる。
アドルフがぱっと顔を輝かせて、パタパタと南に向かって走って行った。
走っていくアドルフを見て、そのあとを数名の男たちがついていくのが面白い。賞品がほしいのは誰も同じだ。
ウォレスが笑って、賞品で受け取ったワインボトルをサーラに渡す。
「あげるよ」
「参加費を払ったのはウォレス様ですよ?」
「でもお題を解いたのは君だ。……それに、私だって恋人の父上にはよく思われたい」
サーラはぷっと噴き出した。
ウォレスとサーラは期限付きの付き合いだ。結婚するわけではないのだから親のことを気にする必要はない。
ウォレスのそれはサーラに酒を受け取らせる口実だとわかったから、サーラは素直に彼の優しさに甘えておくことにした。
「ありがとうございます。父が喜びます」
「ああ」
温かいお茶を飲みながら、ウォレスとともにぼんやりと壇上を眺める。
少し待っていると、ばらばらとお題をクリアした人が戻って来てはじめた。
ゲームもあと少しで終了になるだろう頃に、息を切らせたアドルフが戻ってきたのも見える。
酒をもらって嬉しそうに近づいてきた。
「サーラ、やったよ!」
「よかったわね、お父さん。あと、はいこれ。ウォレス様が下さったわよ」
アドルフがびっくりした顔でサーラが見せたワインとウォレスを交互に見やる。
「え? でも……」
「お題を解いたのはサーラだから、これはサーラの商品だ」
アドルフが躊躇うのを見て、ウォレスがフォローを入れる。
おずおずと、けれども嬉しそうにワインを受け取ったアドルフが、へらっと笑み崩れた。
「ありがとうございます」
「それを持って、一回帰ったら? 酔っぱらって瓶を落として割ったりしたら目も当てられないわよ」
アドルフのことだ。どうせまだまだ祭りを楽しむつもりだろう。
「そうだね、そうするよ。母さんにも自慢しなくちゃいけないからね!」
アドルフが頷いて、うきうきと楽しそうな足取りでポルポルがある方へ向かって歩いて行く。
サーラはウォレスと、くすくすと笑いながらそれを見送った。
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