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第一部 街角パン屋の訳あり娘
お酒の日 5
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「ウォレス様、ただの占いですから……」
占い師の露店を出ても、ウォレスはずっと眉間にしわを寄せていた。
サーラの手は、ウォレスによって痛いほどに握り締められていた。
休憩のためにあちこちに設置されているベンチの一つにウォレスを座らせて、サーラは近くの露店からウイスキーを湯で割ったものを二つ買って持って戻って来る。
「お酒ですよ。飲んだら気分がよくなると思いますから」
そういうサーラも、少し顔色が悪かった。
未来でどちらかが死ぬかもしれないと言われたら、いくら占いでも気分がいいものではない。
「ああ……」
ウォレスはサーラからコップを受け取ると、息を吹きかけて少し冷ました後で、ぐいっと一気に中身を煽った。
湯で割っていてもそれなりのアルコール度数で、ちびちびと舐めるように飲んでいたサーラはぎょっとする。
「なんなんだ、あの占い師」
「そんなにイライラしないでください。もしあの占いが当たったとしても、死ぬのはたぶんわたしでしょうから」
「なお悪い!」
慰めたつもりなのに、余計に怒らせてしまった。
怒鳴られてびくりと首をすくめると、ウォレスがハッとして「悪い……」と息をつく。
「……それもくれ」
「あ、はい」
飲みかけのウイスキーの湯割りを差し出すと、ウォレスがまた一気に煽る。
ウォレスは酒に強いようだが、無茶な飲み方をすれば酔うだろう。心配になったが、酒がまだ足りないらしいウォレスが、「買いに行くぞ」と言って立ち上がった。
「ウォレス様、この後宝さがしゲームをするんじゃなかったんですか?」
「あと二時間ある」
懐中時計を確認して、ウォレスがサーラの手を引く。
「酒を買って、どこか静かなところに行こう」
そう言いながらウォレスは適当な露店へ向かい、その中で一番度数の強い蒸留酒を購入した。
サーラはさすがに強いお酒は飲めないので、ホットワインをもらう。
ウォレスはサーラの手を引いたままわき道に入り、またずんずんと進んでいった。
大通りから離れるとさすがに人が少なくなる。
しばらく歩くと、ウォレスは路地裏に積んであった木箱を見つけて足を止めた。
「ここで休もう」
ウォレスは木箱に腰かけると、隣の木箱に座るようにサーラに告げる。
ホットワインをちびちび飲んでいると、ウォレスが買った蒸留酒を豪快に飲みながら不貞腐れたような顔で言った。
「占いなんだから、もっと気楽なことを言われると思っていた」
「そう、ですね。わたしもそう思っていました」
「そうだろう? 普通はそうであるはずなんだ。それを……くそっ! あの占い師、もっと問い詰めてやればよかった。占い師なんだから、悪い未来にならないようにするにはどうすべきかも知っているはずだろう?」
さすがにそれは無茶なのではと思ったが、サーラは口には出さなかった。
「でも、いい未来になるかもしれないですよ」
「二分の一の確率でな。つまり半分の確率で悪い未来だ」
「そうですけど、半分の確率でいい未来です。それに所詮、占いですから」
占いで未来はわからない。
少なくともサーラはそう思っている。
悪い結果を言われれば確かに気分は落ち込むが、結局のところ、先ほどの占い師の老婆が占った答えは、未来がいいのか悪いのかわからないというものだ。
人はいつか死ぬし、老婆はいつ死ぬとは言わなかった。
つまりこの先何も起こらず、予定通りウォレスとサーラが別れて、そして年老いてどちらかが先に死んでも、それはそれで占いが当たったということになるだろう。
そう考えると、老婆は当たり前の未来を口にしただけということになる。
何も恐れることはないのだ。
サーラはそう言ったが、ウォレスは何故かぶすっとした顔で睨んできた。
「年老いて死ぬのだとしても、結局どちらかが置いて行かれるのは同じじゃないか。私は置いて行かれるのは嫌だ」
「そのときはもう、わたしとウォレス様には接点がなくなっているでしょう?」
「それも嫌だ」
我儘な。
(もしかして、酔ってるのかしら?)
拗ねた横顔が、少し赤い。
酔っ払いに理屈をこねても仕方がない気がして、サーラはわざと明るい声を出した。
「いい未来って、どんな未来ですかね?」
「うん?」
「ほら、もう一つはいい未来だったじゃないですか。わたしたちが望む結果になるって言っていましたけど、どんな結果なんでしょう」
「そんなの決まっているだろう。一生一緒にいて同じ日の同じ時間に一緒に死ぬんだ。もちろん、事故とか病気ではなく寿命でな」
また無茶苦茶なことを言い出した。
サーラはあきれたが、ウォレスはちょっと気分が浮上したらしい。
「なるほど、それならば少しは悪くないかもしれない。つまり二分の一の確率で、一生を共にして同じ日の同じ時間に死ねるということだ」
勝手にそういう占い結果にしてしまっている。
「ついでに同じ棺桶に入れてもらおう。そうすれば墓の中でも一緒だ」
同じ棺桶に入るなんて聞いたことがない。
酔っ払いはあり得ないことを実に楽しそうに話すものらしい。
気分が乗って来たらしいウォレスは蒸留酒を勢いよく飲み干して続けた。
「結婚して、そうだな、子供は三人はほしい。もちろん男女両方だ。娘は一生そばに置いて嫁には出さない」
娘を嫁に出さないなんてウォレスの立場から言えば絶対に無理である。
「余暇にはあちこち旅行をして、旅行先でそうだな、捨て犬とか捨て猫を見つけて拾って帰るんだ。庭には動物が溢れて子供たちが笑っている。年を取ったら田舎に引っ越して、野原で昼寝とかして、死ぬまでのんびり過ごすんだ」
(うん、いろいろ無理があるわね)
だが、楽しそうなウォレスに水を差したくない。
それに――もしそんな未来が訪れるなら、それはきっととても幸せだろうとサーラも思った。
あり得ない未来だが、語るだけなら自由だ。
くすくすと笑っていると、ウォレスが顔を近づけてサーラのこめかみにちゅっと口づけた。
そのままの姿勢でそっと囁く。
「……そんな未来が、私はほしい」
それは願望で、「する」という名言を避けているあたり、酔っ払いにはまだ理性が残っているようだ。
「願いは、叶うと思うか?」
だから、サーラは明確な答えを避けて、顔を上げてウォレスを見つめる。
そのあとに続く否定の言葉を封じるように、ウォレスの唇が重ねられた。
占い師の露店を出ても、ウォレスはずっと眉間にしわを寄せていた。
サーラの手は、ウォレスによって痛いほどに握り締められていた。
休憩のためにあちこちに設置されているベンチの一つにウォレスを座らせて、サーラは近くの露店からウイスキーを湯で割ったものを二つ買って持って戻って来る。
「お酒ですよ。飲んだら気分がよくなると思いますから」
そういうサーラも、少し顔色が悪かった。
未来でどちらかが死ぬかもしれないと言われたら、いくら占いでも気分がいいものではない。
「ああ……」
ウォレスはサーラからコップを受け取ると、息を吹きかけて少し冷ました後で、ぐいっと一気に中身を煽った。
湯で割っていてもそれなりのアルコール度数で、ちびちびと舐めるように飲んでいたサーラはぎょっとする。
「なんなんだ、あの占い師」
「そんなにイライラしないでください。もしあの占いが当たったとしても、死ぬのはたぶんわたしでしょうから」
「なお悪い!」
慰めたつもりなのに、余計に怒らせてしまった。
怒鳴られてびくりと首をすくめると、ウォレスがハッとして「悪い……」と息をつく。
「……それもくれ」
「あ、はい」
飲みかけのウイスキーの湯割りを差し出すと、ウォレスがまた一気に煽る。
ウォレスは酒に強いようだが、無茶な飲み方をすれば酔うだろう。心配になったが、酒がまだ足りないらしいウォレスが、「買いに行くぞ」と言って立ち上がった。
「ウォレス様、この後宝さがしゲームをするんじゃなかったんですか?」
「あと二時間ある」
懐中時計を確認して、ウォレスがサーラの手を引く。
「酒を買って、どこか静かなところに行こう」
そう言いながらウォレスは適当な露店へ向かい、その中で一番度数の強い蒸留酒を購入した。
サーラはさすがに強いお酒は飲めないので、ホットワインをもらう。
ウォレスはサーラの手を引いたままわき道に入り、またずんずんと進んでいった。
大通りから離れるとさすがに人が少なくなる。
しばらく歩くと、ウォレスは路地裏に積んであった木箱を見つけて足を止めた。
「ここで休もう」
ウォレスは木箱に腰かけると、隣の木箱に座るようにサーラに告げる。
ホットワインをちびちび飲んでいると、ウォレスが買った蒸留酒を豪快に飲みながら不貞腐れたような顔で言った。
「占いなんだから、もっと気楽なことを言われると思っていた」
「そう、ですね。わたしもそう思っていました」
「そうだろう? 普通はそうであるはずなんだ。それを……くそっ! あの占い師、もっと問い詰めてやればよかった。占い師なんだから、悪い未来にならないようにするにはどうすべきかも知っているはずだろう?」
さすがにそれは無茶なのではと思ったが、サーラは口には出さなかった。
「でも、いい未来になるかもしれないですよ」
「二分の一の確率でな。つまり半分の確率で悪い未来だ」
「そうですけど、半分の確率でいい未来です。それに所詮、占いですから」
占いで未来はわからない。
少なくともサーラはそう思っている。
悪い結果を言われれば確かに気分は落ち込むが、結局のところ、先ほどの占い師の老婆が占った答えは、未来がいいのか悪いのかわからないというものだ。
人はいつか死ぬし、老婆はいつ死ぬとは言わなかった。
つまりこの先何も起こらず、予定通りウォレスとサーラが別れて、そして年老いてどちらかが先に死んでも、それはそれで占いが当たったということになるだろう。
そう考えると、老婆は当たり前の未来を口にしただけということになる。
何も恐れることはないのだ。
サーラはそう言ったが、ウォレスは何故かぶすっとした顔で睨んできた。
「年老いて死ぬのだとしても、結局どちらかが置いて行かれるのは同じじゃないか。私は置いて行かれるのは嫌だ」
「そのときはもう、わたしとウォレス様には接点がなくなっているでしょう?」
「それも嫌だ」
我儘な。
(もしかして、酔ってるのかしら?)
拗ねた横顔が、少し赤い。
酔っ払いに理屈をこねても仕方がない気がして、サーラはわざと明るい声を出した。
「いい未来って、どんな未来ですかね?」
「うん?」
「ほら、もう一つはいい未来だったじゃないですか。わたしたちが望む結果になるって言っていましたけど、どんな結果なんでしょう」
「そんなの決まっているだろう。一生一緒にいて同じ日の同じ時間に一緒に死ぬんだ。もちろん、事故とか病気ではなく寿命でな」
また無茶苦茶なことを言い出した。
サーラはあきれたが、ウォレスはちょっと気分が浮上したらしい。
「なるほど、それならば少しは悪くないかもしれない。つまり二分の一の確率で、一生を共にして同じ日の同じ時間に死ねるということだ」
勝手にそういう占い結果にしてしまっている。
「ついでに同じ棺桶に入れてもらおう。そうすれば墓の中でも一緒だ」
同じ棺桶に入るなんて聞いたことがない。
酔っ払いはあり得ないことを実に楽しそうに話すものらしい。
気分が乗って来たらしいウォレスは蒸留酒を勢いよく飲み干して続けた。
「結婚して、そうだな、子供は三人はほしい。もちろん男女両方だ。娘は一生そばに置いて嫁には出さない」
娘を嫁に出さないなんてウォレスの立場から言えば絶対に無理である。
「余暇にはあちこち旅行をして、旅行先でそうだな、捨て犬とか捨て猫を見つけて拾って帰るんだ。庭には動物が溢れて子供たちが笑っている。年を取ったら田舎に引っ越して、野原で昼寝とかして、死ぬまでのんびり過ごすんだ」
(うん、いろいろ無理があるわね)
だが、楽しそうなウォレスに水を差したくない。
それに――もしそんな未来が訪れるなら、それはきっととても幸せだろうとサーラも思った。
あり得ない未来だが、語るだけなら自由だ。
くすくすと笑っていると、ウォレスが顔を近づけてサーラのこめかみにちゅっと口づけた。
そのままの姿勢でそっと囁く。
「……そんな未来が、私はほしい」
それは願望で、「する」という名言を避けているあたり、酔っ払いにはまだ理性が残っているようだ。
「願いは、叶うと思うか?」
だから、サーラは明確な答えを避けて、顔を上げてウォレスを見つめる。
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