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第一部 街角パン屋の訳あり娘

お酒の日 4

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 三十分以上並んで、ようやくサーラ達の番が回って来た。
 ちなみに、サーラとウォレスの後ろにもずらりと列ができている。この占いの露店はかなり人気らしい。

 テントの中に入ると、中は薄暗かった。
 灯っているのは、ランタンのオレンジ色の灯りが一つだけ。
 テントの天井からは、紗のカーテンのようなものが幾重にも重なりあうようにぶら下がっていて、それをかき分けるようにして奥に進むと、小さなテーブルがあった。

 テーブルの奥には、いかにも占い師らしい怪しげなローブ姿の老婆が座っている。
 テーブルの上には長方形のカードの束が裏返しに置かれており、その手前には小さな香炉があった。
 香炉からは甘い、それでいてどこかスパイシーな香りが漂っている。
 確証はないがなんとなく異国の香りのような気がしたので、占い師の老婆は移民かもしれない。

「立ってないで、座んな」

 しゃがれた声がした。
 サーラとウォレスがテーブルを挟んで老婆の前に座ると、老婆は緩慢な動きでカードを手にする。

「何が知りたいんだい?」

 言葉尻にわずかに訛りのあるしゃべり方だ。
 サーラはちらりとウォレスを見た。ここに来たがったのは彼だ。

「未来を」

 ウォレスが好奇心に青銀色の瞳を輝かせながら言う。

「あんたのかい? それとも、二人のかい?」
「二人のだ」
「わかった」

 老婆がカードを切りはじめた。
 この場の雰囲気なのか、それとも二人の未来を占うからだろうか、自然とサーラは息をつめて老婆の動きを見守る。
 老婆はある程度カードを混ぜると、裏返しにしてテーブルの上に置いた。

「お嬢ちゃん。あんたがこのカードを二つに分けな」
「は、はい……」

 サーラは言われたままカードの束を適当なところで二つに分けた。

「今度はあんたが二つのカードの束の好きな方を選びな」

 指示を出されたウォレスが、二つの束の左の方を選んだ。
 老婆は右の束をテーブルの端に置く。あれは使わないのだろうか。
 残ったカードを老婆がまた何度か切って、六芒星の形に置く。
 そして、真ん中にさらに三枚のカードを置いた。

「この真ん中の三枚のカードから、それぞれが一枚ずつ選びな」

 言われて、サーラは右の一番端、ウォレスが真ん中のカードを選んだ。
 老婆が二枚のカードをひっくり返して、ぐっと眉を寄せる。
 サーラには何のことだかわからなかったが、悪い結果なのだろうか。
 カードには見たことのない絵柄と、サーラの知らない異国の文字が書かれていた。
 老婆は黙って、六芒星に配置されたカードを全部表に返した。
 そのどれもに、やはりよくわからない絵柄と文字が書かれている。

「……あんたたちは、ずいぶん妙な星のめぐりあわせだねえ」

 老婆が、そっと息を吐き出しながら言った。

「こんなに吉兆が二つに分かれる結果を見たのははじめてだよ」
「どういう意味だ? 悪い結果なのか?」

 ウォレスが少しだけ身を乗り出して、真剣な顔をして老婆に訊ねた。
 老婆はゆっくりと首を横に振る。

「あんたたちの未来は、この一年と少しで決まるだろうね。その間の選択肢によって大きく変化する。いい未来が待っているかもしれないし、悪い未来が待っているかもしれない。それを決めるのはあんたたちのこれからの選択だ」

 占い師らしい曖昧な回答だと思った。
 良くも悪くもあるなんて、どちらに転んでも占い師の発言が間違いにならない言い方だ。
 老婆の独特の雰囲気にのまれそうになったが、やはりただのお遊びでしかないだろうと、サーラはホッと息を吐き出した。お遊びだろうが、はっきりと悪いと言われなかったことに安堵したのだ。
 満足しただろうかとウォレスを見たが、彼はその答えに納得していないようだった。

「つまりどういう意味だ。いいのか、悪いのか、はっきりしてくれ」

 ウォレスに詰め寄られて、老婆が困った顔をする。
 占い師なんてものは、明確な答えを避けるものだ。

「やめましょう、ご迷惑に……」

 サーラがウォレスの手を取って、彼を止めようと口を開いたときだった。

「言っていいのかい? 後悔するかもしれないよ」

 幾分か低い声で、老婆が脅すようなことを言って、サーラは息を呑んだ。

「言え。後悔するかしないかは私が決める。未来はいいのか、悪いのか。私たちはどうなる。言え」

 どうしてただの占いにそんなにムキになるのだろう。
 ウォレスの雰囲気が、ちょっと権力者のそれに変わりはじめてサーラは少し焦ったが、老婆は特に気にした様子はなかった。
 一つ息をついて、「じゃあ言おうかね」と口を開く。

「片方はいい未来だ。そのままだね。どんなふうにいいのかはわからない。ただ、あんたたちが望む結果になるとだけ言っておく。ただ、もう片方は――」

 老婆は自分の手前にあった、星の頂点のカードをしわがれた指先で叩いた。

「死ぬよ。どっちかが、ね」

 ウォレスは目を見開いて固まった。


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