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第一部 街角パン屋の訳あり娘
変化 1
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精霊の祟りの問題を解決してから数日後、城の第二王子オクタヴィアンの私室に、何食わぬ顔で現れたのは第一王子セザールだった。
「やあオクタヴィアン、お手柄だって?」
にこにこと悪びれず入って来た新婚旅行帰りの異母兄は、「はいお土産」と言って大きく扉を開く。
セザールの後ろから現れたメイドたちが、次々に荷物を部屋に運び込むのを見て、オクタヴィアン――ウォレスは額に手を当てた。
「兄上、このガラクタたちは何なんだ!」
「ガラクタなんて失礼だよ、オクタヴィアン。これは行く先々で買い集めた工芸品とか面白い形をした石とか木の葉とか、ああっ、あとこれは、たまたま見つけた綺麗な鳥の羽――」
「工芸品はともかくとして石とか葉っぱとか羽っていうのはどういうことだ! 嫌がらせか‼」
「失礼な。少しでも旅行気分を味わってもらおうという兄心なのに!」
傷ついた顔で言うセザールは、どうやら心の底から弟を思ってただの石ころを持ち帰ってきたらしい。
頭が痛くなってこめかみを押さえたウォレスに、ちょうどお茶の準備をしていたブノアが同情めいた表情を向けた。
同情するくらいなら、このガラクタをセザールに持ち帰らせてほしい。
「新婚旅行に行って何をしているんだ……」
セザールの新妻であるレナエルは、「弟のお土産に」と言いながら石を拾う夫を見て何と思ったことだろう。
「ブノア、僕にもお茶をくれるかい?」
ソファに腰を下ろしたセザールが当たり前の顔をしてブノアにお茶を要求する。
これは居座る気だなと判断したウォレスは、適当な理由を作って兄を部屋から追い出そうと考えたが、その前に話題を切り出されてしまった。
「それで、見事沼が燃えるなんて妙な現象を解決して、おまけで贋金の鋳型まで発見するなんてさすがだね」
弟に面倒ごとを押し付けた兄の称賛は、嫌味ではなく本当にそう思っているからだとわかるから反応に困る。
ソファに足を組んで座り、優雅にティーカップを傾けるセザールは、どこからどう見ても「王子様」だ。
少し長い、淡い金髪の髪に紫色の瞳。
甘い顔立ちは母親似で、その口元には常に穏やかな笑みをたたえている。
ウォレスは、自分の容姿が他人の――特に女性の関心を強く引くものだと理解しているが、それもこの兄を前にすると霞むだろう。
自分の顔立ちなど、利用できるから利用しているだけで、自分自身では何の興味もない。ウォレスも父よりは母親似であり、そのせいか中性寄りの甘い顔立ちをしているが、別段それを誇らしく思ったことなど一度もなかった。
が――、どうしてかこの兄の顔立ちは、少し羨ましいと思ってしまうのが不思議だった。
それはセザールが、自分の顔が優れていることを正しく理解しており、ウォレスよりもはるかにうまくその顔を「使って」いるからだろうか。
こうしてウォレスと話すときのセザールは「素」であろう。
けれども、公の場に出たときのセザールは、ウォレスでも何を考えているのかわからない。
本心を隠し、人を欺き、使えるものは自分の顔すら使って相手をチェスの駒のように動かす、それがセザールだ。
実際、精霊の祟りの件では、ウォレスもこの兄にいいように使われた。
セザールは有能だ。……腹立たしいくらいに。
「鋳型が見つかったのはたまたまだ」
「らしいね。侍女の……ああ、侍女見習いだったっけ? その子の髪飾りを探すために沼底を漁ったんだろう? 侍女のためにそんなことをするなんてオクタヴィアンは優しいね」
(くそ、全部調査済みか)
ウォレスは沼底を漁ったら出てきたとは報告したが、侍女見習い――サーラのことは伏せていた。必要なのは事実であって、沼底を漁った動機など報告書には必要ないからだ。
だというのに、この兄は妙なことに興味を持つ。
「で? その子は今どこにいるのかな? オクタヴィアンが新しく侍女見習いを雇ったなんて聞いてないけど」
「……まだベレニスから研修を受けている」
そう言うことにしておけば、のちのちベレニスのお眼鏡にかなわなかったと適当な理由をつけて誤魔化せるだろう。
「へえ? じゃあ、そのうち会えるのかな」
セザールの顔にはわくわくとした様子がうかがえる。
もちろん会わせるつもりなんてなかったが、ウォレスは舌打ちしたくなった。
セザールは昔からウォレスの侍女に興味を抱く節がある。
そしてセザールのせいで、昔からウォレスの侍女は長続きしない。何故かみんな辞めていくのだ。
そのせいで、オクタヴィアンの手元に残った侍女は乳姉弟であるジャンヌ・カントルーブ――カントルーブ子爵家に嫁いだベレニスとブノアの娘と、それから乳母のベレニスだけだった。
セザールは、別に侍女を手籠めにしているわけでもないのに、何故毎回オクタヴィアンの侍女に興味を示し、そして弟の元から辞めるように仕向けるのだろう。
毎回同じことが起こっていれば、セザールが何かしているのは間違いない。
「うちの侍女にちょっかいを出すのはやめてほしいんだが」
「冷たいこと言わないでよ」
「侍女を構って遊びたいなら自分のところの侍女にしてくれ」
「やだよ。変な気起こされたら困るし」
にこにことセザールは笑っている。
ティーカップの中身の減り具合を見て、お茶のお代わりの準備をはじめたブノアがセザールに気づかれないようにそっと息を吐き出したのが見えた。
「で? その子にはいつ会える?」
(くそ、しつこいな……)
オクタヴィアンはこれ見よがしに息を吐き出し、それから言った。
「…………そのうちな」
そんな日は来ないだろうがなと、心の中でだけ付け足した。
「やあオクタヴィアン、お手柄だって?」
にこにこと悪びれず入って来た新婚旅行帰りの異母兄は、「はいお土産」と言って大きく扉を開く。
セザールの後ろから現れたメイドたちが、次々に荷物を部屋に運び込むのを見て、オクタヴィアン――ウォレスは額に手を当てた。
「兄上、このガラクタたちは何なんだ!」
「ガラクタなんて失礼だよ、オクタヴィアン。これは行く先々で買い集めた工芸品とか面白い形をした石とか木の葉とか、ああっ、あとこれは、たまたま見つけた綺麗な鳥の羽――」
「工芸品はともかくとして石とか葉っぱとか羽っていうのはどういうことだ! 嫌がらせか‼」
「失礼な。少しでも旅行気分を味わってもらおうという兄心なのに!」
傷ついた顔で言うセザールは、どうやら心の底から弟を思ってただの石ころを持ち帰ってきたらしい。
頭が痛くなってこめかみを押さえたウォレスに、ちょうどお茶の準備をしていたブノアが同情めいた表情を向けた。
同情するくらいなら、このガラクタをセザールに持ち帰らせてほしい。
「新婚旅行に行って何をしているんだ……」
セザールの新妻であるレナエルは、「弟のお土産に」と言いながら石を拾う夫を見て何と思ったことだろう。
「ブノア、僕にもお茶をくれるかい?」
ソファに腰を下ろしたセザールが当たり前の顔をしてブノアにお茶を要求する。
これは居座る気だなと判断したウォレスは、適当な理由を作って兄を部屋から追い出そうと考えたが、その前に話題を切り出されてしまった。
「それで、見事沼が燃えるなんて妙な現象を解決して、おまけで贋金の鋳型まで発見するなんてさすがだね」
弟に面倒ごとを押し付けた兄の称賛は、嫌味ではなく本当にそう思っているからだとわかるから反応に困る。
ソファに足を組んで座り、優雅にティーカップを傾けるセザールは、どこからどう見ても「王子様」だ。
少し長い、淡い金髪の髪に紫色の瞳。
甘い顔立ちは母親似で、その口元には常に穏やかな笑みをたたえている。
ウォレスは、自分の容姿が他人の――特に女性の関心を強く引くものだと理解しているが、それもこの兄を前にすると霞むだろう。
自分の顔立ちなど、利用できるから利用しているだけで、自分自身では何の興味もない。ウォレスも父よりは母親似であり、そのせいか中性寄りの甘い顔立ちをしているが、別段それを誇らしく思ったことなど一度もなかった。
が――、どうしてかこの兄の顔立ちは、少し羨ましいと思ってしまうのが不思議だった。
それはセザールが、自分の顔が優れていることを正しく理解しており、ウォレスよりもはるかにうまくその顔を「使って」いるからだろうか。
こうしてウォレスと話すときのセザールは「素」であろう。
けれども、公の場に出たときのセザールは、ウォレスでも何を考えているのかわからない。
本心を隠し、人を欺き、使えるものは自分の顔すら使って相手をチェスの駒のように動かす、それがセザールだ。
実際、精霊の祟りの件では、ウォレスもこの兄にいいように使われた。
セザールは有能だ。……腹立たしいくらいに。
「鋳型が見つかったのはたまたまだ」
「らしいね。侍女の……ああ、侍女見習いだったっけ? その子の髪飾りを探すために沼底を漁ったんだろう? 侍女のためにそんなことをするなんてオクタヴィアンは優しいね」
(くそ、全部調査済みか)
ウォレスは沼底を漁ったら出てきたとは報告したが、侍女見習い――サーラのことは伏せていた。必要なのは事実であって、沼底を漁った動機など報告書には必要ないからだ。
だというのに、この兄は妙なことに興味を持つ。
「で? その子は今どこにいるのかな? オクタヴィアンが新しく侍女見習いを雇ったなんて聞いてないけど」
「……まだベレニスから研修を受けている」
そう言うことにしておけば、のちのちベレニスのお眼鏡にかなわなかったと適当な理由をつけて誤魔化せるだろう。
「へえ? じゃあ、そのうち会えるのかな」
セザールの顔にはわくわくとした様子がうかがえる。
もちろん会わせるつもりなんてなかったが、ウォレスは舌打ちしたくなった。
セザールは昔からウォレスの侍女に興味を抱く節がある。
そしてセザールのせいで、昔からウォレスの侍女は長続きしない。何故かみんな辞めていくのだ。
そのせいで、オクタヴィアンの手元に残った侍女は乳姉弟であるジャンヌ・カントルーブ――カントルーブ子爵家に嫁いだベレニスとブノアの娘と、それから乳母のベレニスだけだった。
セザールは、別に侍女を手籠めにしているわけでもないのに、何故毎回オクタヴィアンの侍女に興味を示し、そして弟の元から辞めるように仕向けるのだろう。
毎回同じことが起こっていれば、セザールが何かしているのは間違いない。
「うちの侍女にちょっかいを出すのはやめてほしいんだが」
「冷たいこと言わないでよ」
「侍女を構って遊びたいなら自分のところの侍女にしてくれ」
「やだよ。変な気起こされたら困るし」
にこにことセザールは笑っている。
ティーカップの中身の減り具合を見て、お茶のお代わりの準備をはじめたブノアがセザールに気づかれないようにそっと息を吐き出したのが見えた。
「で? その子にはいつ会える?」
(くそ、しつこいな……)
オクタヴィアンはこれ見よがしに息を吐き出し、それから言った。
「…………そのうちな」
そんな日は来ないだろうがなと、心の中でだけ付け足した。
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