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第一部 街角パン屋の訳あり娘
沼底の秘密 2
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ギョーム夫妻は抵抗しなかった。
船から降りるように告げると、素直に船を岸辺に寄せて、肩を丸めるようにして降りてくる。
「ここで何をしていた?」
サーラとともに木の陰から出て、ウォレスがギョーム夫妻に訊ねると、彼らはともに首を横に振った。
「……何も」
「こんな夜中に船を出しておいて何もないはずがないだろう」
しかし夫妻は、素直に船から降りてきたものの、口は頑なに割らなかった。
何でもないのだと、同じ言葉ばかりを繰り返す。
彼らはただ、深夜に沼に船を出して、沼底を探すような動作をしていただけだ。
それだけならば何の罪でもないし、ウォレスとしても捕縛して尋問するわけにもいかない。
伯爵を「精霊の祟り」と称して伯爵を脅したことがわかればそれを理由に捕縛はできるが、それに関してこの夫妻が関わっているのかはわからなかった。
第一、あの炎が故意的につけられたものであるのかもまだわかっていない。
ティル伯爵が視察に訪れた際に沼に浮かんでいた小舟から火種を投げ入れて、沼底から湧いているガスに引火させたのではないかと想像はできるが、それを直接目にしたわけではないのだ。
これ以上ここでギョーム夫妻を詰問しても仕方がないだろう。
サーラがウォレスの袖を軽く引っ張ると、彼はため息を吐いた。
ここでギョーム夫妻が口を割ってくれれば話が早かったが、そう簡単に話せるようなことであれば、精霊の祟りなどという大袈裟な脅しを仕掛けたりはしないだろう。
「わかった。だがここにはもう近づかないでくれ。明日の準備があるからな」
こんな夜中にする準備などなかったが、ウォレスの適当な嘘をギョーム夫妻は疑ったりはしなかった。
うなだれ、「申し訳ございません」と蚊の鳴くような声で謝罪すると、何度も振り返りながらとぼとぼと去って行く。
ギョームの手にはランタンがあった。
(そういえば、船の上ではランタンは灯していなかったわね)
ランタンがあるのに、それを灯さずに沼底を漁っていた。
「……あの二人、この沼からガスが湧いているのを知っているのかもしれませんね」
「どういう意味だ?」
「ランタンです。ギョームさんが持っているランタンは蝋燭を使うものでしたが、船の上ではランタンがあるのにそれを灯してはいませんでした。帰るときに灯したのを見るに、ランタンの蝋燭がなくなっていたわけではないようです」
「つまり?」
「ガスに引火するのを恐れたのではないですか?」
「……なるほど」
サーラは月明かりに照らされた沼を振り返る。
ギョーム夫妻の泣きそうな顔を思い出した。
(……あれは、何かに怯えていた顔だった。あの底にあるのは、二人が怯えるような何かなのかしら……)
ふわりと木々の間を縫って抜けて行った風の微かな音が、サーラの耳にはまるで精霊のささやき声のように聞こえた。
船から降りるように告げると、素直に船を岸辺に寄せて、肩を丸めるようにして降りてくる。
「ここで何をしていた?」
サーラとともに木の陰から出て、ウォレスがギョーム夫妻に訊ねると、彼らはともに首を横に振った。
「……何も」
「こんな夜中に船を出しておいて何もないはずがないだろう」
しかし夫妻は、素直に船から降りてきたものの、口は頑なに割らなかった。
何でもないのだと、同じ言葉ばかりを繰り返す。
彼らはただ、深夜に沼に船を出して、沼底を探すような動作をしていただけだ。
それだけならば何の罪でもないし、ウォレスとしても捕縛して尋問するわけにもいかない。
伯爵を「精霊の祟り」と称して伯爵を脅したことがわかればそれを理由に捕縛はできるが、それに関してこの夫妻が関わっているのかはわからなかった。
第一、あの炎が故意的につけられたものであるのかもまだわかっていない。
ティル伯爵が視察に訪れた際に沼に浮かんでいた小舟から火種を投げ入れて、沼底から湧いているガスに引火させたのではないかと想像はできるが、それを直接目にしたわけではないのだ。
これ以上ここでギョーム夫妻を詰問しても仕方がないだろう。
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ここでギョーム夫妻が口を割ってくれれば話が早かったが、そう簡単に話せるようなことであれば、精霊の祟りなどという大袈裟な脅しを仕掛けたりはしないだろう。
「わかった。だがここにはもう近づかないでくれ。明日の準備があるからな」
こんな夜中にする準備などなかったが、ウォレスの適当な嘘をギョーム夫妻は疑ったりはしなかった。
うなだれ、「申し訳ございません」と蚊の鳴くような声で謝罪すると、何度も振り返りながらとぼとぼと去って行く。
ギョームの手にはランタンがあった。
(そういえば、船の上ではランタンは灯していなかったわね)
ランタンがあるのに、それを灯さずに沼底を漁っていた。
「……あの二人、この沼からガスが湧いているのを知っているのかもしれませんね」
「どういう意味だ?」
「ランタンです。ギョームさんが持っているランタンは蝋燭を使うものでしたが、船の上ではランタンがあるのにそれを灯してはいませんでした。帰るときに灯したのを見るに、ランタンの蝋燭がなくなっていたわけではないようです」
「つまり?」
「ガスに引火するのを恐れたのではないですか?」
「……なるほど」
サーラは月明かりに照らされた沼を振り返る。
ギョーム夫妻の泣きそうな顔を思い出した。
(……あれは、何かに怯えていた顔だった。あの底にあるのは、二人が怯えるような何かなのかしら……)
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