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第一部 街角パン屋の訳あり娘

未来が見える男 3

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 次の日、ウォレスとサーラは森の近くにある村へ向かった。
 お供はマルセルとシャル。今回もベレニスはお留守番だ。

「つまり、サーラは村長と、それからその息子夫婦だけが『精霊の祟り』と騒いでいるのが気になる、と」
「はい。村長さんの息子夫婦には会ったことはありませんが、あの日、村長さんと他の村人さんたちには明らかな温度差があったように思います。ですので、他の村人さんたちが知らず、村長とその息子夫婦だけが知っている秘密があの沼池にあるのではないかと思うんです」
「それはわかったが……」

 ウォレスは不可解そうに眉を寄せた。

「それならば、沼池に何かあるのかと直接訊ねてみればいいのに、何故こんな回りくどいことをするんだ」

 馬車に同乗しているマルセルとシャルも、ウォレスの疑問に同意を示すように頷いた。
 サーラは今から、村に一芝居をうちに行くのである。

「直接訊ねないのは訊ねたところで真実を教えてもらえるとは限らないからです。そして、沼の一体どこにどんな秘密があるのかわからないので、場所を特定するために一芝居うちます」

 ティル伯爵が会ったフードをかぶった「何者か」は村長たちとグルである可能性が高い。
 ここまで手の込んだことをするくらいだ、あの沼にはよほど知られたくない秘密が眠っているのだろう。
 他人の秘密を暴くのはもちろん心が痛むけれど、気づかなかったことにはできない。

 ウォレスに依頼された通り、沼池に青い炎が上がった謎を解決するだけならば、沼底からガスが噴出していてそれが燃えたのだということで強引に片付けてもよかった。
 沼池が燃えた理由を伝えれば、ティル伯爵も幾分か落ち着きを取り戻すだろう。
 精霊の祟りなどなかったと、森の開発に着手しはじめるかもしれない。
 けれども、森の開発がはじまれば、沼池にも人の手が入る。
 そうなったときに、もし沼から何か問題になりそうなものが発見されたとしたら、ウォレスの見落としとされかねない。
 ウォレスが調査しに来たのは沼池に青い炎が上がった理由を調べるためだが、王位継承争いの真っただ中だ、どんなことが彼の足を引っ張るかはわからないのだ。

 サーラが気が付かなければそれでよかっただろうが、何かあると気が付いてしまった以上、知らん顔をするのは気分がいいものではない。

「だが、あのときの村長の様子を思い出す限り、今回も大騒ぎをするんじゃないか?」
「たぶん前回の比ではないと思います」

 サーラが答えると、ウォレスがひくりと頬を引きつらせた。
 シャルが渋面になり、マルセルがこめかみを抑える。

「サーラ、殴り掛かられたらどうするんだ? 危ないからサーラは馬車で待っていたほうがいいんじゃないのか?」
「わたしが言い出したことなんだから、わたしが行かないでどうするの、お兄ちゃん」

 過保護なシャルは、村長がサーラを杖で殴らないかと心配なのだろう。

「早々に杖を奪い取っておくべきだな……」
「お兄ちゃん……」

 真剣な顔をして村長から杖を奪い取る算段をはじめたシャルにサーラはやれやれと息を吐く。

「サーラは私の背後に隠れていればいい」
「王子の背後に侍女が隠れてどうするんですか」

 シャルにあきれていたらウォレスまでもが意味不明なことを言い出した。
 今のところ怪しまれてはいないようだが、王子が侍女を気にしすぎていると、そのうちおかしく思う人間が現れるだろう。

(侍女見習いがただの平民のパン屋の娘なんてばれたら大変じゃないの)

 マルセルも注意すればいいのに、仕方がなさそうな顔をするだけでウォレスを止めようとはしない。
 シャルに至っては、護衛対象であるウォレスよりもサーラの身の安全を優先する始末だ。
 これはもしかしなくとも、自分が怪我でもしようものなら、シャルとウォレスは間違いなくボロを出すのではなかろうか。

(……気をつけよう)


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