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第一部 街角パン屋の訳あり娘

精霊の祟り 2

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「はあ、精霊の祟りですか」

 サーラは何とも微妙な表情を浮かべて、ウォレスと、それから花柄エプロンを手ににこにこしているブノアを交互に見やった。

「わかるか?」
「わかるかって、実際に見ていないものはわかりませんよ」

 パン屋ポルポルが閑散とする時間帯。
 リジーは、ウォレスが到着する五分前にバゲットを抱えて「ウォレス様来なかったねえ」と寂しそうに帰っていた。リジーが帰った後でウォレスが来たと聞けば、さぞ悔しがるだろう。

「つまり、実際に見たらわかるんだな?」
「そんなことは一言も言っていませんが……」

 ウォレスは少々サーラを買いかぶりすぎている。

「だが、わかるかもしれない、そうだな?」

 やけに食い下がってくる。
 どうやらこの事件が解決できるか否かは、ウォレスの威信に関わる問題なのだろう。

「かもしれない、程度のことですよ。でも、場所が隣の伯爵領なら、わたしが向かうことは不可能で――」
「それは問題ない」

 何が問題ないんだ、とサーラは半眼になった。
 嫌な予感がする。
 否、嫌な予感はブノアが花柄エプロンを片手に現れたときから感じていた。

「今日から一週間……場合によってはもう少し、君を雇う」
(予感的中)

 勝手なことを言い出したと頭を抱えたくなったが、実は、有能なブノアのことをアドルフもグレースもとても気に入っている。
 さらには素敵な紳士が店番をしていると、ご近所のおばさま方の来店率がぐっと上がり、ブノアがにこりと「今、こちらが焼き立てですよ」などとさらりと商品をお勧めしてくれるため、客単価も跳ね上がる傾向にあった。
 サーラが不在になっても、その代わりにブノアが来ると言えば、アドルフもグレースも反対しないないだろう。

(なんかお父さんもお母さんも、わたしとウォレス様が恋人同士か何かだと勘違いしている節があるのよねえ……)

 これだけ頻繁に訪れ、大量にパンを買っていき、さらにはドレスや宝飾品までプレゼントされたとあったら、勘違いするのは仕方がないだろうか。
 一度否定したことがあるのだが「またまた照れちゃって」と微笑ましそうな顔をされて、逆になんだか面倒くさくなって放っておくことにしたサーラも悪いのだが。

(この人が第二王子だって知ったらひっくり返るでしょうねえ)

 絶対に言えない、とサーラは思う。
 アドルフとグレースは、サーラが公爵令嬢としての身分を剥奪されて平民になったことを、とても可哀想に思っているようだ。
 そして、元の身分には戻れなくとも、何とか不自由しない人生を送ってほしいと思ってくれている。

 その思いはひしひしと伝わってくるし、血のつながらない娘に対して心を砕いてくれるのはとても嬉しい。
 が……、目を付けたのがウォレスというのは、少々、いやかなり問題だ。
 両親はウォレスのことをただのお金持ち、もしくはどこかの下級貴族のお坊ちゃん程度に思っているのだろうが、さすがに罪人の娘と言うレッテルを貼られ、身分を奪われた元公爵令嬢が王子の相手になるはずがない。

 サーラが渋い顔をしていると、ウォレスが慌てて付け加えた。

「もちろん、給金も出す。ただ働きじゃない」
「平民の女を連れ歩いているなんて、変な噂が立ちますよ」
「その点も大丈夫だ。君を侍女見習いとして連れて行くからな。ベレニスも一緒だ」

 また強引な手段をとるものだ。

(侍女って、普通は貴族令嬢がなるものでしょうが)

 王族の侍女に平民がつくなど聞いたことがない。

「侍女見習いの給金だと……ブノア」
「一日、銀貨五枚。さらに今回は特別手当と出張手当も上乗せするので、一日銀貨七枚お支払いします」
「……銀貨七枚」

 つい、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
 つまり、七日働くと仮定して、銀貨四十九枚。平民にとってはとんでもない大金だ。

「もちろん、侍女のお仕着せなどはすべてこちらで手配いたします。サーラ様は身一つで来ていただければ問題ございません」
「もちろん三食おやつ付きだ! どうだ⁉」

 三食おやつ付きを威張って宣言する王子ってどうなのだろう。
 まあ、仕事として考えるのならば悪くない条件だ。むしろかなりの好条件である。
 サーラがぐらぐら揺れているのがわかったのだろう、ウォレスがカウンターに身を乗り出して畳みかける。

「ちなみに、仕事は私と一緒に沼池の事件を解決することだ。本来の侍女の仕事はしなくていい。……伯爵たちの目があるところでだけ、それらしく振舞ってくれれば大丈夫だ」
(……何それ、美味しい)

 と思ったが、サーラにとって一番の問題が残っている。
 サーラはゆっくり首を横に振った。

「とてもいいお話ですが、無理です」
「何故だ⁉」

 何故? そんなこと、決まっている。
 サーラは肩をすくめて答えた。

「泊りの遠出なんて、兄が許しません」

 あの過保護なシャルが、許可を出すはずがない。

 ウォレスとブノアは、盲点だったと言わんばかりに、大きく目を見開いた。



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