すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき@バカふり160万部突破

文字の大きさ
上 下
54 / 154
第一部 街角パン屋の訳あり娘

精霊の祟り 2

しおりを挟む
「はあ、精霊の祟りですか」

 サーラは何とも微妙な表情を浮かべて、ウォレスと、それから花柄エプロンを手ににこにこしているブノアを交互に見やった。

「わかるか?」
「わかるかって、実際に見ていないものはわかりませんよ」

 パン屋ポルポルが閑散とする時間帯。
 リジーは、ウォレスが到着する五分前にバゲットを抱えて「ウォレス様来なかったねえ」と寂しそうに帰っていた。リジーが帰った後でウォレスが来たと聞けば、さぞ悔しがるだろう。

「つまり、実際に見たらわかるんだな?」
「そんなことは一言も言っていませんが……」

 ウォレスは少々サーラを買いかぶりすぎている。

「だが、わかるかもしれない、そうだな?」

 やけに食い下がってくる。
 どうやらこの事件が解決できるか否かは、ウォレスの威信に関わる問題なのだろう。

「かもしれない、程度のことですよ。でも、場所が隣の伯爵領なら、わたしが向かうことは不可能で――」
「それは問題ない」

 何が問題ないんだ、とサーラは半眼になった。
 嫌な予感がする。
 否、嫌な予感はブノアが花柄エプロンを片手に現れたときから感じていた。

「今日から一週間……場合によってはもう少し、君を雇う」
(予感的中)

 勝手なことを言い出したと頭を抱えたくなったが、実は、有能なブノアのことをアドルフもグレースもとても気に入っている。
 さらには素敵な紳士が店番をしていると、ご近所のおばさま方の来店率がぐっと上がり、ブノアがにこりと「今、こちらが焼き立てですよ」などとさらりと商品をお勧めしてくれるため、客単価も跳ね上がる傾向にあった。
 サーラが不在になっても、その代わりにブノアが来ると言えば、アドルフもグレースも反対しないないだろう。

(なんかお父さんもお母さんも、わたしとウォレス様が恋人同士か何かだと勘違いしている節があるのよねえ……)

 これだけ頻繁に訪れ、大量にパンを買っていき、さらにはドレスや宝飾品までプレゼントされたとあったら、勘違いするのは仕方がないだろうか。
 一度否定したことがあるのだが「またまた照れちゃって」と微笑ましそうな顔をされて、逆になんだか面倒くさくなって放っておくことにしたサーラも悪いのだが。

(この人が第二王子だって知ったらひっくり返るでしょうねえ)

 絶対に言えない、とサーラは思う。
 アドルフとグレースは、サーラが公爵令嬢としての身分を剥奪されて平民になったことを、とても可哀想に思っているようだ。
 そして、元の身分には戻れなくとも、何とか不自由しない人生を送ってほしいと思ってくれている。

 その思いはひしひしと伝わってくるし、血のつながらない娘に対して心を砕いてくれるのはとても嬉しい。
 が……、目を付けたのがウォレスというのは、少々、いやかなり問題だ。
 両親はウォレスのことをただのお金持ち、もしくはどこかの下級貴族のお坊ちゃん程度に思っているのだろうが、さすがに罪人の娘と言うレッテルを貼られ、身分を奪われた元公爵令嬢が王子の相手になるはずがない。

 サーラが渋い顔をしていると、ウォレスが慌てて付け加えた。

「もちろん、給金も出す。ただ働きじゃない」
「平民の女を連れ歩いているなんて、変な噂が立ちますよ」
「その点も大丈夫だ。君を侍女見習いとして連れて行くからな。ベレニスも一緒だ」

 また強引な手段をとるものだ。

(侍女って、普通は貴族令嬢がなるものでしょうが)

 王族の侍女に平民がつくなど聞いたことがない。

「侍女見習いの給金だと……ブノア」
「一日、銀貨五枚。さらに今回は特別手当と出張手当も上乗せするので、一日銀貨七枚お支払いします」
「……銀貨七枚」

 つい、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
 つまり、七日働くと仮定して、銀貨四十九枚。平民にとってはとんでもない大金だ。

「もちろん、侍女のお仕着せなどはすべてこちらで手配いたします。サーラ様は身一つで来ていただければ問題ございません」
「もちろん三食おやつ付きだ! どうだ⁉」

 三食おやつ付きを威張って宣言する王子ってどうなのだろう。
 まあ、仕事として考えるのならば悪くない条件だ。むしろかなりの好条件である。
 サーラがぐらぐら揺れているのがわかったのだろう、ウォレスがカウンターに身を乗り出して畳みかける。

「ちなみに、仕事は私と一緒に沼池の事件を解決することだ。本来の侍女の仕事はしなくていい。……伯爵たちの目があるところでだけ、それらしく振舞ってくれれば大丈夫だ」
(……何それ、美味しい)

 と思ったが、サーラにとって一番の問題が残っている。
 サーラはゆっくり首を横に振った。

「とてもいいお話ですが、無理です」
「何故だ⁉」

 何故? そんなこと、決まっている。
 サーラは肩をすくめて答えた。

「泊りの遠出なんて、兄が許しません」

 あの過保護なシャルが、許可を出すはずがない。

 ウォレスとブノアは、盲点だったと言わんばかりに、大きく目を見開いた。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

処理中です...