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第一部 街角パン屋の訳あり娘

男の正体 3

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 ウォレスが来店した五分後に、リジーがやって来た。
 マルセルは店の前に停められている御者席に座ったままだが、ウォレスはすでにマルセルから報告を受けているそうで、リジーがいれば問題ないらしい。
 いつも通り飲食スペースで話をするらしいので、紅茶を三つ入れる。
 ブリオッシュを出してやると、ウォレスが目を丸くした後で嬉しそうに破顔した。

「珍しいな、いつもはこの時間には売り切れているのに」
「今日はたまたまです」

 ウォレスのために一つ取り置きしていたとは言わず、サーラは笑ってごまかした。

「サーラぁ」
「リジーはこっち」

 リジーの前にはクイニーアマンを出してやる。
 リジーが目を丸くした。

「あれ? 今までクイニーアマン、なかったよね?」
「お父さんが冬限定で出そうって考えてるみたいで。これは試作品。ちょっと手間なのと、材料費もかかるから銅貨四枚で出す予定なんだけど、感想聞かせてくれない?」
「菓子屋のリジーさんに甘いものの感想を求めるなんて、なかなか自信家ですなあサーラさんや」

 いったい誰の物まねだと突っ込みたくなるような妙な言い方をして、リジーがにんまりと笑う。
 ブリオッシュを食べようと手を伸ばしたウォレスが、クイニーアマンを見てちょっともの言いたげな顔をしたので、サーラは苦笑して彼の前にも出してやった。
 ウォレスが満足そうな顔をする。

「サーラは食べないの?」
「ここのところお父さんがずっと試作品を作ってて、朝とおやつは毎日クイニーアマンだから、わたしはいいわ」

 美味しいが、甘いしバターもたっぷり使ってあるのでさすがに量は食べれない。
 バターと、それから表面のカラメルの配合をアドルフが悩んでいて、すでに三十回くらい試作品を作っているのだ。リジーとウォレスに出したのは、その中でアドルフが一番気に入っている配合で作ったものである。

 ちなみに甘すぎるものが苦手なシャルは、毎朝出されるクイニーアマンに早くも辟易としてきているので、父にはそろそろ決めてほしいものだ。
 ウォレスも、ブリオッシュより先にクイニーアマンに手を伸ばした。新しいものが気になるようである。

 サクサクと二人がクイニーアマンを食べるのを、サーラはのんびりと紅茶を飲みながら観察する。表情を見るに、合格だろうか。
 じっと見つめると、リジーがぐっと親指を立てた。

「ほいひいよ」
「口の中のもの流し込んでからしゃべりなよ」

 サーラが笑うと、リジーがごくんと咀嚼していた口の中のものを嚥下して、もう一度親指を立てる。

「美味しいよ! 銅貨四枚でも全然買うね!」

 リジーのお墨付きをもらってホッとしていると、ウォレスが唇を親指の腹でぬぐいながら頷く。

「美味いな。だが、期間限定と言うが、毎日どのくらい作るんだ?」
「最初は少なめにして、様子を見るつもりですが……」
「……それなら残らない可能性があるな」

 ウォレスが難しい顔で考え込んだ。クイニーアマンが気に入ったらしい。

(お城にはもっと美味しいものがたくさんあるでしょうにね)

 ウォレスは相変わらず、ポルポルのパンをたくさん購入してくれる。
 しかしそれは、本人が来る十時ごろに買って帰るか、もしくはウォレスに代わりにマルセルが夕方に買いに来るかなので、その時間に店に並んでいるものばかりだ。
つまり、ブリオッシュのように人気ですぐに売り切れる商品は、なかなか購入するパンの中には紛れ込まない。

「あらかじめ注文しておけば余分に焼いてもらえるのか?」

 そうまでして食べたいのだろうか。
 サーラは噴き出しそうになった。

「父一人で焼いているもので、余裕があれば受け付けられますけど、状況によると思います」
「そうか……」
「大量には無理ですけど、あらかじめ連絡をもらえれば、一つ、二つくらいならこっそり取り置きしておきますよ」

 しょんぼりと肩を落としたウォレスが何だか可哀想で、妥協案を提示すれば、彼はパッと笑った。

「それがいい! そうしよう」

 ウォレスがクイニーアマンを手に入れる算段が付いたところで、サーラ達は今日の本題に移ることにした。

「カリヤの部屋に残されたレジスの私物だが、マルセルからの報告では、銅貨が積められた袋が四袋、それから着替えしかなかったそうだが、間違いはないか?」
「間違いないです! そしてカリヤさんとも少しだけ話ができたんですけど、カリヤさんによると、レジスって男はカリヤさんにも愚痴をこぼしていたらしいです。ええっと、何でも、大金が手に入る約束だったのに、騙された。カリヤさんを身請けする予定だったのに、すぐには無理になった。それどころかこんなことになっちまって、俺はどうしたらいいんだ……。みたいな愚痴だそうです」
「なるほど。じゃあ、レジスさんが『許さない』と言っていた相手は、彼を騙したその相手である可能性が高いわね」

 そしてレジスを騙した相手が、贋金製造の関係者であるかどうか。

「でも、変ね……」
「何が?」

 リジーが首をひねる。

「レジスさんの持ち物よ。銅貨と着替えしかなかったんでしょ? 肝心のものがないわ」
「肝心のもの?」
「偽の銀貨と、銀貨の鋳造に使った鋳型か」

 ウォレスが顎を撫でながら眉を寄せる。

「そうです。銀貨を使うという仕事を受けた男……ええっと、エタンさんでしたっけ? 彼が捕縛されたことで、銀貨を使うという行為はストップになったはずです。倉庫に偽の銀貨が残されたまま放置されていたと聞きますが、偽の銀貨がそれだけしかなかったとは言い切れません。少なくとも贋金を製造したのがレジスさんなら、鋳型がないのはおかしいです」

 サーラは少し前の情報を思い出す。
 今の時点で、贋金の事件に関与していたと考えられる人物でわかっているのは三人だ。

 まずはエタン。
 彼は「倉庫にある銀貨を使う」という割のいい仕事をコームという名の知人から請け負った男であり、サーラのパン屋ポルポルに、倉庫に置いてある銀貨――すなわち贋金で買い物に来た人物だ。
 エタンはその後捕らえられて、自分が雇われた身であると自白している。

 次にエタンに仕事を紹介した、彼の知人であるコーム。
 コームもまた、何者かに「倉庫にある銀貨を使う仕事」を知り合いに斡旋するように頼まれていたと考えられる。
 そして彼は、西の三番通りにある空き家を借りていたようだが、サーラ達が肝試しでその家を捜索していた際に、地下のワイン庫で死んでいるのが発見された。他殺の線が濃厚だ。
 コームが借りた家の鍵を、第三者の男が返しに来たと言う情報が家主から得られたため、コームを介してエタンに仕事を出した「雇い主」がそれであろうと当たりをつけていた。コーム殺害の容疑者でもある。

 最後にレジス。
 レジスがコームの「雇い主」である可能性はまだわからない。それを確認するにはレジスの似顔絵を持って、西の三番通りの空き家の家主に、鍵を返しに来た男と一致するかどうかを確かめる必要があるだろう。
 もし一致した場合、レジスは贋金を使うように指示をした「雇い主」であり、コーム殺害の容疑者になるが、すでに死亡してしまっているため、本人の口から詳細を語らせるのは難しい。
 そしてレジスは何者かに騙され、その相手を恨んでいた。
 それが贋金事件に関係しているのならば、関係者はまだほかにいる。

「贋金を鋳造していたのがレジスさんなのか、その背後にいる別の人物なのかはわかりませんが、贋金の鋳型なんてものは、おいそれと処分できないでしょう?」
「そうだな。処分するにしても、確実に見つからないように処分するだろう」
「偽の銀貨にしてもそうです。もし手元に残っていたのならば、不用意に使うとそこから足がつく可能性があります。どのくらいの数が手元にあったのかは知りませんが、処分するにも人目につかないようにこっそり、そしてそう簡単に見つからない場所に捨てるはずです」
「それがレジスの手元になかったと言うことは、レジスの他の関係者が持っているか、もしくはどこかに捨てたか、か。あれほど精巧な偽の銀貨はこちらとしてもできるだけ……できればすべて回収しておきたい。下手に市場に出回ると厄介だからな。鋳型にしても証拠品として押収したいが、もしレジスが捨てたのならば、捨てたものを探さなくてはな」

 サーラがウォレスと難しい顔で話していると、リジーはぱちぱちと目をしばたたいた。

「なんか、とっても大変なのね……」
「そうね。一歩前進したけど、その分謎が深まったって感じよ」
「すぐには片がつかないのは間違いない。今はできることをするしかないな。まずはレジスが贋金と鋳型を処分したと仮定して、それを人海戦術で探すしかないだろう」

 人海戦術、と聞いてサーラはこっそり息を吐いた。

(ごめんお兄ちゃん……、たぶん仕事増えたわ)

 間違いなく市民警察が動員されるのを予測して、サーラは心の中でシャルに謝罪する。
 多忙を極めたシャルが「騎士のやつら人使いが荒すぎる‼」と激怒する日は近いだろう。
 ウォレスがブリオッシュに手を伸ばした。
 これ以上この件で話すことはなさそうなので、サーラは紅茶のお代わりを入れるために立ち上がる。

「せめてレジスが生きてさえいれば、捜査が一気に進んだかもしれないのにな」

 ウォレスの舌打ちを聞きながら、サーラの脳裏に、「口封じ」と言う単語が浮かんで消えた。

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