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第一部 街角パン屋の訳あり娘

成婚パレード 5

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 パレードがはじまる二時過ぎになって、パン屋ポルポルの客足はようやく落ち着いた。
 パレードがはじまればみんなそちらに夢中になるので、買い物に来る人は極端に少なくなるのである。

「ありがとうございます、ブノアさん。お疲れでしょう? もしよかったら、どれでも好きなパンを好きなだけ食べてくださいね」

 客が途絶え、サーラが声をかけると、ブノアがにこりと微笑んだ。

「それは嬉しいですね。では、お言葉に甘えて」

 あいにくとサンドイッチは売れ切れてしまったが、残っていたベーコンエピとそれからクロワッサンを取って、ブノアが飲食スペースに腰かけた。
 グレースがオニオンスープとサラダを持ってやってくる。
 当分客は来そうにないので、サーラもブノアと一緒に休憩を取ることにした。

「今日は本当にありがとうございました。わたし一人でお客さんをさばききれなかったと思うので、ブノアさんがいてくれて助かりました」
「ふふ、お気になさらず。主からも妻からも、馬車馬のように働いて来いと言われていますから」

 ウォレスはともかくとして、奥さんもなかなかすごいなとサーラはブノアの妻ベレニスを思い出す。きりりとしたあのご婦人は、どうやら夫遣いが荒いようだ。

「でもこれだけ売り切れてしまったら、今日はウォレス様の分はなさそうですね」
「そうですねえ……」

 アドルフが少し焼き足しているとはいえ、まだ二時過ぎだと言うのに店に並んでいるパンは残り少ない。

(これでもいつもの四倍は用意したんだけどなあ……)

 ウォレスがパンを買うようになってから、一日で焼くパンの量が増えていた。その四倍も用意したのに、ぽつんぽつんとしかパンが残っていないのは驚異である。

「成婚パレードの効果はすごいですね……」
「まあ、そうですね。久しぶりでもありますし」
「国王陛下の成婚パレード以来なかったんですっけ?」
「ええ、陛下には男性の兄弟がいませんからね。ですので……二十三年前になりますか」

 なるほど、二十三年ぶりのパレードであれば、それは盛り上がるはずである。
 王女の場合は嫁ぐ側なので成婚パレードはしないそうだが、王子は婿に入る以外の場合は成婚パレードが行われることが多いそうだ。
 ちなみに、一夫多妻が許されている国王の場合、成婚パレードを行うのは正妃のみである。

「では次のパレードはウォ……第二王子殿下ですね」
「そうなりますね」
「第二王子殿下も、他国からお妃様を娶られるのでしょうか?」
「どうでしょうか……。情勢的に、縁談を組んだ方がいい国は思い当たりませんので、陛下同様、国内で縁談をまとめられる可能性が高いと思いますよ」
「そう、なんですか?」
「ええ、ディエリア国の場合はまあ特別なんです。サーラさんは、ディエリア国とヴォワトール国が元は一つの国だったことをご存じですか?」
「はい、知っています」

 ヴォワトール国はもともとディエリア国の一部だった。
 けれども、二百年ほど前、ディエリア国で内乱が勃発した。
 病弱だった国王が若くして臥せったのち、その弟二人が王位を争って対立したのである。

 内乱は八年にも及び、結果、ディエリア国は分裂した。
 二人の王弟のうち、国王のすぐ下の弟がディエリア国の三分の一の国土を奪い、新しい国を建国したのである。
 けれども、内乱のさなかに不治の病にかかっていた王弟は、自らの死期を悟り、王は名乗らなかった。子供がいなかった王弟のかわりに王になったのは、彼の忠臣として常に彼の傍らにあり続けた伯爵だったのだ。

 それが初代国王、ウォーレスである。
 優秀な政治家でもあり、そして騎士でもあったウォーレスは、王弟の名前を取り新しく建てた国をヴォワトール国と名付けた。
 それが、ヴォワトール国のはじまりである。

 もちろん、国土を奪われる形となったディエリア国は、ヴォワトール国のことを認めてはいなかった。
 けれどもウォーレスは瞬く間に近隣諸国と国交を結び、ディエリア国から新興の我が国を守るに足る後ろ盾を得たのである。

 その後も、ウォーレスは国を発展させるために生涯をかけた。
 ディエリア国との関係は冷戦状態と言うほどぎすぎすした関係であったが、ウォーレスの死後、五十年ほどして、ディアリア国とヴォワトール国の間で和平協定が結ばれる。
 けれどもディアリア国の貴族の中には、いまだにヴォワトール国を逆賊の国だと憎んでいるものが多い。
 ゆえに、ディアリア国とヴォワトール国は、定期的に、互いの国の王家に花嫁を贈りあっていた。

 現ディアリア国の王妃は、ヴォワトール国王の妹君である。
 そして今回、ディエリア国王夫妻には王女がいないため、代わりに王家に連なる公爵令嬢であるレナエル・シャミナードが嫁いでくることになったのだ。

「和平協定の中に、互いに王女もしくはそれに準ずる花嫁を、王、もしくは王に近い存在へ送りあうという文言があるんです。そして、最後に花嫁を送ってから五十年以内に次の花嫁を送るように、とね」
「それは知らなかったです……」
「協定の細かい内容までは、あまり表に出ませんからね。だからヴォワトール国は花嫁を受け取らなければならない。でも、そんな協定を結んでいる国はほかにありませんから。他国から話が持ちかけられれば、応じる可能性もゼロではありませんけど、今のところ国内でまとめられる可能性が高いんですよ。他国から姫を入れるのは、政治上、メリットとデメリットの両方がありますから加減が難しいんです」

 確かに、他国に外戚を作りすぎると政治がやりにくくなる。

「ではもう、候補はあがっているんですね」
「そう、とも言えますか……」

 王子の結婚相手となれば相応の身分がいる。
 特に、いまだ王太子をどちらにするか王が決めかねている状況であるので、ウォレスが王になる可能性だってある。
 その場合、正妃になる人が伯爵令嬢以下であるのは少々困る。
 また、ディエリア国から妃を娶った第一王子セザールと本気で王位争いをするのならば、できるだけ身分の高い女性であるのが好ましい。

 ゆえに、すでに候補は上がっているはずだ。
 そして、相手となる女性には、決定が出るまで結婚するなと言う打診も入っているはずである。

(公爵家の令嬢ともなれば、数が少ないでしょうからね)

 一つ位を落として、侯爵令嬢から選ぶとしても、こちらもそれほど多いわけではない。

(早く相手を決めて上げないと、困る人も多いでしょうにね。……まあ、わたしには関係のないことだけど)

 そう思うのに、なんだか少しもやもやした気持ちになるのはどうしてだろう。
 サーラがそっと息を吐き出したときだった。

 パン屋の外から、わあっという大きな歓声が聞こえてくる。
 どうやら第一王子とその妃を載せたパレード用の馬車がこちらまで走ってきたようだ。
 リジーは今頃、顔を紅潮させて大はしゃぎしていることだろう。
 サーラがリジーの顔を想像して小さく笑ったその直後――

 歓声に交じって、大きな悲鳴がいくつも響いてきた。


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