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第一部 街角パン屋の訳あり娘
成婚パレード 4
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(正直、ここまで忙しくなると思っていなかったからブノアさんがいてくれるのはとっても助かるんだけど……、いいのかしら?)
ブノアはウォレス――つまりは第二王子オクタヴィアンが信頼して使っている人材である。貴族であるのは間違いなかろう。
いったいどこの誰なのかは――訊くのが怖いので訊かないが、そんな貴族の素敵な紳士が下町のパン屋の店番なんて、恐れ多くて仕方がない。
(お父さんもお母さんも、知ったらひっくり返るでしょうね)
アドルフもグレースも、元は貴族だ。
プランタット元公爵家に連なる子爵夫妻だったのだが、プランタット公爵家が罪に問われて身分が剥奪された際に、同じように子爵の身分を没収された。
アドルフはもともとパン作りを趣味にしていたが、貴族である身分を奪われ平民として暮らしはじめたときは、とても苦労したと言っていた。必要に駆られてパン屋をはじめたアドルフだが、貴族のままであれば平民相手に商売をしようなどと思わなかっただろう。
貴族と平民の垣根は、高い。
それだと言うのに、にこにこと楽しそうに動き回るブノアはたいしたものだと思う。
平民相手に敬語を使うことすら、嫌がる貴族が大半だろうに。
「お茶の作り置きが少なくなったので、奥で作ってきますね」
「え? あ! ありがとうございます!」
ブノアに雑用をさせていいのかと気が引けるが、なんだか楽しそうなので恐縮しつつも仕事を任せている。
作り置きのお茶は、安い紅茶を淹れて冷ましている。
いつもは滅多に飲食スペースの出番がないため、注文が入ってから温かい紅茶を淹れるのだが、今日はとてもではないがそんなことをしていたら客がさばききれないからだ。
(安い紅茶一杯に銅貨二枚の値段を付けたけど、びっくりするくらい出るわね)
普段は淹れたての紅茶一杯を銅貨一枚で出している。つまり今日はお祭り価格と言うわけだ。
それなのに、朝から二百杯近くパンと一緒に注文が入っている。
これは、容器を持ってきてくれたらお茶もテイクアウトできると言ったからだろうか。
(茶葉、買い足しておいて本当によかったわ……)
お茶なんてそんなに出ないだろうと高をくくっていたのだが、昨日のうちに今日の手順を確認しに来た生真面なブノアが、用意しておいた方がいいですよと助言をくれたのだ。
――カフェもほとんどが閉まっているでしょうからね。初秋とはいえまだ夏みたいに暑いですから、大通りでパレード待ちをしている方々は喉が渇くと思います。作り置きして冷まして提供したら、それほど手間でもないでしょう?
まったく、ブノアは慧眼である。
おかげで本日の儲けはがっぽりだ。
せっせと客をさばいていると、清算待ちの客の列にリジーがいるのを見つけた。
「サーラ、繁盛してるねー」
リジーはサンドイッチを十個ほど買ってくれた。
リジーは今日、家族とともに大通りでパレードを待ち構えているという。
「おかげさまでね。もう十二時近いのに、朝からずっとこんな感じなの」
「あはは、そりゃ大変だわー」
リジーは他人事のように笑って、「この分じゃおしゃべりは無理かぁ」と残念そうにぼやくと、サンドイッチを受け取って頑張ってねと手を振って帰って行った。
冷ました紅茶を作り置きを終えたブノアが、作り立てのサンドイッチを持って戻ってくる。どうやらグレースに頼まれたようだ。
ちょうどサンドイッチが残り三個になったところだったので、非常に助かった。
「レーズンパンが焼けたよー」
アドルフの声がして、サンドイッチを出し終えたブノアがレーズンパンを取りに向かう。
最初は警護なんてとあきれたが、今日ブノアをここによこしてくれたウォレスに、サーラは心の底から感謝した。
ブノアはウォレス――つまりは第二王子オクタヴィアンが信頼して使っている人材である。貴族であるのは間違いなかろう。
いったいどこの誰なのかは――訊くのが怖いので訊かないが、そんな貴族の素敵な紳士が下町のパン屋の店番なんて、恐れ多くて仕方がない。
(お父さんもお母さんも、知ったらひっくり返るでしょうね)
アドルフもグレースも、元は貴族だ。
プランタット元公爵家に連なる子爵夫妻だったのだが、プランタット公爵家が罪に問われて身分が剥奪された際に、同じように子爵の身分を没収された。
アドルフはもともとパン作りを趣味にしていたが、貴族である身分を奪われ平民として暮らしはじめたときは、とても苦労したと言っていた。必要に駆られてパン屋をはじめたアドルフだが、貴族のままであれば平民相手に商売をしようなどと思わなかっただろう。
貴族と平民の垣根は、高い。
それだと言うのに、にこにこと楽しそうに動き回るブノアはたいしたものだと思う。
平民相手に敬語を使うことすら、嫌がる貴族が大半だろうに。
「お茶の作り置きが少なくなったので、奥で作ってきますね」
「え? あ! ありがとうございます!」
ブノアに雑用をさせていいのかと気が引けるが、なんだか楽しそうなので恐縮しつつも仕事を任せている。
作り置きのお茶は、安い紅茶を淹れて冷ましている。
いつもは滅多に飲食スペースの出番がないため、注文が入ってから温かい紅茶を淹れるのだが、今日はとてもではないがそんなことをしていたら客がさばききれないからだ。
(安い紅茶一杯に銅貨二枚の値段を付けたけど、びっくりするくらい出るわね)
普段は淹れたての紅茶一杯を銅貨一枚で出している。つまり今日はお祭り価格と言うわけだ。
それなのに、朝から二百杯近くパンと一緒に注文が入っている。
これは、容器を持ってきてくれたらお茶もテイクアウトできると言ったからだろうか。
(茶葉、買い足しておいて本当によかったわ……)
お茶なんてそんなに出ないだろうと高をくくっていたのだが、昨日のうちに今日の手順を確認しに来た生真面なブノアが、用意しておいた方がいいですよと助言をくれたのだ。
――カフェもほとんどが閉まっているでしょうからね。初秋とはいえまだ夏みたいに暑いですから、大通りでパレード待ちをしている方々は喉が渇くと思います。作り置きして冷まして提供したら、それほど手間でもないでしょう?
まったく、ブノアは慧眼である。
おかげで本日の儲けはがっぽりだ。
せっせと客をさばいていると、清算待ちの客の列にリジーがいるのを見つけた。
「サーラ、繁盛してるねー」
リジーはサンドイッチを十個ほど買ってくれた。
リジーは今日、家族とともに大通りでパレードを待ち構えているという。
「おかげさまでね。もう十二時近いのに、朝からずっとこんな感じなの」
「あはは、そりゃ大変だわー」
リジーは他人事のように笑って、「この分じゃおしゃべりは無理かぁ」と残念そうにぼやくと、サンドイッチを受け取って頑張ってねと手を振って帰って行った。
冷ました紅茶を作り置きを終えたブノアが、作り立てのサンドイッチを持って戻ってくる。どうやらグレースに頼まれたようだ。
ちょうどサンドイッチが残り三個になったところだったので、非常に助かった。
「レーズンパンが焼けたよー」
アドルフの声がして、サンドイッチを出し終えたブノアがレーズンパンを取りに向かう。
最初は警護なんてとあきれたが、今日ブノアをここによこしてくれたウォレスに、サーラは心の底から感謝した。
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