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第一部 街角パン屋の訳あり娘

二つの贋金 2

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「しばらく帰りが遅くなると思う」

 夜、市民警察の勤務を終えて帰って来たシャルが、ダイニングで制服のジャケットを脱ぎながら言った。

「あら、何かあったの?」

 グレースがキッチンでシチューを深皿によそう手を止めて振り返った。
 ダイニングテーブルに座ったシャルは、ぐしゃりと赤茶色の髪をかき上げて、疲れたように息を吐く。

「上層部から面倒くさい仕事が降りてきたんだ。倉庫通りのとある倉庫を昼夜問わず見張れってさ」

 倉庫通りの倉庫と聞いて思い出すのは、リジーが持って来た、鍵が増えたり減ったりする倉庫の話である。
 ウォレスが興味を示してリジーが倉庫に案内したと思うのだが、もしかしなくとも関係があるのだろうか。

「昼夜問わずってことは、寝ずの番ってこと?」

 サラダをダイニングテーブルに並べながら問えば、兄が肩をすくめる。

「そうなる。まあ、途中で交代するから、ずっと起きているわけではないけど」

 それでも大変な仕事には変わりない。

「まだ夜は冷えるから、風邪を引かないように気をつけなさい」

 アドルフが読んでいた夕刊をたたんで、息子を労うようにぽんぽんと肩を叩いた。
 そうするよ、と肩をすくめて、シャルがサーラの顔を覗き込む。

「最近、妙な常連客が増えたんだろう? 俺はそれが心配だよ。何かあってもすぐに駆け付けられないかもしれないから、充分に注意するんだよ。特に日が暮れてからは出歩かないように。いいね?」

 心配そうに言われて、相変わらず過保護だなと笑いながらサーラは頷いた。
 妙な常連客とは言わずもがなウォレスのことに違いない。
 彼が売り上げに多大なる貢献をしてくれているのは間違いないが、アドルフが「サーラが目当てみたいだねえ」と口を滑らせてからと言うもの、シャルはウォレスを警戒しているようだった。

 ウォレスに必要以上に関わるつもりはないので――サーラとしてはまったく関わりたくないのだが、勝手に来るから仕方がない――、シャルが心配しているようなことにならないと思うのだが、相手が権力を振りかざすことに慣れている貴族である以上、安心できないのも事実だ。

 ウォレスが貴族のような気がするとは、シャルにも両親にも話していない。
 それを告げるとシャルがより警戒するのは間違いないので、黙っていたほうがいいと思っている。

(それにしても、倉庫を見張るなんて……、面倒なことじゃないといいけど)

 シャルは鍛えていてとても強いが、強いからと言って何が起こっても大丈夫かと言えばそれは違う。

「お兄ちゃんこそ、気を付けてね」

 サーラが表情を曇らせると、シャルは穏やかに微笑んで、サーラの頭を優しくなでた。




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