上 下
11 / 127
第一部 街角パン屋の訳あり娘

十七歳の誕生日 3

しおりを挟む
 ルイスがちらちらと何度も振り返りながら去って行くと、サーラは諦めて店の前にいる男二人に向き直った。

「お客さんが入りにくくなるので、扉から少し離れてくれませんか?」

 ウォレスと、その従者なのか護衛なのかわからないマルセルは、迷惑なことに、店の扉のすぐ横に立っている。
 客入りの少ない時間帯とはいえ、著名な彫刻家ですら生み出せないような美貌の男が立っているような店に近づくには、なかなか勇気がいるだろう。まだ売れ残っているパンがあるので、できれば客入りの邪魔をされたくないと思っていると、例によって、ウォレスが言った。

「残ったパンをすべて買おう。だからちょっと付き合ってくれ」

 嫌だと言ってしまいたいが、そこそこ残っているパンを全部買ってくれると言うのを断るのはパン屋としてどうなのかと思ってしまう。
それに、断ったとしても強引に連れ出されそうな圧を感じるし、権力者である彼に逆らうのは得策ではない。
 詳細は知らないが、サーラの推測ではウォレスは貴族だ。それも、最低でも中級以上。高確率で上級貴族であろうと思っている。

(そうでなければ、騎士団に所属する騎士を簡単に連れ出すことはできないでしょうよ)

 ちらりとマルセルを見る。
 オードラン商会長の事件の聴取で、派遣されてきたと聞いた灰色の髪の騎士は、十中八九マルセルだ。騎士は、厳密にいえば騎士団に所属していなければ「騎士」と名乗れない。
 貴族街から派遣され、堂々と騎士を名乗ったのだから、マルセルは間違いなく騎士団に所属する騎士で、貴族である。爵位がいかほどかはわからないが、騎士にされた時点で準騎士以上の爵位が与えられるからだ。
 逆に、準騎士以上の爵位が与えられていないものに騎士を名乗ることはできない。

 そんな騎士が「主」と呼ぶ相手だ。
 貴族が、騎士団に所属しているものを従者として雇うことがあるけれど、騎士団が認めた相手でなければ雇うことは許されない。相応の金もかかる。下級貴族が騎士を雇うことはまず不可能だ。

 ただの平民のパン屋がそんなことに気がつくとは思っていないだろうし、ウォレスは自身の身分を明かすつもりはなさそうなので、このまま知らないふりをしているのが得策だろうとサーラは思う。
 下手に身分が明らかになれば、サーラには「知らなかった」という逃げ道すらなくなる。
 ウォレスは身分を隠して平民と関わって楽しんでいるようなので、「知らなかった」体であれば多少の無礼にも目をつむりそうだ。余計なことは言わない方がいい。

「わかりました。父と母に事情を話してパンを用意しますので、店の中でお待ちください」

 ウォレスを店の外に立ちっぱなしにさせておくと、明日、近所のおばさまたちに根掘り葉掘り聞かれて非常に面倒だ。ただの客であると見せるためにも、店の中に連れ込んでおきたい。
 アドルフとグレースに事情を話して、残ったすべてのパンを包んでもらう。
 一人では持てないだろう量だが、サーラもカウントすれば三人いるので大丈夫だろう。

 そう思ったのに、包み終わったパンをマルセルが一人ですべて抱え持ってしまったので、サーラはちょっと感心してしまった。

 関わり合いになりたくないが、マルセルが迷惑料と言ってパンの代金に少し上乗せしてくれたので、まあ、今日のところはよしとしておこう。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる

青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。 ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。 Hotランキング21位(10/28 60,362pt  12:18時点)

逃げた先の廃墟の教会で、せめてもの恩返しにお掃除やお祈りをしました。ある日、御祭神であるミニ龍様がご降臨し加護をいただいてしまいました。

下菊みこと
恋愛
主人公がある事情から逃げた先の廃墟の教会で、ある日、降臨した神から加護を貰うお話。 そして、その加護を使い助けた相手に求婚されるお話…? 基本はほのぼのしたハッピーエンドです。ざまぁは描写していません。ただ、主人公の境遇もヒーローの境遇もドアマット系です。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...