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あのあと、わたしは軽くパニック状態になり、おじい様に後のことは任せてタウンハウスに戻るように言われて、わたしたち家族とライナルト殿下は、混乱状態にあるパーティー会場を後にした。
おじい様から状況が説明されたのは、翌朝のことである。
「え⁉ わたしとマリウス殿下の婚約のときに、そんな契約書を交わしていたんですか⁉」
朝食後、おじい様から昨日のことについて説明を受けたわたしは、素っ頓狂な声を上げてしまった。
お父様もお母様も寝耳に水という顔で、ぽかんとしている。
わたしとマリウス殿下との婚約話が持ち上がった際に、おじい様は自分が婚約に反対しない条件として陛下に契約書を書かせたらしい。
その内容については、お父様にまで秘密にしていたそうなのだが――、内容を聞いたわたしは、深く納得してしまった。
……うん。内容が恐ろしすぎて、そりゃあ秘密にするよね。
なんと、おじい様は、この先王家の都合でわたしとマリウス殿下の婚約が解消されるようなことがあったら、フェルゼンシュタイン公爵領が国として独立するという内容の契約をさせたらしい。
当時交わした契約書をおじい様がダイニングテーブルの上に置いたのでまじまじと見てみると、確かに国王陛下のサインがあった。
当時、国王陛下が即位したてだったとはいえ、よくこんな契約書にサインをしたものだ。
……まあ、脅したんでしょうけどね。
先王陛下は賢王で、国民にもものすごく慕われていて求心力があったという。
けれども、現王は、別に暴君でも愚王でもないのだけど、どうしても優秀だった先王と比べられてしまって、当時、王にはおじい様がつくべきではないかという声が上がっていたと聞いたことがあった。
おそらくだが、わたしとマリウス殿下の婚約をまとめたのは、少なからず上がっていた「おじい様を王に」という声を抑える目的もあったのだろう。
陛下は王位を奪われたくなくて必死でわたしとマリウス殿下の婚約をまとめようとし、結果、おじい様に容赦ない契約書を突きつけられても断り切れなかったのだと思われた。
……うん、おじい様、容赦ないわ。
もしかしたらおじい様は、国民が陛下を受け入れた後で、陛下側が手のひらを返して、わたしとマリウス殿下の縁談を白紙にするのではないかと危惧していたのかもしれない。
おじい様なんて、陛下にしてみたら目の上のたんこぶでしかないのでしょうから、いくら国で一番権力のある公爵家とは言え、わたしとマリウス殿下の婚約を心から喜んでいたとは思えないし。
利用するだけ利用して、あとで破談に持ち込まれないよう、おじい様としては特大の釘をさすつもりで契約書にサインをさせたのだろう。
本気で国として独立するつもりがあったとは思えないので、あくまで脅しだったはずだ。
……お父様が知ってたら全力で止めたはずだもんね。だって契約内容が履行されたらお父様、国王陛下だもん。今世ではだいぶましになったけど、前世で休日にごろごろして「仕事行きたくない」なんて愚痴をこぼしてたお父様に、王なんて務まるはずがないもんね。というか嫌だろうし。
でも、昨日おじい様が独立を宣言しちゃったから、もうどうしようもない。
お父様は今にも灰になりそうな顔をしていた。
「父上、なんてことをしてくれたんですか!」
お父様は頭を抱えているが、おじい様は飄々としたものだった。
「私が補佐するし、クレメンティーネは王女だったんだ。王妃くらい務まるだろう」
適当すぎるよおじい様!
まあ、そのくらいの気持ちで腹をくくらないと、もう後戻りもできないし、仕方がないんだろうけど。
「これで、ライナルト殿下とヴィルの婚約にあの王の承認は不要になったことだし、結果を見れば悪くないだろう?」
そうかもしれないが、心の準備というものがあるだろう。
お父様も、突然魔王討伐のパーティーに参加するくらいの破天荒なところがあるけど、おじい様も大概だ。おじい様はお父様の突拍子もない行動にいつも嘆息しているけど、絶対、お父様の性格はおじい様からの遺伝だから‼
終わり良ければ総て良し、とまとめるにはなかなかこれから苦労しそうな結果ではあるが、わたしを何とか国に取り込もうとしていた陛下やマリウス殿下のことを思うと、これが一番わたしにとっては安全な結果だったかもしれない。
独立宣言をしたところで、細々としたやり取りなど、わたしにはわからない問題もあるのだろうから、今日からすぐにフェルゼンシュタイン国が機能するわけではないのだけれど、おじい様のことだから他のやり取りもサクッとまとめてしまうんだろう。……おじい様、他国のお知り合いを含めたら、陛下より圧倒的に権力あるもんね。陛下にとんでもない契約書にサインさせるくらい有能だし、おじい様がいたら、王がお父様でも何とかなる気がしてきた。
「何というか……、ヴィルの家族はすごいね」
ライナルト殿下はすっかり感心しているけど、これ、感心するよりあきれるところだと思いますよ。
こんな家族が義理の家族になるの嫌だな、とか思われてたらどうしよう。
「だが、今回の件で、一つ、陛下から条件が付いた。聞いてやる義理はないが、宰相まで一緒になって跪いて頼んできたから、断れなかった。ヴィルには一つ仕事をお願いしなくてはならん」
え。陛下、おじい様に跪いてお願い事したの?
宰相も?
すでにこれから独立するフェルゼンシュタイン国が、元のロヴァルタ国よりも力関係で勝っていそうだけど、これって本当に大丈夫?
おじい様の言葉に、表情を変えたのはライナルト殿下だけだった。
お父様はすでにこれからの自分を想像して灰になりかけているし、お母様はそんなお父様の肩を叩いて慰めている。
……「まあまあ何とかなるわよ。公爵領が国に名前を変えるだけじゃない」って、お母様、そんなに簡単な問題ではないと思うわよ。
よく考えたら、魔王が誕生したときに「よし、討伐に行くぞー」と突っ込んでいった二人が王と王妃って、国として大丈夫かしら。もし魔王がまた誕生したりしたら、また突っ込んでいくんじゃないかしら。え? 王と王妃が率先して前線どころか死線に突っ込んでいく国って、やばすぎでしょ!
……よし、お父様とお母様が生きているうちに魔王が誕生しないことを祈っておこう。
わたしは深く考えるのをやめて、自分に降りかかる問題だけに着目することにした。
「おじい様、わたしの仕事って?」
「瘴気溜まりの件だ。どうやらラウラ・グラッツェルには、お前と張り合わせるために聖女認定式を受けさせたらしく、聖女として覚醒しているのかどうかについては検証がすんでいないらしい。もしラウラ・グラッツェルを瘴気溜まりの浄化に向かわせて失敗したら、笑われるどころの騒ぎではすまなくなる。よって、ラウラ・グラッツェルについてはこのまま有耶無耶にしておきたいので、ヴィルに瘴気溜まりを浄化してほしいとのことだ」
それはまあ、何とも都合のいい申し出である。
だが、瘴気溜まりを放置して置いたら、ロヴァルタ国のわたしのお友達たちが困るだろう。王や王太子はどうでもいいが、ロヴァルタ国にもわたしと仲良くしてくれた大切な人たちがいる。
……それに、フェルゼンシュタイン国もロヴァルタ国と陸続きだからね。こっちまで影響が出るようになるにはそれこそ百年以上かかるでしょうけど、巨大になった瘴気溜まりを浄化するのは大変でしょうし、そんなことをしたら未来の聖女が「何してくれてんのよ過去の聖女‼」って怒り狂うのは間違いないから、今のうちに消しておいた方がいいわよね。
「理由はわかりますが、それは少々、身勝手すぎるのでは?」
わたしが考え込んでいる間に、ライナルト殿下がおじい様に反論していた。
ライナルト殿下は昨日の兎の一件でも激怒していたから、ロヴァルタ国の国王やマリウス殿下を助けたくないのだろう。
おじい様も大きく頷いた。
「もちろん私もそう思います。が、ここで恩を売っておくのも一つの手ではあるでしょう。もちろん、無償ではありませんよ。国として独立する上で都合のいい条件は全部飲ませるつもりですからな」
……おじい様、笑顔が黒いです。
ここぞとばかりに国王陛下や宰相相手に無理難題を突き付けているおじい様の姿が目に浮かぶようですよ。
「何、今すぐ向かえというわけじゃない。ヴィルはそれよりも先にライナルト殿下と正式に婚約を交わしたいだろうし、何なら結婚式を済ませてからでも構わないぞ。今はまだ、本当に小さな瘴気溜まりらしいし、立ち入り禁止の柵もしてあるから、一分一秒を急ぐようなものではないそうだ。それにまあ、独立したばかりで当面ばたばたするだろうし、こちらとしても落ち着いてからの方がいいだろうしなあ」
おじい様の言うことはもっともなので、わたしは笑顔で頷いた。
ええ、もちろんですよ。ライナルト殿下との婚約と結婚以上に優先すべきことなんて、わたしにはありません!
「そう言うことであれば、わたしは全然問題ないですよ!」
「そうかそうか、じゃあ、領地に戻ってから、アロゼルムにさくっと婚約の書類を作ってもらいなさい。ああ、あと、カールを連れ戻さなくてはな。ヴィルはライナルト殿下とともにシュティリエ国で過ごすことになるんだろうが、カールはうちの跡取りだからな」
……あ。そう言えば、お父様が国王になるんなら、お兄様は王太子になるんだわ。
え、大丈夫か、うちの国⁉
お父様が国王になる以上に不安を覚えたが、おじい様はあと三十年くらいは元気に生きそうなくらいぴんぴんしているから、何とかなるかしら。
お兄様がヤバくても、お兄様の子どもをおじい様が鍛えてくれたら、お兄様をすっとばしてお兄様の子を王にすればいいもんね?
……だってお兄様を王なんかにしたら、ここぞとばかりにハーレムとか作りそうだもん。そんな非常識なことはしないって思いたいけど、女の子にモテるのに恐ろしく快感を覚えているお兄様は、信用ならない。
それか、つよーいお嫁さんをもらってもらうしかないわよね。うんうん。
お兄様のタイプは、強いお嫁さんにお尻に敷いてもらうくらいがちょうどいいはずだ。
「あ、おじい様、このことをおばあ様はご存じなんですか?」
「もちろん言ってあるぞ。王太后なんていい響きだと喜んでいたから問題ない」
……おばあ様も、なかなかお強いわよね。お母様と気が合う時点でわかってはいたけど。
なんかこれから大変そうだけど、もういいや。
ライナルト殿下との婚約許可をもらうっていう当初の目的は果たされるんだし。
終わり良ければ総て良し。
そう思うことにしよう!
――この先、お父様が国王として戴冠したあとで仕事に追われてひーひー言ったり、お兄様がおじい様にしごかれて半泣きになったり、お母様が王妃になって、大嫌いだったロヴァルタ国の王妃と張り合っては勝利を収めて高笑いしたりと、うちの家族はまあ変わらずにぎやかで。
わたしはというと、ライナルト殿下と無事に結婚して、毎日いちゃいちゃ幸せに過ごしつつ、たまに聖女出動要請が他国から入って東奔西走することになるんだけど、それはまた別のお話。
ちなみに、わたしが浄化した兎は、ライナルト殿下が国に連れ帰って、我が家の可愛い家族の一員になりましたとさ。
めでたしめでたし。
おじい様から状況が説明されたのは、翌朝のことである。
「え⁉ わたしとマリウス殿下の婚約のときに、そんな契約書を交わしていたんですか⁉」
朝食後、おじい様から昨日のことについて説明を受けたわたしは、素っ頓狂な声を上げてしまった。
お父様もお母様も寝耳に水という顔で、ぽかんとしている。
わたしとマリウス殿下との婚約話が持ち上がった際に、おじい様は自分が婚約に反対しない条件として陛下に契約書を書かせたらしい。
その内容については、お父様にまで秘密にしていたそうなのだが――、内容を聞いたわたしは、深く納得してしまった。
……うん。内容が恐ろしすぎて、そりゃあ秘密にするよね。
なんと、おじい様は、この先王家の都合でわたしとマリウス殿下の婚約が解消されるようなことがあったら、フェルゼンシュタイン公爵領が国として独立するという内容の契約をさせたらしい。
当時交わした契約書をおじい様がダイニングテーブルの上に置いたのでまじまじと見てみると、確かに国王陛下のサインがあった。
当時、国王陛下が即位したてだったとはいえ、よくこんな契約書にサインをしたものだ。
……まあ、脅したんでしょうけどね。
先王陛下は賢王で、国民にもものすごく慕われていて求心力があったという。
けれども、現王は、別に暴君でも愚王でもないのだけど、どうしても優秀だった先王と比べられてしまって、当時、王にはおじい様がつくべきではないかという声が上がっていたと聞いたことがあった。
おそらくだが、わたしとマリウス殿下の婚約をまとめたのは、少なからず上がっていた「おじい様を王に」という声を抑える目的もあったのだろう。
陛下は王位を奪われたくなくて必死でわたしとマリウス殿下の婚約をまとめようとし、結果、おじい様に容赦ない契約書を突きつけられても断り切れなかったのだと思われた。
……うん、おじい様、容赦ないわ。
もしかしたらおじい様は、国民が陛下を受け入れた後で、陛下側が手のひらを返して、わたしとマリウス殿下の縁談を白紙にするのではないかと危惧していたのかもしれない。
おじい様なんて、陛下にしてみたら目の上のたんこぶでしかないのでしょうから、いくら国で一番権力のある公爵家とは言え、わたしとマリウス殿下の婚約を心から喜んでいたとは思えないし。
利用するだけ利用して、あとで破談に持ち込まれないよう、おじい様としては特大の釘をさすつもりで契約書にサインをさせたのだろう。
本気で国として独立するつもりがあったとは思えないので、あくまで脅しだったはずだ。
……お父様が知ってたら全力で止めたはずだもんね。だって契約内容が履行されたらお父様、国王陛下だもん。今世ではだいぶましになったけど、前世で休日にごろごろして「仕事行きたくない」なんて愚痴をこぼしてたお父様に、王なんて務まるはずがないもんね。というか嫌だろうし。
でも、昨日おじい様が独立を宣言しちゃったから、もうどうしようもない。
お父様は今にも灰になりそうな顔をしていた。
「父上、なんてことをしてくれたんですか!」
お父様は頭を抱えているが、おじい様は飄々としたものだった。
「私が補佐するし、クレメンティーネは王女だったんだ。王妃くらい務まるだろう」
適当すぎるよおじい様!
まあ、そのくらいの気持ちで腹をくくらないと、もう後戻りもできないし、仕方がないんだろうけど。
「これで、ライナルト殿下とヴィルの婚約にあの王の承認は不要になったことだし、結果を見れば悪くないだろう?」
そうかもしれないが、心の準備というものがあるだろう。
お父様も、突然魔王討伐のパーティーに参加するくらいの破天荒なところがあるけど、おじい様も大概だ。おじい様はお父様の突拍子もない行動にいつも嘆息しているけど、絶対、お父様の性格はおじい様からの遺伝だから‼
終わり良ければ総て良し、とまとめるにはなかなかこれから苦労しそうな結果ではあるが、わたしを何とか国に取り込もうとしていた陛下やマリウス殿下のことを思うと、これが一番わたしにとっては安全な結果だったかもしれない。
独立宣言をしたところで、細々としたやり取りなど、わたしにはわからない問題もあるのだろうから、今日からすぐにフェルゼンシュタイン国が機能するわけではないのだけれど、おじい様のことだから他のやり取りもサクッとまとめてしまうんだろう。……おじい様、他国のお知り合いを含めたら、陛下より圧倒的に権力あるもんね。陛下にとんでもない契約書にサインさせるくらい有能だし、おじい様がいたら、王がお父様でも何とかなる気がしてきた。
「何というか……、ヴィルの家族はすごいね」
ライナルト殿下はすっかり感心しているけど、これ、感心するよりあきれるところだと思いますよ。
こんな家族が義理の家族になるの嫌だな、とか思われてたらどうしよう。
「だが、今回の件で、一つ、陛下から条件が付いた。聞いてやる義理はないが、宰相まで一緒になって跪いて頼んできたから、断れなかった。ヴィルには一つ仕事をお願いしなくてはならん」
え。陛下、おじい様に跪いてお願い事したの?
宰相も?
すでにこれから独立するフェルゼンシュタイン国が、元のロヴァルタ国よりも力関係で勝っていそうだけど、これって本当に大丈夫?
おじい様の言葉に、表情を変えたのはライナルト殿下だけだった。
お父様はすでにこれからの自分を想像して灰になりかけているし、お母様はそんなお父様の肩を叩いて慰めている。
……「まあまあ何とかなるわよ。公爵領が国に名前を変えるだけじゃない」って、お母様、そんなに簡単な問題ではないと思うわよ。
よく考えたら、魔王が誕生したときに「よし、討伐に行くぞー」と突っ込んでいった二人が王と王妃って、国として大丈夫かしら。もし魔王がまた誕生したりしたら、また突っ込んでいくんじゃないかしら。え? 王と王妃が率先して前線どころか死線に突っ込んでいく国って、やばすぎでしょ!
……よし、お父様とお母様が生きているうちに魔王が誕生しないことを祈っておこう。
わたしは深く考えるのをやめて、自分に降りかかる問題だけに着目することにした。
「おじい様、わたしの仕事って?」
「瘴気溜まりの件だ。どうやらラウラ・グラッツェルには、お前と張り合わせるために聖女認定式を受けさせたらしく、聖女として覚醒しているのかどうかについては検証がすんでいないらしい。もしラウラ・グラッツェルを瘴気溜まりの浄化に向かわせて失敗したら、笑われるどころの騒ぎではすまなくなる。よって、ラウラ・グラッツェルについてはこのまま有耶無耶にしておきたいので、ヴィルに瘴気溜まりを浄化してほしいとのことだ」
それはまあ、何とも都合のいい申し出である。
だが、瘴気溜まりを放置して置いたら、ロヴァルタ国のわたしのお友達たちが困るだろう。王や王太子はどうでもいいが、ロヴァルタ国にもわたしと仲良くしてくれた大切な人たちがいる。
……それに、フェルゼンシュタイン国もロヴァルタ国と陸続きだからね。こっちまで影響が出るようになるにはそれこそ百年以上かかるでしょうけど、巨大になった瘴気溜まりを浄化するのは大変でしょうし、そんなことをしたら未来の聖女が「何してくれてんのよ過去の聖女‼」って怒り狂うのは間違いないから、今のうちに消しておいた方がいいわよね。
「理由はわかりますが、それは少々、身勝手すぎるのでは?」
わたしが考え込んでいる間に、ライナルト殿下がおじい様に反論していた。
ライナルト殿下は昨日の兎の一件でも激怒していたから、ロヴァルタ国の国王やマリウス殿下を助けたくないのだろう。
おじい様も大きく頷いた。
「もちろん私もそう思います。が、ここで恩を売っておくのも一つの手ではあるでしょう。もちろん、無償ではありませんよ。国として独立する上で都合のいい条件は全部飲ませるつもりですからな」
……おじい様、笑顔が黒いです。
ここぞとばかりに国王陛下や宰相相手に無理難題を突き付けているおじい様の姿が目に浮かぶようですよ。
「何、今すぐ向かえというわけじゃない。ヴィルはそれよりも先にライナルト殿下と正式に婚約を交わしたいだろうし、何なら結婚式を済ませてからでも構わないぞ。今はまだ、本当に小さな瘴気溜まりらしいし、立ち入り禁止の柵もしてあるから、一分一秒を急ぐようなものではないそうだ。それにまあ、独立したばかりで当面ばたばたするだろうし、こちらとしても落ち着いてからの方がいいだろうしなあ」
おじい様の言うことはもっともなので、わたしは笑顔で頷いた。
ええ、もちろんですよ。ライナルト殿下との婚約と結婚以上に優先すべきことなんて、わたしにはありません!
「そう言うことであれば、わたしは全然問題ないですよ!」
「そうかそうか、じゃあ、領地に戻ってから、アロゼルムにさくっと婚約の書類を作ってもらいなさい。ああ、あと、カールを連れ戻さなくてはな。ヴィルはライナルト殿下とともにシュティリエ国で過ごすことになるんだろうが、カールはうちの跡取りだからな」
……あ。そう言えば、お父様が国王になるんなら、お兄様は王太子になるんだわ。
え、大丈夫か、うちの国⁉
お父様が国王になる以上に不安を覚えたが、おじい様はあと三十年くらいは元気に生きそうなくらいぴんぴんしているから、何とかなるかしら。
お兄様がヤバくても、お兄様の子どもをおじい様が鍛えてくれたら、お兄様をすっとばしてお兄様の子を王にすればいいもんね?
……だってお兄様を王なんかにしたら、ここぞとばかりにハーレムとか作りそうだもん。そんな非常識なことはしないって思いたいけど、女の子にモテるのに恐ろしく快感を覚えているお兄様は、信用ならない。
それか、つよーいお嫁さんをもらってもらうしかないわよね。うんうん。
お兄様のタイプは、強いお嫁さんにお尻に敷いてもらうくらいがちょうどいいはずだ。
「あ、おじい様、このことをおばあ様はご存じなんですか?」
「もちろん言ってあるぞ。王太后なんていい響きだと喜んでいたから問題ない」
……おばあ様も、なかなかお強いわよね。お母様と気が合う時点でわかってはいたけど。
なんかこれから大変そうだけど、もういいや。
ライナルト殿下との婚約許可をもらうっていう当初の目的は果たされるんだし。
終わり良ければ総て良し。
そう思うことにしよう!
――この先、お父様が国王として戴冠したあとで仕事に追われてひーひー言ったり、お兄様がおじい様にしごかれて半泣きになったり、お母様が王妃になって、大嫌いだったロヴァルタ国の王妃と張り合っては勝利を収めて高笑いしたりと、うちの家族はまあ変わらずにぎやかで。
わたしはというと、ライナルト殿下と無事に結婚して、毎日いちゃいちゃ幸せに過ごしつつ、たまに聖女出動要請が他国から入って東奔西走することになるんだけど、それはまた別のお話。
ちなみに、わたしが浄化した兎は、ライナルト殿下が国に連れ帰って、我が家の可愛い家族の一員になりましたとさ。
めでたしめでたし。
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