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黒兎? 白兎? 3
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――その、ちょっと妙な変化に気が付いたのは、ライナルト殿下を拾って三日後の朝のことだった。
兎だから仕方がないが、ライナルト殿下は口を利かない。
ただ、わたしたちが兎をライナルト殿下と認識していることには気づいているようで、最初は何かと逃げようとしていたが、待つ一日たつ頃には逃げられないことに気が付いて諦めたようだった。
……お父様が逃亡防止のために邸に結界を張っちゃったからね。
外に出ようとすれば結界に阻まれるので、ライナルト殿下は外に出たくても出られないのだ。
当代一の魔術師という異名を持っていたお父様の魔術の腕は本当にすごかった。
荷物の中から杖を発掘したお父様が展開した結界は、お父様が許可している人――すなわち家族とか使用人は簡単に結界の外に通り抜けることが可能だが、許可を出していない人や動物などの対象物は、絶対に結界の外には出られない。
これ、結構大変なんだよ~と自慢げな顔で、なんてことないようにへらへら笑っていたが、うん、本当にすごいと思う。同じことをしようとしても、わたし、できないし。
あの怠惰な中年オヤジが、転生してすごい進化を遂げたものだ。
そんなわけで、ライナルト殿下は逃亡を諦め、もっぱらわたしの部屋で、食べては寝て、そしてわたしに構われて、また食べて寝て、という生活を送っていた。
ライナルト殿下係に任命されたわたしは、とにかく時間の許す限り殿下に張り付いて過ごしていて、それは寝る時も食べる時も一緒である。
ただ、お風呂に入るときだけはライナルト殿下が全力で拒否したため、一緒には入浴していない。
……まあ、姿が兎でも成人男性だもんね。よく考えたら、わたし、成人男性と一緒にお風呂に入ろうとしていたわけだもんね。うん。むしろ拒否してくれて助かったわ。
外見が外見のため、つい、目の前の可愛い兎が成人男性であることを忘れそうになる。
諦めモードのライナルト殿下を腕の中に抱き込んで眠りについたわたしは、これって成人男性と同衾していることになるのではと、はたと気が付いたが、もう今更なのでここは気にしないことにした。
そして翌朝目を覚ましたわたしは、黒い兎の真ん丸な尻尾が、突然白く染まっていることに気が付いた。
「お父様お母様お兄様、ライナルト殿下の一部が白髪になっちゃった‼」
もしかしてわたしが構いすぎてストレスになったのでは、とライナルト殿下を抱えてダイニングに飛び込めば、朝食前に紅茶を飲んでいたお父様とお母様がびっくりしたように振り向いた。
お兄様の姿はないので、まだ起きてきていないのだろう。
昨日の夜も遅くまで魔術具開発を楽しんでいたようなので、きっと昼まで寝るはずだ。
……あれだけお肌に気を使っていたのに、昔の趣味を思い出した途端に美容へのこだわりを忘れたみたいね。
そのうち肌が荒れて騒ぎ出すだろうが、気が付くまで放置しておこう。お兄様の魔術具開発が軌道に乗るか乗らないかに、我が家の命運がかかっていると言っても過言でない。頑張って大金を稼いでほしいものである。
「白髪って……あらあ、まあ」
わたしがライナルト殿下の脇に手を入れてずいっとお母様に向かって差し出すと、お母様は白くなった尻尾をまじまじと見つめてから、目を丸くした。
「ヴィル、兎は寂しいと死ぬって言うけど、いくら何でも構いすぎたんじゃないか?」
お父様が白髪――尻尾の部分を確認して、憐れんだ視線を殿下に向ける。
ライナルト殿下は居心地が悪そうに、体をよじるようにして暴れ出した。
わたしが腕に抱えなおすと大人しくなる。
しかしそれは、わたしの腕の中が心地よいと言うよりは、完全なる諦念だろうと思われた。暴れても無駄だと、悟りでも開いたのかもしれない。
「もうちょっと距離を取った方がいいのかしら?」
しょんぼりしてライナルト殿下のふわふわの背中を撫でていると、白くなった尻尾をつんつんと指先でつついたお母様が、うーんと首を横に傾けた。
「逆かしら?」
「え?」
「ヴィル、とにかく時間が許す限りライナルトにべったりとくっついていなさいな。まだ確証はないけど、もしかしたらもしかするかもしれないわよ」
どういうこと?
わたしはよくわからず首をひねったが、お母様は何か引っかかることがあるみたいだった。
お母様は優秀な白魔術師だ。もしかしたら、お母様の白魔術師的なセンサーが反応したのかもしれない。
理由はわからないが、ここはお母様に従っておこう。
それでもし、白髪ならぬ白毛が広がったりしたら……ごめんね、ということで。
ライナルト殿下を抱えたままダイニングチェアに腰かけると、フィリベルトがお茶を入れて、ライナルト殿下のためのリンゴを持ってくる。
カットしたリンゴをライナルト殿下の口元に持って行くと、小さな口でもちゃもちゃと食べはじめた。めっちゃ可愛い。中身が年上の成人男子だろうとなんだろうと、とにかく可愛い。
せっせとライナルト殿下に給餌していると、メイドが朝ごはんを乗せたワゴンを押して入って来る。
お兄様は寝ているだろうからカウントされていない。
一足先に朝ごはんを食べ終えたライナルト殿下は、お腹がいっぱいになって眠くなったのか、わたしの膝の上でうつらうつらしはじめた。
その隙に、わたしは朝ごはんに手を伸ばす。
ふわっふわのオムレツに、これまたふわっふわの焼き立てパン。
ハーブドレッシングのかかったサラダに、口当たりのさらりとしたポタージュ。
伯父様が雇ってくれたうちの料理人はすっごく腕がよくて、何を食べても美味しい。
……殿下も、リンゴばかりじゃなくてご飯が食べたいよね。
どうやったらライナルト殿下は兎から人に戻るのだろう。早く呪いを解いてあげたいが、ラウラを頼らずして呪いを解く方法は果たして存在するのか。
呪いに体が蝕まれるのはどんな感覚がするのかはわからないが、今のところ、苦しんでいるそぶりがないのがせめてもの救いだ。
半分眠りかけているライナルト殿下の背中を優しくなでる。
ぴくりと耳が動いたけれど、起き上がったりはしない。
言葉が通じないのではっきりはしないけれど、たぶん、わたしを拒絶してはいないのだと思う。
ライナルト殿下の背中のふわふわさにうっとりしていると、突然、バターンとダイニングの扉が開け放たれて、膝の上の殿下が文字通りぴょんっと飛び起きた。
「遂に完成したぞ! その名も、お掃除ロボット、ルンタッタ君だ‼」
てってれー、という効果音すら聞こえてきそうなテンションで、目の下を隈だらけにしたお兄様が叫んだ。
……お兄様、てっきり寝てると思ってたけど、まだ作業してたのね。
兎だから仕方がないが、ライナルト殿下は口を利かない。
ただ、わたしたちが兎をライナルト殿下と認識していることには気づいているようで、最初は何かと逃げようとしていたが、待つ一日たつ頃には逃げられないことに気が付いて諦めたようだった。
……お父様が逃亡防止のために邸に結界を張っちゃったからね。
外に出ようとすれば結界に阻まれるので、ライナルト殿下は外に出たくても出られないのだ。
当代一の魔術師という異名を持っていたお父様の魔術の腕は本当にすごかった。
荷物の中から杖を発掘したお父様が展開した結界は、お父様が許可している人――すなわち家族とか使用人は簡単に結界の外に通り抜けることが可能だが、許可を出していない人や動物などの対象物は、絶対に結界の外には出られない。
これ、結構大変なんだよ~と自慢げな顔で、なんてことないようにへらへら笑っていたが、うん、本当にすごいと思う。同じことをしようとしても、わたし、できないし。
あの怠惰な中年オヤジが、転生してすごい進化を遂げたものだ。
そんなわけで、ライナルト殿下は逃亡を諦め、もっぱらわたしの部屋で、食べては寝て、そしてわたしに構われて、また食べて寝て、という生活を送っていた。
ライナルト殿下係に任命されたわたしは、とにかく時間の許す限り殿下に張り付いて過ごしていて、それは寝る時も食べる時も一緒である。
ただ、お風呂に入るときだけはライナルト殿下が全力で拒否したため、一緒には入浴していない。
……まあ、姿が兎でも成人男性だもんね。よく考えたら、わたし、成人男性と一緒にお風呂に入ろうとしていたわけだもんね。うん。むしろ拒否してくれて助かったわ。
外見が外見のため、つい、目の前の可愛い兎が成人男性であることを忘れそうになる。
諦めモードのライナルト殿下を腕の中に抱き込んで眠りについたわたしは、これって成人男性と同衾していることになるのではと、はたと気が付いたが、もう今更なのでここは気にしないことにした。
そして翌朝目を覚ましたわたしは、黒い兎の真ん丸な尻尾が、突然白く染まっていることに気が付いた。
「お父様お母様お兄様、ライナルト殿下の一部が白髪になっちゃった‼」
もしかしてわたしが構いすぎてストレスになったのでは、とライナルト殿下を抱えてダイニングに飛び込めば、朝食前に紅茶を飲んでいたお父様とお母様がびっくりしたように振り向いた。
お兄様の姿はないので、まだ起きてきていないのだろう。
昨日の夜も遅くまで魔術具開発を楽しんでいたようなので、きっと昼まで寝るはずだ。
……あれだけお肌に気を使っていたのに、昔の趣味を思い出した途端に美容へのこだわりを忘れたみたいね。
そのうち肌が荒れて騒ぎ出すだろうが、気が付くまで放置しておこう。お兄様の魔術具開発が軌道に乗るか乗らないかに、我が家の命運がかかっていると言っても過言でない。頑張って大金を稼いでほしいものである。
「白髪って……あらあ、まあ」
わたしがライナルト殿下の脇に手を入れてずいっとお母様に向かって差し出すと、お母様は白くなった尻尾をまじまじと見つめてから、目を丸くした。
「ヴィル、兎は寂しいと死ぬって言うけど、いくら何でも構いすぎたんじゃないか?」
お父様が白髪――尻尾の部分を確認して、憐れんだ視線を殿下に向ける。
ライナルト殿下は居心地が悪そうに、体をよじるようにして暴れ出した。
わたしが腕に抱えなおすと大人しくなる。
しかしそれは、わたしの腕の中が心地よいと言うよりは、完全なる諦念だろうと思われた。暴れても無駄だと、悟りでも開いたのかもしれない。
「もうちょっと距離を取った方がいいのかしら?」
しょんぼりしてライナルト殿下のふわふわの背中を撫でていると、白くなった尻尾をつんつんと指先でつついたお母様が、うーんと首を横に傾けた。
「逆かしら?」
「え?」
「ヴィル、とにかく時間が許す限りライナルトにべったりとくっついていなさいな。まだ確証はないけど、もしかしたらもしかするかもしれないわよ」
どういうこと?
わたしはよくわからず首をひねったが、お母様は何か引っかかることがあるみたいだった。
お母様は優秀な白魔術師だ。もしかしたら、お母様の白魔術師的なセンサーが反応したのかもしれない。
理由はわからないが、ここはお母様に従っておこう。
それでもし、白髪ならぬ白毛が広がったりしたら……ごめんね、ということで。
ライナルト殿下を抱えたままダイニングチェアに腰かけると、フィリベルトがお茶を入れて、ライナルト殿下のためのリンゴを持ってくる。
カットしたリンゴをライナルト殿下の口元に持って行くと、小さな口でもちゃもちゃと食べはじめた。めっちゃ可愛い。中身が年上の成人男子だろうとなんだろうと、とにかく可愛い。
せっせとライナルト殿下に給餌していると、メイドが朝ごはんを乗せたワゴンを押して入って来る。
お兄様は寝ているだろうからカウントされていない。
一足先に朝ごはんを食べ終えたライナルト殿下は、お腹がいっぱいになって眠くなったのか、わたしの膝の上でうつらうつらしはじめた。
その隙に、わたしは朝ごはんに手を伸ばす。
ふわっふわのオムレツに、これまたふわっふわの焼き立てパン。
ハーブドレッシングのかかったサラダに、口当たりのさらりとしたポタージュ。
伯父様が雇ってくれたうちの料理人はすっごく腕がよくて、何を食べても美味しい。
……殿下も、リンゴばかりじゃなくてご飯が食べたいよね。
どうやったらライナルト殿下は兎から人に戻るのだろう。早く呪いを解いてあげたいが、ラウラを頼らずして呪いを解く方法は果たして存在するのか。
呪いに体が蝕まれるのはどんな感覚がするのかはわからないが、今のところ、苦しんでいるそぶりがないのがせめてもの救いだ。
半分眠りかけているライナルト殿下の背中を優しくなでる。
ぴくりと耳が動いたけれど、起き上がったりはしない。
言葉が通じないのではっきりはしないけれど、たぶん、わたしを拒絶してはいないのだと思う。
ライナルト殿下の背中のふわふわさにうっとりしていると、突然、バターンとダイニングの扉が開け放たれて、膝の上の殿下が文字通りぴょんっと飛び起きた。
「遂に完成したぞ! その名も、お掃除ロボット、ルンタッタ君だ‼」
てってれー、という効果音すら聞こえてきそうなテンションで、目の下を隈だらけにしたお兄様が叫んだ。
……お兄様、てっきり寝てると思ってたけど、まだ作業してたのね。
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