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黒兎、拾いまして 3

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 ダイニングもこれまたとんでもなく広かった。
 まあ、元が王宮なんだから広いに決まっている。
 家令のフィリベルトが丁寧な所作でお茶を入れてくれて、大きなイチゴがふんだんに使われた美味しそうなケーキとともにテーブルの上に並べられた。
 ロヴァルタ国からの移動で疲れているだろうからと、伯父様への挨拶は明日でいいと言われているので、今日はこのまま邸でごろごろして旅の疲れを癒すつもりだ。

 ……ああ、ケーキの甘さが体に染み渡るぅ!

 がったんがったん揺られながらの馬車の移動は心身ともに堪えていたので、薫り高い紅茶と美味しいケーキに滅茶苦茶癒される。

 すっごく驚いたけど、使用人をすでに雇ってくれていた伯父様グッジョブ!
 到着して早々優雅なティータイムが過ごせるとは思っていなかったわ!

 婚約者だったマリウス王太子から婚約破棄をすると一方的に送り付けられてきた手紙に「オッケーよ~」と返信するや否や国を飛び出したので、ここに来るまで本当に慌ただしかったからね。
 予見はしていたけど、実際に荷物まとめて夜逃げするわよ~! くらいの勢いで、おじいさまに後をよろしくと報告して翌日に船に乗ってレッツゴー! だったからね。

 今頃、わたしが気楽な感じで了承する旨をしたためた手紙がマリウス王太子の手に届いていることだろう。
 婚約破棄の書類やなんやと面倒な手続きがあると思うが、そのあたりは全部おじい様に丸投げしてきた。

 おじい様ってばマリウス殿下からの一方的な婚約破棄の通知を読んで激怒していたから、フェルゼンシュタイン公爵領にとって不利な条件の書類にはサインするはずがない。
 有能なおじい様のことだから、いい感じにまとめてくれると信じている。

 ……って、何気におじい様に全部丸投げしちゃったけど、思い出す限り前世でやっていた乙女ゲームのストーリーに悪役令嬢のおじい様なんて出てこなかったわよね。まあ、ストーリー上必要なかったから登場していなかったのかもしれないけど、ゲームの中にもおじい様がいたら、孫娘が処刑されるのは権力総動員して回避してくれていたような気がするんだけど……ま、いっか。

 よくわからないことを考えたって仕方がない。
 ありがとうおじい様。落ち着いたら手紙書きますからね~。

 ケーキで適度にお腹が膨れたわたしは、長距離の馬車移動でなまった体を動かすべく、広い庭をぐるっと散歩してみることにした。

 いやねえ、本当に広いのよ。
 庭の一角に、人口の小さな森とかもあるのよ。
 どんだけ敷地が広いのよって思うでしょ?
 のんびり歩きながらぐるっと一周するだけで一時間くらいかかりそうだわ。

 コテで巻かなくてもくるくると縦ロールになっちゃうわたしの金髪が、夏の生暖かい風にふわふわと揺れる。
 わたしの髪って、柔らかいのよ。だけど勝手に縦ロールになるのよ。もはやこれはある種のチートじゃないかって思うわよね。勝手に縦ロールになる髪。普通に考えて怖くない?
 髪を洗ったらちゃんとストレートになるのに、乾かすとくるんくるんになるからね。どんな強固なくせ毛だよって思うね。

 風にふわふわ~って揺らされては勝手に元の位置に戻る形状記憶シャツならぬ髪に、昔流行した階段をびよーんびよーんと降りていくばねのおもちゃを思い出した。あれ、地味に好きだったのよね。ずっと見ていられるというか。

 ぼけ~っと散歩していると余計な事ばかり考える。
 散歩しながらどうでもいいことを考えるのは結構好きだったりするのよね。

 というかこれからぼーっとお散歩できる時間が日常になるのかしら?

 これまでは王太子妃教育だのなんだのと忙しくて、ゆっくりする時間なんてシーズンオフに領地に帰った時くらいしかなかったもんね。
 王都にいたら妃教育だパーティーだ慈善活動だと毎日予定が入っていたのよ。
 王家から専用の秘書官までつけられてスケジュール管理されてたもんね。
 前世で暇さえあればゲームばっかりしていたわたしが、毎日びっしりスケジュールでお勉強とお仕事ですよ。よくがんばったなわたし。思い出す限り、あれ、結構な鬼スケジュールでしたよ。

「自由って、さいっこー!」

 思わず空に向かって両手を突き上げる。

 暇、万歳。
 自由、万々歳。
 散歩してごろごろして今まで不足していた余暇を満喫するんだもんねー!

 あ、でも、適度なところで仕事も考えないといけないのか。
 ゲームがはじまる前に国外逃亡したから、わたしのお父様はフェルゼンシュタイン公爵のままだ。つまりわたしたちは公爵家のままなんだけど、ここはロヴァルタ国ではないから、領地の収入も公爵の身分に対して払われるお金も入ってこない。
 入ってくるお金は領地のことを丸投げしたおじい様に入るからね。さすがにおじい様に「お金、送金してくれない♡」なんて図々しいことは言えない。

 お母様はシュティリエ国の王妹だけど、隣国に嫁いでいるために予算はついていない。
 公務もしていない元王族に支払う税金などないからだ。
 お父様もシュティリエ国の爵位は持っていない。
 つまり、何もしなければお金は一円も――この国の通貨で言うのならば一ダランも入ってこない。

 ……あれ、この状況まずくない?

 こんな大きな邸をもらっちゃって、使用人もたくさん抱えちゃったため、邸の維持と使用人の給料だけでもとんでもない額になるんじゃあなかろうか。

 あれ?
 あれれ?
 余暇を満喫するって言っている暇、なくないかしら?

 これは早急にお金を稼ぐ手段を見つけなくちゃ、坂道をごろごろ転がり落ちて貧乏真っ逆さまじゃあ、あーりませんか?

 やっばーい、とわたしは青ざめた。
 わたしもお父様もお母様もお兄様もまったく考えていなかったけど、これは、転生してから一度も考えたことがないお金儲けについて直ちに家族会議を開くべきじゃあないだろうか。

 ちょうど庭の小さな森の前に到着したわたしは、そこではたと立ち止まる。

 呑気に散歩してる場合じゃないぞわたし!

 急いで邸に引き返さなくては、と踵を返しかけた時、わたしの背後でがさりと音がした。
 振り向くと、茂みの中から真っ黒でふわふわしたものが顔を出している。

 大きな耳。
 ふわっふわの、コロンとしたまるいフォルム。
 くりっと大きな、これまた真っ黒な瞳。

「野生の兎いたー‼」

 つい、わたしは感動のあまり大声で叫んだ。
 大声を上げたのがまずかったのだろう、兎はびくっと体を震わせて森の中に走っていく。

「あ、ま、待って‼」

 逃げられたら追いかけたくなるのが人間の性というものだ。
 とりあえず追うべし、とわたしは茂みをかき分けて森の中に入っていく。
 兎は、すぐに見つかった。
 木の根元にうずくまって、警戒したようにじっとこちらを見ている。

 ……あれ? なんか様子がおかしい気がする。

 弱っているのだろうか。近づいても逃げる気配はない。

「あ、怪我してる?」

 黒いから気づきにくかったが、よく見たら後ろ足の当たりを怪我している。
 どこかで引っ掛けたのだろうか。それとも猫か何かに襲われたのだろうか。
 今度は驚かさないようにそーっと近づいて、わたしは怯えさせないようにゆっくりと兎を抱き上げた。
 ぷるぷると震えているが、兎はおとなしくしている。

「よしよし、怖くないからねー。傷の手当てをしようねー?」

 言葉が通じるのか、兎に暴れる気配はない。

 わたしは、お金儲けの家族会議開催を後回しにして、兎の手当てをするべく邸に戻ることにした。


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