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透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間

義母と透明になった義娘の三日間 2

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 翌朝、オレリアはドキドキしながら玄関でリアーヌの到着を待っていた。
 相手には見えないのだから玄関で待つ必要はないのだが、こういうのは気持ちの問題だ。
 先触れが到着してから十分後、ガラガラと馬車の車輪の音と馬の足音が聞こえてきて、やがて玄関前で一台の四頭馬車が停車した。
 出迎えに出たルクレールの手を借りて、ルクレールによく似た金髪の美人が馬車から降りてくる。

「久しぶりね、ルクレール! オレリアは?」

 ルクレールとハグを交わした後で、リアーヌはオレリアを探すように視線を彷徨わせる。

「そのことですが、母上、少しお話が……」

 ルクレールが言いにくそうに告げると、穏やかだったリアーヌの目が吊り上がった。

「まさかあなたのせいでオレリアが出て行ったとか言うんじゃないでしょうね⁉ あれほど言ったのに、まだ態度を改めていなかったの⁉」
「そ、そうではありませんよ、母上。とにかく中へ……」

 リアーヌの剣幕に、ルクレールはたじたじになった。
 リアーヌは普段は穏やかな女性だが怒ると怖いらしいというのは聞いたことがあったが、義母が怒ったのを見たのははじめてで、オレリアは目を丸くしてしまった。
 リアーヌが来るときはいつも出迎えるオレリアがいなかったので、リアーヌを大いに勘違いさせてしまったようである。
 ひとまずリアーヌを邸の中へ案内して、ルクレールがはあと息を吐き出した。

(大丈夫かしら?)

 この時点でルクレールはひどく疲れて見える。
 ルクレールはわからないだろうが、オレリアはそっと彼の腕に触れた。
 慰めるように腕を撫でると、ルクレールはオレリアの手の感触など感じないだろうに、少しだけ表情を緩める。
 リアーヌが持って来たそれほど多くはない荷物を使用人が部屋に片付けている間、ダイニングにお茶が準備された。
 ルクレールが席に着くと、リアーヌがじろりと睨む。

「それで、オレリアはどこなの」
「オレリアは邸の中にいます。ただ、その、母上には……、と言いますか、他の人には見えない状況でして」
「あなたは何を言っているの?」
「非常に説明が難しいんですが、信じられないかもしれませんけど、オレリアは今、透明になってしまったんです」
(ルクレール様、説明が下手すぎるわ‼)

 オレリアは額に手を当てた。
 リアーヌがティーカップを置いてあんぐりと口を開けている。

「ルクレール、あなた、ちょっと会わない間に頭がおかしくなってしまったの⁉」
「いえ、母上、本当なんです」
「ああ、なんてこと……! ボリス、息子がおかしくなってしまったわ!」

 リアーヌは両手で顔を覆った。
 確かに、久しぶりに会った息子が、妻が透明になったのだと真顔で言い出せばこういう反応になると思う。
 おそらくだが、ルクレールはリアーヌがショックを受けないように、深刻に思われないようにさらりと告げようとしたのかもしれないが、これは逆効果だ。
 ボリスが困った顔をして、リアーヌに答えた。

「大奥様。信じられないかもしれませんが、旦那様がおっしゃることは本当でございます」
「あなたまで何を言っているの⁉ ここはいったいどうしちゃったの⁉ まさか全員でわたくしを揶揄っているわけ⁉」

 これ以上は見ていられなかった。
 たぶん、ルクレールやボリスが何を言おうと、リアーヌは信じないだろう。
 ダイニングの隅で、オレリアの日記帳を持っていたジョゼも同じことを思ったようだ。ダイニングテーブルの上にそっと日記帳を置くと、ルクレールがすばやく何も書かれていないページを開いて、ボリスがペンとインクを用意する。

「日記帳なんて出して、まさか今度はわたくしに日記でも書けと言い出すわけ⁉」

 もはや完全に怒ってしまったリアーヌが叫んだ。

「そうではありませんよ、母上。今から証拠をお見せしますから」
「だから、あなたは一体何を言って――」
「オレリア頼む何か書いてくれ!」

 ルクレールがとうとう説明を諦めた。
 オレリアがペンを手に取ると、リアーヌがひゅっと息を呑む。

「……わたくし、目がおかしくなってしまったのかしら。ペンがひとりでに動いているわ……」
「だから、オレリアですよ。ほら、日記帳を見てください」

 ルクレールが言うと、リアーヌが恐る恐る日記帳を覗き込む。

 ――お義母様、オレリアです。ルクレール様がおっしゃる通り、わけあって透明になってしまいました。あと二か月はこのままだそうです。
「ひ!」

 リアーヌが悲鳴を上げて硬直した。
 それから、おそるおそる何もない虚空を見上げて、見えないオレリアを探すように視線を動かす。

「ほ、ほ、本当にオレリアなの」
 ――はい。
「透明にって、いったいどうして」
 ――占いの店で指輪を手に入れたのですが、その指輪をはめたせいみたいです。
「指輪ですって?」
 ――占い師によると、三か月ほど透明になるのだとか。一か月が過ぎたのであと二か月残っています。
「なんてこと! オレリア、大丈夫なの⁉ 本当に二か月後には元に戻るんでしょうね⁉」
 ――そう聞いています。
「……南の方にある異国には、変な呪術を使う人間がいるとか、変な呪術具があるとか聞いたことがあるけれど、そういう類のものなのかしら?」
 ――わかりませんが、占い師は異国の方でした。
「そう……」

 リアーヌはそれきり黙り込んで、考えるように視線を落とした。
 ルクレールが何かを考えているときに視線を落とす癖は、母親譲りらしい。

「……不自由はしていないの?」
 ――ルクレール様も、ボリスやジョゼたちも、みんな気を使ってくださっているので、それほど不自由はしていません。
「それなら、まあ……びっくりしたけど、ひとまずは元気そうで……元気なのよね?」
 ――元気です!
「そう、よかったわ」

 リアーヌがホッと息を吐き出した。
 ルクレールもこっそり胸をなでおろしているのが見える。とりあえず、リアーヌが信じてくれて安堵したらしい。

「滞在中にあなたの顔が見られないのは残念だけど、久しぶりに会えて嬉しいわ、オレリア」
 ――わたしも久しぶりにお義母様にお会いできて嬉しいです!

 人が透明になるという通常では考えられないような事態なのに、一度理解してしまえばリアーヌの順応は早かった。

「一緒にお買い物がしたかったんだけど、オレリアが透明になってしまったのなら今度にしましょう。でも、筆談であればお話しできるのよね? たくさんお話したいわ!」
「お部屋の準備が整ったようですので、そちらにティーセットをお運びいたしましょう」

 ボリスがすかさず言った。
 ルクレールがぐったりしているようなので、少し休憩させてあげようという魂胆だろう。

(朝から気をもんでいたみたいだから、休ませてあげないと可哀想だものね)

 リアーヌも、部屋で義娘とお茶を飲みながらおしゃべりすることに異論はないようで、すぐに立ち上がった。

「いいわね。行きましょう、オレリア」
 ――はい。

 オレリアは日記帳に返事を書き記して、それを持ってリアーヌの後を追いかける。
 ひとまず、オレリアが透明になったという事実を伝えるという最大の難関は、クリアできたようだった。


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