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透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間
奇妙な夫婦関係のはじまり 4
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時計の秒針の音を三十分ほど数えて、ルクレールは瞼を開けた。
ルクレールには見えないが、すぐ隣にオレリアが眠っている。
(眠れないとは思っていたが、本当に寝付けないな)
見えなくともオレリアが隣にいるという事実が、ルクレールの心を妙にざわつかせた。
オレリアが透明になったと知ったとき、ルクレールは義父が死んだ時よりもずっと大きな衝撃を受けた。
まず、人が透明になるなんてあり得なかったからだ。
もしかしてオレリアは死んでしまって、魂となった彼女が目の前にいるのかと思ったほどだ。
しかし目の前で確かにペンは動き、日記帳にオレリアの字で言葉が書き記された。
信じられる証拠が欲しいと、つい言ってしまったけれど、日記帳に記された文字で、ルクレールはそれが彼女であるということはほとんど確信していたのだ。
何故なら、結婚前にオレリアは月に一度ほどのペースでルクレールに手紙を書いてくれていて、ルクレールはそれで彼女の筆跡を覚えていたからである。
手紙には一度も返信しなかったが、オレリアの手紙は全部目を通していた。
ひねくれていたルクレールは、そこに書かれていたオレリアの優しい言葉を信じようとも、彼女を知ろうともしなかったけれど、どうしてか彼女の手紙を読みもせずに捨てることができなかったのだ。
今でも、執務机の引き出しの奥底に、彼女からの手紙が眠っている。
(三か月で、本当に元に戻るんだよな……?)
オレリアは三か月で元に戻ると言ったが、彼女にそれを教えたのは怪しげな占い師だという。
どうしてオレリアが占い師の店に入ったのかはわからないが、女子供は占いが好きだと聞くし、確かに昨今ブームになっているので、彼女が興味本位に足を運んだとしても不思議ではない。
ただ、占い師を騙った詐欺師が横行しているのも事実なので、ジョゼがついていながらどうしてそんな店にオレリアを向かわせたのだと少々腹が立ったが、ジョゼはオレリアの望みを頭ごなしに否定したりしないので仕方がないかもしれなかった。
(しかし不思議な気分だな。……隣にオレリアがいるなんて)
ルクレールが拒絶したせいで、夫婦になって一度も一緒に眠ったことがない妻が、見えなくとも隣にいる。
オレリアが透明になったのはショックだったが、ある意味、ルクレールにとってはよかったのかもしれないと、ちょっとだけ思う。
もし、オレリアが透明になるなんて奇妙な事態が起こっていなければ、ルクレールは今もなお彼女とろくな会話をすることもできず、当然のことながらこうして隣で眠ることもなく過ごしていただろう。
オレリアに対して抱く強い罪悪感から、彼女と視線を合わせることもできないでいたに違いない。
オレリアが透明になって、見えないからこそ、ルクレールは彼女と話ができているのだ。
(って、オレリアが大変な時に、何を考えているんだろうか俺は)
彼女が透明になってよかったと思うなんて、どうかしている。
しかし、これは紛れもないチャンスだった。
彼女との関係をやり直すチャンスだ。
こんなこともなければまともに話もできなかった情けない自分に自嘲したくなるが、できることならルクレールはオレリアとの夫婦関係を修復したい。
もう無理だとあきらめていたけれど、少なくとも、今日は普通に会話ができた。
最初の日にあのような暴言を吐いたルクレールを、オレリアが愛してくれる日は来ないかもしれないが、頑張れば家族としては受け入れてくれるかもしれない。
(まずは謝らないとな。……だが、どうやって切り出せばいいだろうか)
突然の謝罪では、オレリアを戸惑わせるだけだろう。
取ってつけたような謝罪だと思われるかもしれない。
(いや、違うな)
ルクレールはそっと息を吐いた。
(俺は怖いんだ。……許してもらえないことが)
オレリアは優しい女性だ。
けれど、いくら優しくとも、ルクレールはあのような発言をして彼女を二年も放置した。
謝ったところで、許してくれる保証はどこにもない。
ルクレールは、見えないオレリアに向かって手を伸ばしかけて、宙でぎゅっと拳を握ると、力なく下した。
ルクレールには見えないが、すぐ隣にオレリアが眠っている。
(眠れないとは思っていたが、本当に寝付けないな)
見えなくともオレリアが隣にいるという事実が、ルクレールの心を妙にざわつかせた。
オレリアが透明になったと知ったとき、ルクレールは義父が死んだ時よりもずっと大きな衝撃を受けた。
まず、人が透明になるなんてあり得なかったからだ。
もしかしてオレリアは死んでしまって、魂となった彼女が目の前にいるのかと思ったほどだ。
しかし目の前で確かにペンは動き、日記帳にオレリアの字で言葉が書き記された。
信じられる証拠が欲しいと、つい言ってしまったけれど、日記帳に記された文字で、ルクレールはそれが彼女であるということはほとんど確信していたのだ。
何故なら、結婚前にオレリアは月に一度ほどのペースでルクレールに手紙を書いてくれていて、ルクレールはそれで彼女の筆跡を覚えていたからである。
手紙には一度も返信しなかったが、オレリアの手紙は全部目を通していた。
ひねくれていたルクレールは、そこに書かれていたオレリアの優しい言葉を信じようとも、彼女を知ろうともしなかったけれど、どうしてか彼女の手紙を読みもせずに捨てることができなかったのだ。
今でも、執務机の引き出しの奥底に、彼女からの手紙が眠っている。
(三か月で、本当に元に戻るんだよな……?)
オレリアは三か月で元に戻ると言ったが、彼女にそれを教えたのは怪しげな占い師だという。
どうしてオレリアが占い師の店に入ったのかはわからないが、女子供は占いが好きだと聞くし、確かに昨今ブームになっているので、彼女が興味本位に足を運んだとしても不思議ではない。
ただ、占い師を騙った詐欺師が横行しているのも事実なので、ジョゼがついていながらどうしてそんな店にオレリアを向かわせたのだと少々腹が立ったが、ジョゼはオレリアの望みを頭ごなしに否定したりしないので仕方がないかもしれなかった。
(しかし不思議な気分だな。……隣にオレリアがいるなんて)
ルクレールが拒絶したせいで、夫婦になって一度も一緒に眠ったことがない妻が、見えなくとも隣にいる。
オレリアが透明になったのはショックだったが、ある意味、ルクレールにとってはよかったのかもしれないと、ちょっとだけ思う。
もし、オレリアが透明になるなんて奇妙な事態が起こっていなければ、ルクレールは今もなお彼女とろくな会話をすることもできず、当然のことながらこうして隣で眠ることもなく過ごしていただろう。
オレリアに対して抱く強い罪悪感から、彼女と視線を合わせることもできないでいたに違いない。
オレリアが透明になって、見えないからこそ、ルクレールは彼女と話ができているのだ。
(って、オレリアが大変な時に、何を考えているんだろうか俺は)
彼女が透明になってよかったと思うなんて、どうかしている。
しかし、これは紛れもないチャンスだった。
彼女との関係をやり直すチャンスだ。
こんなこともなければまともに話もできなかった情けない自分に自嘲したくなるが、できることならルクレールはオレリアとの夫婦関係を修復したい。
もう無理だとあきらめていたけれど、少なくとも、今日は普通に会話ができた。
最初の日にあのような暴言を吐いたルクレールを、オレリアが愛してくれる日は来ないかもしれないが、頑張れば家族としては受け入れてくれるかもしれない。
(まずは謝らないとな。……だが、どうやって切り出せばいいだろうか)
突然の謝罪では、オレリアを戸惑わせるだけだろう。
取ってつけたような謝罪だと思われるかもしれない。
(いや、違うな)
ルクレールはそっと息を吐いた。
(俺は怖いんだ。……許してもらえないことが)
オレリアは優しい女性だ。
けれど、いくら優しくとも、ルクレールはあのような発言をして彼女を二年も放置した。
謝ったところで、許してくれる保証はどこにもない。
ルクレールは、見えないオレリアに向かって手を伸ばしかけて、宙でぎゅっと拳を握ると、力なく下した。
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