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透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間
消えたオレリア 4
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透明になったオレリアでは、馬車を出してほしいと頼むこともできない。
コデルリエ家から商店街までは歩いて四十分ほどかかるが、歩けない距離ではないので、オレリアは構わず歩いていくことにした。
普段長距離を歩くことがないので途中でかなり疲れてきたが、もちろん歩みは止めない。
何としても元に戻りたいからだ。
息を切らせながら昨日の店へ向かうと、時間が早いからか、クローズの看板がしてあったが構わず扉を押し開ける。
チリンと、扉につけられているベルが鳴った。
「まだ準備ちゅ――おや」
店の奥で片づけをしていた昨日の占い師が、振り返って目を丸くした。
「あんたは昨日の……」
「わたしが見えるんですか⁉」
驚愕して叫ぶと、占い師は笑って手招いた。
まだオープン時間ではないからだろう、彼女の口元を覆っていた布がない。
昨日見たときも美人だと思ったが、顔半分を覆っていない今の彼女の方が何倍も綺麗だ。
「こんな朝早くからどうしたんだい?」
「どうもこうもありません! どうしてかわたし、透明になってしまったみたいなんです! どういうことでしょうか!」
「まあ落ち着きなよ。お茶と……何か食べるものを用意してあげるからさ」
そんなものより話をとオレリアが言いかけたとき、ぐうとお腹がなった。
誰にも気づかれなかったから当然だが、朝から何も食べていないし飲んでもいないのだ。
「こんなものしかなくて悪いね」
占い師はお茶とパンとスープを持ってきてくれる。
歩いたからか、お茶を見た途端に喉が渇いてきた気がして、オレリアはまずティーカップに手を伸ばした。
「ありがとうございます」
のどを潤し、お腹にパンとスープを入れて、オレリアはふうと息を吐く。
占い師が食器を片付けて、そしてオレリアの対面に座りなおした。
「それで、透明になった話だったね」
「あ、そうです! どうしてですか? それに、あなたはわたしが見えるみたいですけど……」
「そりゃあ、その指輪を渡したのはあたしだからね」
「やっぱりこの指輪が原因なんですね⁉」
オレリアが左手を前に突き出すと、占い師は嫣然と微笑んで頷いた。
「どうして透明になるって教えてくれなかったんですか!」
「教えたらあんたはその指輪を指にはめなかっただろう? あんたにはそれが必要だ。そう占いに出たんだよ」
「だからって……それに、透明になるなんて、これ、おかしな呪いとかがかけられているんじゃないですか⁉」
「失礼な子だね。呪いなんかかかってないよ。それはあたしの祖国の呪術師が作ったなかなか貴重な指輪なんだよ?」
(呪術師って、やっぱり呪いなんじゃないの⁉)
オレリアはゾッとしたが、占い師は平然としたものだった。
「その指輪は三か月たてば自然とはずれるよ」
「三か月も⁉」
「言っただろう? 三か月のすごし方であんたの未来が決まるって」
「透明になって何が変わるっていうんですか?」
むしろ三か月も誰にも認識されずにいたら大騒ぎにならないだろうか。
(下手をすれば死んだことにされるかもしれないわ……)
そうでなかったとしても、三か月も姿が見えないままだったら、ルクレールに離縁されてもおかしくない。
オレリアは泣きそうになった。
占い師が手を伸ばして、オレリアの頭を撫でる。
「三か月、透明になって自由に過ごしてみな。そのまま邸を出るのもよし、留まるもよし、どうにかして誰かにコンタクトを取ろうとしてもよし。心のままに行動するんだよ。そうすれば、三か月後にはあんたの望んだ未来が手に入る」
「そんなことを言われても……」
「さあさあ、あたしは開店の準備があるんだ。もうお帰り。ああ、困ったらいつでも来てくれて構わないからね。ただし、店が開いていない時間にしておくれよ」
占い師が、綺麗な青色に塗った爪をひらひらとさせる。
オレリアは仕方なく立ち上がると、もう一度食事の礼を言って、とぼとぼと帰路についた。
「心のままに過ごせって言われても……」
コデルリエ家に戻ったオレリアは、自室に入ってため息を吐いた。
さすがに、ルクレールの姿はもうない。
ジョゼがひっくり返した部屋の中もいつの間にか片付いている。
「はあ、困ったわね」
オレリアはベッドにごろんと横になって、天井を見つめた。
「出ていくのもよし、留まるのもよし、誰かとコンタクトを取ろうとしてもよし、か」
三か月――透明になっている間のすごし方で未来が決まると占い師は言ったが、どうするのが正解なのか、オレリアにはわからない。
透明になったまま普段通りに生活していたら、誰かオレリアの存在に気づいてくれるだろうか。
「ジョゼやボリスに、ここにいるよって伝えることができればいいんだけど」
そして、ルクレールに。
オレリアに何の関心も見せなかったルクレールだが、先ほどこの部屋にいた彼は、少なからずオレリアのことを心配してくれているように見えたから。
(ルクレール様が心配してくれるなんて思わなかったけど)
ルクレールのことだ、ボリスあたりからオレリアがいなくなったと聞かされても、「そうか」と言うだけだと思っていた。
「このまま誰にも気づかれずに三か月……あ、待って! 大変‼」
オレリアは飛び起きた。
「そうだったわ! 一か月後にお義母様がいらっしゃるのよ! そのときにわたしがいなかったら大変なことになるかもしれないわ‼」
義母リアーヌは、オレリアとルクレールの仲を心配していたのだ。
オレリアがいないとわかると、ルクレールが責められるかもしれない。
何故ならルクレールがオレリアに関心を示さないことに、リアーヌはひどく怒っていたから。
(大変だわ! どうしましょう⁉)
三か月は指輪が外れないと占い師は言ったが、せめて誰かにオレリアがここにいることを知らせないといけない。
オレリアはおろおろと部屋の中を歩き回った。
オレリアのせいでルクレールがリアーヌに怒られてしまう。
「どうすればいいのかしら? 部屋の中を荒らしておけば誰かがいるって気づいてくれる? いえダメよ。そんなことをしたら泥棒が入ったと思われて、もっと大騒ぎになっちゃうわ」
どうしようどうしようとつぶやきながら部屋の中をぐるぐると歩き回り続けたオレリアは、ライティングデスクが視界に入って足を止めた。
デスクに駆け寄って、引き出しを開ける。
そこには、オレリアが使っていた日記帳があった。そろそろページがなくなるからと、新しいものも入っている。
「これだわ!」
オレリアはまだ何も書かれていない新しい方の日記帳を引き出しから取り出すと、一ページ目にペンを走らせた。
(お願い、誰か気づいて……!)
――わたしは、ここにいます。
そう書いた一ページ目を開いたままデスクの上に置いて、オレリアはソファに腰かけると、誰かがこの部屋に入ってくるのを、今か今かと待ち構えた。
コデルリエ家から商店街までは歩いて四十分ほどかかるが、歩けない距離ではないので、オレリアは構わず歩いていくことにした。
普段長距離を歩くことがないので途中でかなり疲れてきたが、もちろん歩みは止めない。
何としても元に戻りたいからだ。
息を切らせながら昨日の店へ向かうと、時間が早いからか、クローズの看板がしてあったが構わず扉を押し開ける。
チリンと、扉につけられているベルが鳴った。
「まだ準備ちゅ――おや」
店の奥で片づけをしていた昨日の占い師が、振り返って目を丸くした。
「あんたは昨日の……」
「わたしが見えるんですか⁉」
驚愕して叫ぶと、占い師は笑って手招いた。
まだオープン時間ではないからだろう、彼女の口元を覆っていた布がない。
昨日見たときも美人だと思ったが、顔半分を覆っていない今の彼女の方が何倍も綺麗だ。
「こんな朝早くからどうしたんだい?」
「どうもこうもありません! どうしてかわたし、透明になってしまったみたいなんです! どういうことでしょうか!」
「まあ落ち着きなよ。お茶と……何か食べるものを用意してあげるからさ」
そんなものより話をとオレリアが言いかけたとき、ぐうとお腹がなった。
誰にも気づかれなかったから当然だが、朝から何も食べていないし飲んでもいないのだ。
「こんなものしかなくて悪いね」
占い師はお茶とパンとスープを持ってきてくれる。
歩いたからか、お茶を見た途端に喉が渇いてきた気がして、オレリアはまずティーカップに手を伸ばした。
「ありがとうございます」
のどを潤し、お腹にパンとスープを入れて、オレリアはふうと息を吐く。
占い師が食器を片付けて、そしてオレリアの対面に座りなおした。
「それで、透明になった話だったね」
「あ、そうです! どうしてですか? それに、あなたはわたしが見えるみたいですけど……」
「そりゃあ、その指輪を渡したのはあたしだからね」
「やっぱりこの指輪が原因なんですね⁉」
オレリアが左手を前に突き出すと、占い師は嫣然と微笑んで頷いた。
「どうして透明になるって教えてくれなかったんですか!」
「教えたらあんたはその指輪を指にはめなかっただろう? あんたにはそれが必要だ。そう占いに出たんだよ」
「だからって……それに、透明になるなんて、これ、おかしな呪いとかがかけられているんじゃないですか⁉」
「失礼な子だね。呪いなんかかかってないよ。それはあたしの祖国の呪術師が作ったなかなか貴重な指輪なんだよ?」
(呪術師って、やっぱり呪いなんじゃないの⁉)
オレリアはゾッとしたが、占い師は平然としたものだった。
「その指輪は三か月たてば自然とはずれるよ」
「三か月も⁉」
「言っただろう? 三か月のすごし方であんたの未来が決まるって」
「透明になって何が変わるっていうんですか?」
むしろ三か月も誰にも認識されずにいたら大騒ぎにならないだろうか。
(下手をすれば死んだことにされるかもしれないわ……)
そうでなかったとしても、三か月も姿が見えないままだったら、ルクレールに離縁されてもおかしくない。
オレリアは泣きそうになった。
占い師が手を伸ばして、オレリアの頭を撫でる。
「三か月、透明になって自由に過ごしてみな。そのまま邸を出るのもよし、留まるもよし、どうにかして誰かにコンタクトを取ろうとしてもよし。心のままに行動するんだよ。そうすれば、三か月後にはあんたの望んだ未来が手に入る」
「そんなことを言われても……」
「さあさあ、あたしは開店の準備があるんだ。もうお帰り。ああ、困ったらいつでも来てくれて構わないからね。ただし、店が開いていない時間にしておくれよ」
占い師が、綺麗な青色に塗った爪をひらひらとさせる。
オレリアは仕方なく立ち上がると、もう一度食事の礼を言って、とぼとぼと帰路についた。
「心のままに過ごせって言われても……」
コデルリエ家に戻ったオレリアは、自室に入ってため息を吐いた。
さすがに、ルクレールの姿はもうない。
ジョゼがひっくり返した部屋の中もいつの間にか片付いている。
「はあ、困ったわね」
オレリアはベッドにごろんと横になって、天井を見つめた。
「出ていくのもよし、留まるのもよし、誰かとコンタクトを取ろうとしてもよし、か」
三か月――透明になっている間のすごし方で未来が決まると占い師は言ったが、どうするのが正解なのか、オレリアにはわからない。
透明になったまま普段通りに生活していたら、誰かオレリアの存在に気づいてくれるだろうか。
「ジョゼやボリスに、ここにいるよって伝えることができればいいんだけど」
そして、ルクレールに。
オレリアに何の関心も見せなかったルクレールだが、先ほどこの部屋にいた彼は、少なからずオレリアのことを心配してくれているように見えたから。
(ルクレール様が心配してくれるなんて思わなかったけど)
ルクレールのことだ、ボリスあたりからオレリアがいなくなったと聞かされても、「そうか」と言うだけだと思っていた。
「このまま誰にも気づかれずに三か月……あ、待って! 大変‼」
オレリアは飛び起きた。
「そうだったわ! 一か月後にお義母様がいらっしゃるのよ! そのときにわたしがいなかったら大変なことになるかもしれないわ‼」
義母リアーヌは、オレリアとルクレールの仲を心配していたのだ。
オレリアがいないとわかると、ルクレールが責められるかもしれない。
何故ならルクレールがオレリアに関心を示さないことに、リアーヌはひどく怒っていたから。
(大変だわ! どうしましょう⁉)
三か月は指輪が外れないと占い師は言ったが、せめて誰かにオレリアがここにいることを知らせないといけない。
オレリアはおろおろと部屋の中を歩き回った。
オレリアのせいでルクレールがリアーヌに怒られてしまう。
「どうすればいいのかしら? 部屋の中を荒らしておけば誰かがいるって気づいてくれる? いえダメよ。そんなことをしたら泥棒が入ったと思われて、もっと大騒ぎになっちゃうわ」
どうしようどうしようとつぶやきながら部屋の中をぐるぐると歩き回り続けたオレリアは、ライティングデスクが視界に入って足を止めた。
デスクに駆け寄って、引き出しを開ける。
そこには、オレリアが使っていた日記帳があった。そろそろページがなくなるからと、新しいものも入っている。
「これだわ!」
オレリアはまだ何も書かれていない新しい方の日記帳を引き出しから取り出すと、一ページ目にペンを走らせた。
(お願い、誰か気づいて……!)
――わたしは、ここにいます。
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