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透明人間になったわたしと、わたしに興味がない(はずの)夫の奇妙な三か月間
消えたオレリア 3
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オレリアの名前を囁いたきり、ルクレールは一言も発しなかった。
オレリアはベッドに腰を下ろしてうつむいた彼にそっと近づき、「ルクレール様」と名前を呼んでみたが、姿が透明になってしまったことで声まで透明になってしまったのか、彼の耳にも聞こえていないようだ。
(なんで体が透明になってしまったのかしら……)
ルクレールが悄然とうなだれている姿は今まで一度も見たことがない。
義父の葬儀のときですら、ルクレールは目を赤く充血させながらも毅然としていたのだ。
ルクレールが何に打ちのめされているのかはわからないが、落ち込んでいる彼を慰めてあげたい。
オレリアは彼の隣に腰を下ろすと、おずおずと艶やかな金髪に手を伸ばした。
そんなこと、透明になっていなければできなかっただろう。
ゆっくりと頭を撫でると、少し冷たくて、さらさらの金髪の感触がする。
相手には見えないのに。
気づかれないし声も聞こえないのに、オレリアの手には確かにルクレールの髪や頭の形を感じるのだ。
「ルクレール様……わたしはここにいます」
お願いだから気づいてほしいと呼びかけても、やっぱりルクレールは顔を上げない。
彼の頭を撫で続けていたオレリアは、ふと、自分の左手を見てハッとした。
「まさか……」
左手の中指にはまる指輪。
もしかしなくとも、この影響で姿が透明になったのではないだろうか。
(指輪のせいで姿が透明になるなんてありえない気がするけど……でも、他に原因は思いつかないし)
それが正解かどうかは指輪を抜いてみればわかるだろう。
オレリアは左手の中指にはまった指輪を抜き取ろうとして、愕然とした。
「抜けないわ!」
叫んで、反射的に立ち上がる。
「どうして⁉」
まるで指輪が指に張り付いてしまったかのようにびくともしないのだ。
オレリアは青ざめた。
こんなバカなことがあるだろうか。
(やっぱり指輪が原因だったのよ! あの占い師のところに行かないと!)
ルクレールをこのままにしておくのは気が引けるが、ここにオレリアがいたところで、彼に声を届けることもできなければ当然慰めることもできないのだ。
部屋を飛び出そうとしたオレリアは、そこでハッと自分の姿を見下ろした。
夜着姿である。
そういえば顔も洗ってないし、髪も梳かしていない。
「…………」
オレリアは考え込んだ。
姿が透明になっているので、オレリアを見ることができるものはいないと思う。
けれども、寝起き状態のまま外に出るのは、淑女としていかがなものだろうか。
(万が一途中で透明状態が元に戻ったら大変だわ)
例えば商店街のど真ん中で元に戻ったりしたら、オレリアは夜着姿を衆人環視にさらすことになる。
そんなことになれば、どんな噂が立つかわかったものではない。
オレリアはちらりとルクレールを振り返り、それからジョゼがオレリアを探すためだろう、開けっ放しのままにして漁ったままのクローゼットを見やった。
「ルクレール様には、見えていない……んだものね?」
ここでオレリアが夜着を脱いで裸になっても、ルクレールは気がつかない、と思う。
「でも……うぅ」
この様子だとルクレールはしばらく動きそうもない。
けれどもオレリアは一秒だって早く、この状況を理解していそうな占い師のところに行きたかった。
「だ、大丈夫よね! だって見えないんだもの!」
オレリアは自分自身に言い聞かせるように大きな声を出して、夜着のリボンに手をかけた。
夜着を脱ぎ去って、ジョゼが荒らしているクローゼットの中から自分一人でも着られそうな普段着のドレスを取ると急いで身に着ける。
目の前でオレリアが着替えをしていても、やはりルクレールは無反応だ。
(見られていないとはわかっていても恥ずかしいわ)
手早く着替え終えると、オレリアは逃げるようにバスルームへ向かった。
そしてささっと顔を洗ったときだった。
「オレリア⁉」
いきなり背後で叫び声がして、バスルームにルクレールが飛び込んできた。
「きゃあ!」
オレリアはびっくりして飛び跳ねたが、ルクレールの視線はオレリアを素通りして、洗面台に注がれている。
「……水の音がした気がしたんだが……違うのか…………」
その落胆に満ちた声に、オレリアの胸がずきりと痛んだ。
オレリアの声も聞こえないし姿を見ることもできないが、オレリアが顔を洗った水音は聞こえたのだろう。
ルクレールはしょんぼりと肩を落として、バスルームから出ていく。
(ルクレール様……)
オレリアに関心がなかったはずのルクレールは、もしかしなくてもオレリアのことを心配してくれているのだろうか。
そう思うと、胸が痛むと同時に少しだけ嬉しい。
オレリアは急いで髪をとかすと、再びベッドの縁に腰かけてうなだれていたルクレールに、そっと声をかけた。
「すぐ、元に戻りますから、待っていてくださいね」
もしかしたら今の彼とならば何か話ができるだろうか。
オレリアはそんなことを考えながら、部屋を飛び出した。
オレリアはベッドに腰を下ろしてうつむいた彼にそっと近づき、「ルクレール様」と名前を呼んでみたが、姿が透明になってしまったことで声まで透明になってしまったのか、彼の耳にも聞こえていないようだ。
(なんで体が透明になってしまったのかしら……)
ルクレールが悄然とうなだれている姿は今まで一度も見たことがない。
義父の葬儀のときですら、ルクレールは目を赤く充血させながらも毅然としていたのだ。
ルクレールが何に打ちのめされているのかはわからないが、落ち込んでいる彼を慰めてあげたい。
オレリアは彼の隣に腰を下ろすと、おずおずと艶やかな金髪に手を伸ばした。
そんなこと、透明になっていなければできなかっただろう。
ゆっくりと頭を撫でると、少し冷たくて、さらさらの金髪の感触がする。
相手には見えないのに。
気づかれないし声も聞こえないのに、オレリアの手には確かにルクレールの髪や頭の形を感じるのだ。
「ルクレール様……わたしはここにいます」
お願いだから気づいてほしいと呼びかけても、やっぱりルクレールは顔を上げない。
彼の頭を撫で続けていたオレリアは、ふと、自分の左手を見てハッとした。
「まさか……」
左手の中指にはまる指輪。
もしかしなくとも、この影響で姿が透明になったのではないだろうか。
(指輪のせいで姿が透明になるなんてありえない気がするけど……でも、他に原因は思いつかないし)
それが正解かどうかは指輪を抜いてみればわかるだろう。
オレリアは左手の中指にはまった指輪を抜き取ろうとして、愕然とした。
「抜けないわ!」
叫んで、反射的に立ち上がる。
「どうして⁉」
まるで指輪が指に張り付いてしまったかのようにびくともしないのだ。
オレリアは青ざめた。
こんなバカなことがあるだろうか。
(やっぱり指輪が原因だったのよ! あの占い師のところに行かないと!)
ルクレールをこのままにしておくのは気が引けるが、ここにオレリアがいたところで、彼に声を届けることもできなければ当然慰めることもできないのだ。
部屋を飛び出そうとしたオレリアは、そこでハッと自分の姿を見下ろした。
夜着姿である。
そういえば顔も洗ってないし、髪も梳かしていない。
「…………」
オレリアは考え込んだ。
姿が透明になっているので、オレリアを見ることができるものはいないと思う。
けれども、寝起き状態のまま外に出るのは、淑女としていかがなものだろうか。
(万が一途中で透明状態が元に戻ったら大変だわ)
例えば商店街のど真ん中で元に戻ったりしたら、オレリアは夜着姿を衆人環視にさらすことになる。
そんなことになれば、どんな噂が立つかわかったものではない。
オレリアはちらりとルクレールを振り返り、それからジョゼがオレリアを探すためだろう、開けっ放しのままにして漁ったままのクローゼットを見やった。
「ルクレール様には、見えていない……んだものね?」
ここでオレリアが夜着を脱いで裸になっても、ルクレールは気がつかない、と思う。
「でも……うぅ」
この様子だとルクレールはしばらく動きそうもない。
けれどもオレリアは一秒だって早く、この状況を理解していそうな占い師のところに行きたかった。
「だ、大丈夫よね! だって見えないんだもの!」
オレリアは自分自身に言い聞かせるように大きな声を出して、夜着のリボンに手をかけた。
夜着を脱ぎ去って、ジョゼが荒らしているクローゼットの中から自分一人でも着られそうな普段着のドレスを取ると急いで身に着ける。
目の前でオレリアが着替えをしていても、やはりルクレールは無反応だ。
(見られていないとはわかっていても恥ずかしいわ)
手早く着替え終えると、オレリアは逃げるようにバスルームへ向かった。
そしてささっと顔を洗ったときだった。
「オレリア⁉」
いきなり背後で叫び声がして、バスルームにルクレールが飛び込んできた。
「きゃあ!」
オレリアはびっくりして飛び跳ねたが、ルクレールの視線はオレリアを素通りして、洗面台に注がれている。
「……水の音がした気がしたんだが……違うのか…………」
その落胆に満ちた声に、オレリアの胸がずきりと痛んだ。
オレリアの声も聞こえないし姿を見ることもできないが、オレリアが顔を洗った水音は聞こえたのだろう。
ルクレールはしょんぼりと肩を落として、バスルームから出ていく。
(ルクレール様……)
オレリアに関心がなかったはずのルクレールは、もしかしなくてもオレリアのことを心配してくれているのだろうか。
そう思うと、胸が痛むと同時に少しだけ嬉しい。
オレリアは急いで髪をとかすと、再びベッドの縁に腰かけてうなだれていたルクレールに、そっと声をかけた。
「すぐ、元に戻りますから、待っていてくださいね」
もしかしたら今の彼とならば何か話ができるだろうか。
オレリアはそんなことを考えながら、部屋を飛び出した。
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