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続・聖女は魔王に嫁ぎます!
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時刻は、シェイラとアマリリスがお茶会をはじめる少し前のこと。
マルベルに連れられて火山の頂までやってきたマディーは、頭の芯に響くマグマの音と熱気に、呼吸すら苦しくて顔をしかめる。
マルベルが防御壁を張ってくれてはいるものの、それを突き破ってくる熱量はなかなかのものだ。この防御壁がなければ一瞬で灰になると聞かされてゾッとした。
「このマグマの奥よ」
まるで大きな落とし穴のような穴の奥で、真っ赤に燃えている灼熱のどろりとした液体が渦を巻いている。
その中央から白い煙が上がり、高い空に吸い込まれるようにして伸びていた。
「それで、どうすれば龍の封印が解けるの?」
こんな恐ろしいところからは早く立ち去りたい。
そんな思いを込めてマルベルを振り返れば、彼女は楽しそうに「うふふ」と笑った。
「簡単よ」
そう言って、火山口の縁に立つマディーの背にそっと手を添える。
「龍はね、まだ力が満ちていないの。その力はあと少しで満ちるけれど、それには長い年月か――、もしくは、贄がいればいいのよ」
「なんですっ―――きゃああああ――――――!」
贄という言葉に目を剥いたマディーだったが、それより早く、マルベルがぽんとマディーの背を押した。
不安定な火山口の足元である。たたらを踏んだ瞬間に踏み外して、マディーは高い悲鳴とともに煮えたぎる火山口の奥に吸い込まれる。
直後、火山口の奥から強い光が溢れた。
「ふふ」
バサリと大きな音を立てて、火山口の奥から一匹の龍が飛び出してくるのを見つめ、マルベルは微笑む。
「我の封印を解いたのはそなたか――」
赤い鱗に赤い目をした龍は、低い声でそう訊ねた。
アズベール様の広大な庭に、赤い鱗の大きな龍が降り立った。
アマリリスの細い悲鳴が、龍の翼の音にかき消される。
わたしは息を呑んで、血のように赤い龍の双眸を見つめた。
わたしの身長の何倍も大きな龍は、鋭い歯の生えそろった大きな口をあけて問うた。
「どちらが、シェイラだ」
龍がしゃべると、びりびりと痛いほどに空気が揺れる。
その迫力にわたしは思わず立ち上がり、大きく息を吸った。
「わ、わたしがシェイラだけど……」
――龍族をみたら関わらずに回れ右してとにかく逃げろっつーことだな。
ルシルフ先生の言葉が脳裏に蘇るけれど、この状況でどうやって回れ右して逃げればいいのよ。
逃げようとしたところで、これほどまでに体格差があればすぐに追いつかれるでしょうし、何より足が震えてまともに走れそうもない。
「シェイラ……」
アマリリスも青い顔で震えている。
大丈夫、騒ぎを聞きつけてすぐにジオルドとアズベール様が来てくれるはず。そう自分に言い聞かせるけれど、恐怖が消え去るわけではない。
龍はじっとわたしの顔を見つめたあとで、大きく口を開けた。
「お前に恨みはないが、約束は約束だ。許せ――」
さっぱりわけのわからないことを言って、龍の口の奥が赤く光る。
「アマリリス、逃げて――!」
わたしは咄嗟にアマリリスの盾になるように両手を広げたけれど、わたしの小さな体で盾になるはずもなく――、両手を広げたまま歯を食いしばったけれど――
龍の口から放たれた真っ赤な炎がわたしの身に届いた瞬間――、わたしの体から白い光が溢れて、その炎を跳ね返していた。
「……え?」
茫然とするわたしの目の前で、わたしの身から放たれた白い光と跳ね返された赤い炎が螺旋を描きながら龍へと向かい。
その光と炎が龍を包み込んだ直後、光と炎は弾けて消えた。
「シェイラ!」
「アマリリス!」
ジオルドとアズベール様の声と足音が遠くから聞こえてくる。
ジオルド、遅いよ―――
わたしはその場にへたり込んで、龍がいたところにちょこんと座る、五歳ほどの男の子を見つめていた。
マルベルに連れられて火山の頂までやってきたマディーは、頭の芯に響くマグマの音と熱気に、呼吸すら苦しくて顔をしかめる。
マルベルが防御壁を張ってくれてはいるものの、それを突き破ってくる熱量はなかなかのものだ。この防御壁がなければ一瞬で灰になると聞かされてゾッとした。
「このマグマの奥よ」
まるで大きな落とし穴のような穴の奥で、真っ赤に燃えている灼熱のどろりとした液体が渦を巻いている。
その中央から白い煙が上がり、高い空に吸い込まれるようにして伸びていた。
「それで、どうすれば龍の封印が解けるの?」
こんな恐ろしいところからは早く立ち去りたい。
そんな思いを込めてマルベルを振り返れば、彼女は楽しそうに「うふふ」と笑った。
「簡単よ」
そう言って、火山口の縁に立つマディーの背にそっと手を添える。
「龍はね、まだ力が満ちていないの。その力はあと少しで満ちるけれど、それには長い年月か――、もしくは、贄がいればいいのよ」
「なんですっ―――きゃああああ――――――!」
贄という言葉に目を剥いたマディーだったが、それより早く、マルベルがぽんとマディーの背を押した。
不安定な火山口の足元である。たたらを踏んだ瞬間に踏み外して、マディーは高い悲鳴とともに煮えたぎる火山口の奥に吸い込まれる。
直後、火山口の奥から強い光が溢れた。
「ふふ」
バサリと大きな音を立てて、火山口の奥から一匹の龍が飛び出してくるのを見つめ、マルベルは微笑む。
「我の封印を解いたのはそなたか――」
赤い鱗に赤い目をした龍は、低い声でそう訊ねた。
アズベール様の広大な庭に、赤い鱗の大きな龍が降り立った。
アマリリスの細い悲鳴が、龍の翼の音にかき消される。
わたしは息を呑んで、血のように赤い龍の双眸を見つめた。
わたしの身長の何倍も大きな龍は、鋭い歯の生えそろった大きな口をあけて問うた。
「どちらが、シェイラだ」
龍がしゃべると、びりびりと痛いほどに空気が揺れる。
その迫力にわたしは思わず立ち上がり、大きく息を吸った。
「わ、わたしがシェイラだけど……」
――龍族をみたら関わらずに回れ右してとにかく逃げろっつーことだな。
ルシルフ先生の言葉が脳裏に蘇るけれど、この状況でどうやって回れ右して逃げればいいのよ。
逃げようとしたところで、これほどまでに体格差があればすぐに追いつかれるでしょうし、何より足が震えてまともに走れそうもない。
「シェイラ……」
アマリリスも青い顔で震えている。
大丈夫、騒ぎを聞きつけてすぐにジオルドとアズベール様が来てくれるはず。そう自分に言い聞かせるけれど、恐怖が消え去るわけではない。
龍はじっとわたしの顔を見つめたあとで、大きく口を開けた。
「お前に恨みはないが、約束は約束だ。許せ――」
さっぱりわけのわからないことを言って、龍の口の奥が赤く光る。
「アマリリス、逃げて――!」
わたしは咄嗟にアマリリスの盾になるように両手を広げたけれど、わたしの小さな体で盾になるはずもなく――、両手を広げたまま歯を食いしばったけれど――
龍の口から放たれた真っ赤な炎がわたしの身に届いた瞬間――、わたしの体から白い光が溢れて、その炎を跳ね返していた。
「……え?」
茫然とするわたしの目の前で、わたしの身から放たれた白い光と跳ね返された赤い炎が螺旋を描きながら龍へと向かい。
その光と炎が龍を包み込んだ直後、光と炎は弾けて消えた。
「シェイラ!」
「アマリリス!」
ジオルドとアズベール様の声と足音が遠くから聞こえてくる。
ジオルド、遅いよ―――
わたしはその場にへたり込んで、龍がいたところにちょこんと座る、五歳ほどの男の子を見つめていた。
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