15 / 103
追放された聖女は滅亡した妖精の国を蘇らせる
4
しおりを挟む
「なるほど、君のところにもバーミリオンが攻めてきたのか」
正直なところ、ロベルトにとってそれは意外なことだった。
国の豊かさはすべて聖女の祈りのおかげである。そのことはロベルトや彼の国の国民たちにとっての常識であり、聖女の祈りが消えるとともに大地は枯れ果てると信じられていたからだ。
異国の王、バーミリオンはそのことを知らなかったのだろうか?
しかし、なるほど。死の孤島の大樹が再び芽吹いたのはエリーゼの祈りのおかげだったらしい。聖女の力を疑っているわけではないが、その力は躯となった過去の遺物である大樹までもをよみがえらせてしまうとは驚きだった。
大樹の太い幹に背中を預けて、ロベルトはまじまじとエリーゼを見つめた。
三歳のころよりずっと神殿の奥深くで聖女として祈りの日々を送っていたせいか、彼女はどこか浮世離れしたような不思議な雰囲気を漂わせているがーー
(……きれいになったな)
三歳の時も、かわいらしい女の子だった。
婚約者という言葉が理解できないのか、兄と勘違いしてひたすら後を追いかけてくる幼子が、ロベルトはかわいくて仕方がなかった。
正直なところ、ロベルトもこの幼い子供が将来の自分の妻になるという認識は持てていなかったが、あの頃は妹ができたようでただただ楽しかったのを覚えている。
もしもエリーゼが聖女に選ばれなければ、彼女はすでに自分の妻だったかもしれない。
そう思うとひどく感慨深く、また、無性に彼女のすべらかな頬に触れてみたい気になって、そっと手を伸ばした。
指先で頬を撫でると、彼女はきょとんとした表情を浮かべて、それから花が咲くように笑った。
「君がここにいるのならば、近いうちにバーミリオンが攻めてくるだろう。君の祈りなくして国は存続しない。田畑は荒れ、川は干上がり、バーミリオンの砂漠の国のようなことになる。そうなったらあの男は君をこの地へ追いやったことを後悔するだろう。君を連れ戻そうとするはずだ」
ロベルトは言いながら眉を寄せた。
バーミリオンが軍を率いて攻めてきたとき、ロベルト一人ではどうすることもできないだろう。
けれども、エリーゼを逃がそうにも船もない。
エリーゼが不安そうに目を伏せたその時、妖精の王アバロンが、大樹の木の幹を撫でながら言った。
「そんな心配は無用だ」
アバロンの言った通り、ロベルトは生きていた。
エリーゼがほっとしたのもつかの間、バーミリオンが攻めてくると聞いて、彼女の頭は真っ白になった。
ロベルトの話では、国は完全にバーミリオンの手に落ちたらしい。
エリーゼは神殿の祈りの間で出会ったあの大きな男を思い出す。額から目の横にかけての大きな傷跡を持った砂漠の王。彼はどこまで奪えば気がすむのだろうか。
「そんな心配は無用だ」
抵抗することもできず、逃げることもできないのかとエリーゼが視線を落とした時、アバロンのどこか飄々とした声が響いた。
「私たち妖精でかなえられることであれば、なんなりとかなえる。そう言っただろう?」
エリーゼを王と呼ぶアバロンはそう言って、不敵に笑った。
正直なところ、ロベルトにとってそれは意外なことだった。
国の豊かさはすべて聖女の祈りのおかげである。そのことはロベルトや彼の国の国民たちにとっての常識であり、聖女の祈りが消えるとともに大地は枯れ果てると信じられていたからだ。
異国の王、バーミリオンはそのことを知らなかったのだろうか?
しかし、なるほど。死の孤島の大樹が再び芽吹いたのはエリーゼの祈りのおかげだったらしい。聖女の力を疑っているわけではないが、その力は躯となった過去の遺物である大樹までもをよみがえらせてしまうとは驚きだった。
大樹の太い幹に背中を預けて、ロベルトはまじまじとエリーゼを見つめた。
三歳のころよりずっと神殿の奥深くで聖女として祈りの日々を送っていたせいか、彼女はどこか浮世離れしたような不思議な雰囲気を漂わせているがーー
(……きれいになったな)
三歳の時も、かわいらしい女の子だった。
婚約者という言葉が理解できないのか、兄と勘違いしてひたすら後を追いかけてくる幼子が、ロベルトはかわいくて仕方がなかった。
正直なところ、ロベルトもこの幼い子供が将来の自分の妻になるという認識は持てていなかったが、あの頃は妹ができたようでただただ楽しかったのを覚えている。
もしもエリーゼが聖女に選ばれなければ、彼女はすでに自分の妻だったかもしれない。
そう思うとひどく感慨深く、また、無性に彼女のすべらかな頬に触れてみたい気になって、そっと手を伸ばした。
指先で頬を撫でると、彼女はきょとんとした表情を浮かべて、それから花が咲くように笑った。
「君がここにいるのならば、近いうちにバーミリオンが攻めてくるだろう。君の祈りなくして国は存続しない。田畑は荒れ、川は干上がり、バーミリオンの砂漠の国のようなことになる。そうなったらあの男は君をこの地へ追いやったことを後悔するだろう。君を連れ戻そうとするはずだ」
ロベルトは言いながら眉を寄せた。
バーミリオンが軍を率いて攻めてきたとき、ロベルト一人ではどうすることもできないだろう。
けれども、エリーゼを逃がそうにも船もない。
エリーゼが不安そうに目を伏せたその時、妖精の王アバロンが、大樹の木の幹を撫でながら言った。
「そんな心配は無用だ」
アバロンの言った通り、ロベルトは生きていた。
エリーゼがほっとしたのもつかの間、バーミリオンが攻めてくると聞いて、彼女の頭は真っ白になった。
ロベルトの話では、国は完全にバーミリオンの手に落ちたらしい。
エリーゼは神殿の祈りの間で出会ったあの大きな男を思い出す。額から目の横にかけての大きな傷跡を持った砂漠の王。彼はどこまで奪えば気がすむのだろうか。
「そんな心配は無用だ」
抵抗することもできず、逃げることもできないのかとエリーゼが視線を落とした時、アバロンのどこか飄々とした声が響いた。
「私たち妖精でかなえられることであれば、なんなりとかなえる。そう言っただろう?」
エリーゼを王と呼ぶアバロンはそう言って、不敵に笑った。
63
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる