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振り返れば婚約者がいる!~心配性の婚約者様が、四六時中はりついて離れてくれません!~
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婚約者に子ども扱いされる鬱憤を刺繍にぶつけていると、執事が来客を告げにやって来た。
友人が訪ねてきたのかと思えば、来客は何と、第四妃らしい。
「お妃様が……わたくしに?」
「はい……現在、奥様がお相手しておりますが、どうしてもお嬢様にお会いしたいと……」
「そうなの?」
腑に落ちないものを感じながら、わたしはプラムに手伝ってもらって着替えることにした。
それにしても第四妃が、急にどうしたのだろう。
第四妃は、十年前に息子を亡くしたことでひどく憔悴し、城から離れ実家でずっと療養中だったはずだ。
わたしとも、我がレノックス伯爵家とも特に接点があるわけでもなく、もちろんふらりと訪ねてくるような親しい関係などあろうはずもない。
「でも、王都に来られたってことは、少しはご体調もよくなったのかしらね?」
ドレスのうしろのボタンを留めてくれているプラムに訊ねると、プラムがいつになく固い声で、「そうかもしれませんね」と短く答える。
「どうしたの、プラム」
「……いえ。ただ……お嬢様がわざわざお会いにならなくても、よろしいのではありませんか?」
「まあ、何を言うの? お妃様に呼ばれて無視するわけにもいかないでしょう?」
「そうですが……」
プラムの様子がどうにもおかしい。
だが、いつまでも第四妃を待たせるわけにもいかないので、プラムの様子について考えるのはあとにして、急いで支度を整えると階下へ急いだ。
第四妃とお母様は一階の南のサロンにいるらしい。
わたしがサロンに入ると、お母様が弾かれたように振り返り、ものすごく心配そうな表情になった。
一方第四妃は、まるで古い友人の顔を見たとでも言いうように懐かし気に双眸を細めると、カーテシーで挨拶をするわたしに優しく微笑みかけてくれる。
「まあ、大きくなったわね。ずいぶんと綺麗になって……」
感慨深げに言われて、わたしは違和感を覚えた。
……わたし、第四妃様と面識あったかしら?
もしかしたら記憶にも残っていないほど幼いころにお会いしたことがあるのかもしれない。
でも、王の妃である第四妃が、昔ちらっと顔を見ただけの伯爵令嬢を覚えているものだろうか。
それに、彼女の微笑みからは、社交辞令と言うには親しすぎるものを感じた。
わたしがお母様の隣に腰を下ろすと、お母様がわたしの手をきゅっと握る。その手が微かに震えているようで、わたしはますます違和感を覚えてしまった。
「ねえ、わたくしが持って来たチョコレートを出してくださる? クロエに食べさせたくて、わざわざ取り寄せたものなのよ」
第四妃に言われれば、断ることはできない。
お母様が使用人に命じて、第四妃が持参してきたというチョコレートと、それから新しい紅茶をよういするよう命じた。
紅茶とチョコレートが運ばれてくると、第四妃が笑顔でチョコレートを薦めてくる。
「さあ、召しあがれ。レノックス伯爵夫人も」
「ありがとうございます」
わたしがチョコレートに手を伸ばすと、お母様も躊躇いながらも同じようにチョコレートを手に取った。
甘さの中にも独特の苦みのあるチョコレートだった。
普段食べるチョコレートとは若干味が違う気がするが、これはこれで美味しい。
お母様が紅茶でのどを潤してから、強張った顔で第四妃に向きなおった。
「妃殿下、本日は娘にどのようなご用件でございましょう?」
お母様が訊ねると、第四妃はきょとんとした顔をした。
「用件? そんなの決まっているじゃない。迎えに来たのよ?」
「迎え……ですか? それはいったい……」
お母様が戸惑った声を出したが、戸惑ったのはわたしも同じだった。
迎えに来たとはどういうことだろうか。第四妃と何か約束をした覚えはない。
わたしはお母様と顔を見合わせたが、第四妃はその反応が気に入らなかったようだ。
「まあ、ひどいわ。約束したじゃない」
「お約束、ですか……」
いつそんな約束をしただろうか。
まったく思い出せずにいると、第四妃は焦れたように続ける。
「十年後、迎えに来るって言ったでしょ? どうして覚えていないの? あなたはわたくしをあんなに慕ってくれていたのに……ねえ、わたくしの可愛い娘……」
「妃殿下‼」
お母様が突然声を張り上げた。
驚いたのはわたしだけではなく、第四妃もだった。
目を丸くした第四妃を厳しい目で睨みつけて、お母様がわたしの肩を抱く。
「この子はもう、他の方と結婚の約束をしております」
「まあ! わたくしの可愛い子を裏切るの? ひどいわ、クロエ!」
「裏切る……?」
何を言っているのだろう。戸惑いと――それとは別に、何かもやもやしたものが頭の片隅をよぎった。
何だろう。何か、重要なことを忘れているような――
「この子はわたくしの息子の婚約者よ。迎えに来ると約束したわ。ねえ、クロエ?」
「息子……」
第四妃が産んだ子は第二王子だけ。
そして第二王子は――
「――――っ」
急な頭痛に襲われて、わたしは両手で頭を抱えるとぎゅっと眉を寄せる。
「クロエ!」
お母様が真っ青な顔でわたしの名前を呼んだけれど、頭が痛すぎて、その声もはっきりとは聞こえなかった。
……お母様が何か言ってる。
何を言っているのだろう。何か悲鳴のような――そう、悲鳴。
「ねえ、約束したでしょう?」
第四妃の、チョコレートのように甘い声。
……約束。
…………約束?
――遠くの方から、絹を裂いたような、甲高い悲鳴が聞こえた気がした。
目を見開くわたしの視界で、誰かが微笑んでいる。
床には息絶えた一人の少年が横たわっていて、その奥に、もう一人、目を見開いたまま倒れている女性。
「クロエ――――」
誰かが、わたしの名前を呼んだ。
ごうっと音を立てて、目の前に炎が広がる。
赤くて熱い炎。
ふっと意識を失う瞬間、誰かがわたしを抱え上げた気がした。
そして、意識が闇に沈んでいくわたしの耳に、そっとささやく。
「クロエ……十年後、迎えに行くよ……」
あの声は――
「クロエ‼」
パンッと頬が叩かれて、わたしはハッと我に返った。
顔をあげると、必死の形相をしたお母様の顔がある。
炎も、死体も、どこにもない。
わたしが茫然と第四妃を振り返ったとき、お母様の体がぐらりと傾いだ。
「……お母様?」
ぱたりとわたしに覆いかぶさるように倒れこんだお母様に愕然として、わたしはお母様の肩を揺さぶった。
「お母様⁉ お母さ――」
突如として、くらり、と視界が揺れた。
目の前がチカチカして、急激な眠気に襲われる。
「お眠りなさい」
甘い声に振り返れば、第四妃が艶然と微笑んでいた。
「大丈夫、ただの眠り薬よ」
まるで子守歌のようにささやく第四妃の声にかぶさるように、どたどたと無粋な足音が響いた。
使用人たちの悲鳴が上がって、見知らぬ男たちがサロンの中に押し入ってくる。
「あなたが本来いる場所に、いなければならない場所に、連れて帰ってあげるわ」
わたしはきゅっと唇をかむと、テーブルの上に置かれていたフォークをつかんだ。
そのフォークを、自分の太ももに勢いよく突き立てる。
眠り薬で朦朧としていたため、力いっぱい突き立てたつもりでも、ほとんど力は入っていなかったようだが、太ももに走った痛みは、強烈な睡魔を弾き飛ばすには充分だった。
「わたくしは――」
わたしが口を開いた次の瞬間、邸の中に、野太い悲鳴が上がった。
今度は何が起こったのだろうかと不安を覚えたわたしの耳に、よく知った声が聞こえてきた。
「クロエ‼」
……ああ。アーサーだ。
毎日毎日聞いてきた声だ。姿が見えなくてもすぐにわかる。
アーサーと、彼とともになだれ込んできた騎士たちに、第四妃が悲鳴を上げた。
「拘束しろ‼」
アーサーの怒号に、騎士たちが第四妃と、そして部屋の中にいた見知らぬ男たちを次々に拘束した。
「クロエ!」
アーサーがわたしに駆け寄り、ドレスのスカートににじむ血を見つけて瞠目する。
「怪我を……!」
「アーサー様‼」
わたしは、アーサーの言葉を途中で遮って、彼の腕をつかんだ。
そして、叫ぶ。
「急いでくださいませ! 第二王子殿下が、陛下や王太子殿下の命を狙っております‼」
友人が訪ねてきたのかと思えば、来客は何と、第四妃らしい。
「お妃様が……わたくしに?」
「はい……現在、奥様がお相手しておりますが、どうしてもお嬢様にお会いしたいと……」
「そうなの?」
腑に落ちないものを感じながら、わたしはプラムに手伝ってもらって着替えることにした。
それにしても第四妃が、急にどうしたのだろう。
第四妃は、十年前に息子を亡くしたことでひどく憔悴し、城から離れ実家でずっと療養中だったはずだ。
わたしとも、我がレノックス伯爵家とも特に接点があるわけでもなく、もちろんふらりと訪ねてくるような親しい関係などあろうはずもない。
「でも、王都に来られたってことは、少しはご体調もよくなったのかしらね?」
ドレスのうしろのボタンを留めてくれているプラムに訊ねると、プラムがいつになく固い声で、「そうかもしれませんね」と短く答える。
「どうしたの、プラム」
「……いえ。ただ……お嬢様がわざわざお会いにならなくても、よろしいのではありませんか?」
「まあ、何を言うの? お妃様に呼ばれて無視するわけにもいかないでしょう?」
「そうですが……」
プラムの様子がどうにもおかしい。
だが、いつまでも第四妃を待たせるわけにもいかないので、プラムの様子について考えるのはあとにして、急いで支度を整えると階下へ急いだ。
第四妃とお母様は一階の南のサロンにいるらしい。
わたしがサロンに入ると、お母様が弾かれたように振り返り、ものすごく心配そうな表情になった。
一方第四妃は、まるで古い友人の顔を見たとでも言いうように懐かし気に双眸を細めると、カーテシーで挨拶をするわたしに優しく微笑みかけてくれる。
「まあ、大きくなったわね。ずいぶんと綺麗になって……」
感慨深げに言われて、わたしは違和感を覚えた。
……わたし、第四妃様と面識あったかしら?
もしかしたら記憶にも残っていないほど幼いころにお会いしたことがあるのかもしれない。
でも、王の妃である第四妃が、昔ちらっと顔を見ただけの伯爵令嬢を覚えているものだろうか。
それに、彼女の微笑みからは、社交辞令と言うには親しすぎるものを感じた。
わたしがお母様の隣に腰を下ろすと、お母様がわたしの手をきゅっと握る。その手が微かに震えているようで、わたしはますます違和感を覚えてしまった。
「ねえ、わたくしが持って来たチョコレートを出してくださる? クロエに食べさせたくて、わざわざ取り寄せたものなのよ」
第四妃に言われれば、断ることはできない。
お母様が使用人に命じて、第四妃が持参してきたというチョコレートと、それから新しい紅茶をよういするよう命じた。
紅茶とチョコレートが運ばれてくると、第四妃が笑顔でチョコレートを薦めてくる。
「さあ、召しあがれ。レノックス伯爵夫人も」
「ありがとうございます」
わたしがチョコレートに手を伸ばすと、お母様も躊躇いながらも同じようにチョコレートを手に取った。
甘さの中にも独特の苦みのあるチョコレートだった。
普段食べるチョコレートとは若干味が違う気がするが、これはこれで美味しい。
お母様が紅茶でのどを潤してから、強張った顔で第四妃に向きなおった。
「妃殿下、本日は娘にどのようなご用件でございましょう?」
お母様が訊ねると、第四妃はきょとんとした顔をした。
「用件? そんなの決まっているじゃない。迎えに来たのよ?」
「迎え……ですか? それはいったい……」
お母様が戸惑った声を出したが、戸惑ったのはわたしも同じだった。
迎えに来たとはどういうことだろうか。第四妃と何か約束をした覚えはない。
わたしはお母様と顔を見合わせたが、第四妃はその反応が気に入らなかったようだ。
「まあ、ひどいわ。約束したじゃない」
「お約束、ですか……」
いつそんな約束をしただろうか。
まったく思い出せずにいると、第四妃は焦れたように続ける。
「十年後、迎えに来るって言ったでしょ? どうして覚えていないの? あなたはわたくしをあんなに慕ってくれていたのに……ねえ、わたくしの可愛い娘……」
「妃殿下‼」
お母様が突然声を張り上げた。
驚いたのはわたしだけではなく、第四妃もだった。
目を丸くした第四妃を厳しい目で睨みつけて、お母様がわたしの肩を抱く。
「この子はもう、他の方と結婚の約束をしております」
「まあ! わたくしの可愛い子を裏切るの? ひどいわ、クロエ!」
「裏切る……?」
何を言っているのだろう。戸惑いと――それとは別に、何かもやもやしたものが頭の片隅をよぎった。
何だろう。何か、重要なことを忘れているような――
「この子はわたくしの息子の婚約者よ。迎えに来ると約束したわ。ねえ、クロエ?」
「息子……」
第四妃が産んだ子は第二王子だけ。
そして第二王子は――
「――――っ」
急な頭痛に襲われて、わたしは両手で頭を抱えるとぎゅっと眉を寄せる。
「クロエ!」
お母様が真っ青な顔でわたしの名前を呼んだけれど、頭が痛すぎて、その声もはっきりとは聞こえなかった。
……お母様が何か言ってる。
何を言っているのだろう。何か悲鳴のような――そう、悲鳴。
「ねえ、約束したでしょう?」
第四妃の、チョコレートのように甘い声。
……約束。
…………約束?
――遠くの方から、絹を裂いたような、甲高い悲鳴が聞こえた気がした。
目を見開くわたしの視界で、誰かが微笑んでいる。
床には息絶えた一人の少年が横たわっていて、その奥に、もう一人、目を見開いたまま倒れている女性。
「クロエ――――」
誰かが、わたしの名前を呼んだ。
ごうっと音を立てて、目の前に炎が広がる。
赤くて熱い炎。
ふっと意識を失う瞬間、誰かがわたしを抱え上げた気がした。
そして、意識が闇に沈んでいくわたしの耳に、そっとささやく。
「クロエ……十年後、迎えに行くよ……」
あの声は――
「クロエ‼」
パンッと頬が叩かれて、わたしはハッと我に返った。
顔をあげると、必死の形相をしたお母様の顔がある。
炎も、死体も、どこにもない。
わたしが茫然と第四妃を振り返ったとき、お母様の体がぐらりと傾いだ。
「……お母様?」
ぱたりとわたしに覆いかぶさるように倒れこんだお母様に愕然として、わたしはお母様の肩を揺さぶった。
「お母様⁉ お母さ――」
突如として、くらり、と視界が揺れた。
目の前がチカチカして、急激な眠気に襲われる。
「お眠りなさい」
甘い声に振り返れば、第四妃が艶然と微笑んでいた。
「大丈夫、ただの眠り薬よ」
まるで子守歌のようにささやく第四妃の声にかぶさるように、どたどたと無粋な足音が響いた。
使用人たちの悲鳴が上がって、見知らぬ男たちがサロンの中に押し入ってくる。
「あなたが本来いる場所に、いなければならない場所に、連れて帰ってあげるわ」
わたしはきゅっと唇をかむと、テーブルの上に置かれていたフォークをつかんだ。
そのフォークを、自分の太ももに勢いよく突き立てる。
眠り薬で朦朧としていたため、力いっぱい突き立てたつもりでも、ほとんど力は入っていなかったようだが、太ももに走った痛みは、強烈な睡魔を弾き飛ばすには充分だった。
「わたくしは――」
わたしが口を開いた次の瞬間、邸の中に、野太い悲鳴が上がった。
今度は何が起こったのだろうかと不安を覚えたわたしの耳に、よく知った声が聞こえてきた。
「クロエ‼」
……ああ。アーサーだ。
毎日毎日聞いてきた声だ。姿が見えなくてもすぐにわかる。
アーサーと、彼とともになだれ込んできた騎士たちに、第四妃が悲鳴を上げた。
「拘束しろ‼」
アーサーの怒号に、騎士たちが第四妃と、そして部屋の中にいた見知らぬ男たちを次々に拘束した。
「クロエ!」
アーサーがわたしに駆け寄り、ドレスのスカートににじむ血を見つけて瞠目する。
「怪我を……!」
「アーサー様‼」
わたしは、アーサーの言葉を途中で遮って、彼の腕をつかんだ。
そして、叫ぶ。
「急いでくださいませ! 第二王子殿下が、陛下や王太子殿下の命を狙っております‼」
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