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振り返れば婚約者がいる!~心配性の婚約者様が、四六時中はりついて離れてくれません!~

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「お父様もお父様よ。どうして毎日毎日アーサー様を家に上げるのかしら? っていうか、あの方寝てるの? 何かあればすぐ部屋に飛び込んでくるじゃない!」

 チクチクチクチク。

 イライラしているからか、いつもの二倍ほどの速度でハンカチに刺繍を刺しながら愚痴れば、お茶の準備をしていた侍女のプラムが苦笑した。

「まあまあ。多少いきすぎではありますが、アーサー様はお嬢様のことをとても大切にしてくださっているではありませんか」

「そう、だけど……」

 わたしが一番悔しいのは、あの鬱陶しいくらいに常にそばにいるアーサーのことを、嫌いになれないことだ。

 幼いころからとにかく可愛がってくれていたアーサーに淡い恋心を覚えたのは十を少しすぎたあたり。

 そのころはまだアーサーの異常さに気づいていなかったわたしは、物語に出てくる騎士のようにわたしを守ってくれるアーサーにときめいていた。

 それが、どうも様子がおかしいと気が付いたのが、社交界にデビューするあたりのこと。

 子供のころも、振り返ってみたらアーサーは異常なほど我が家にいた気がするが、社交界デビューをしてから輪をかけてわたしに張り付くようになった。

 邸から一歩外出しようものならすぐに追いかけてきて、友達とお茶会を楽しんでいるときも、ふと振り返れば木の陰に彼が立っている。

 もちろんパーティーには婚約者として彼が同伴し、一瞬たりともわたしをホールドして離さない。

 さすがにこれが異常だと気が付いたわたしは、もちろん本人にもそれとなく言ってみたし、お父様にも進言した。けれども、本人はもとより、お父様も「クロエのことを大切にしてくれる素敵な青年じゃないか」と言って聞く耳を持たない。

「アーサー様のことはもちろん好きよ? でも、よく考えてみて。今からこの調子なら、結婚したらどうなるのかしら? わたくし、一生一人になる時間が持てないかもしれないわ」

 寝るときはまあいいとしよう。しかし、おトイレやお風呂のときまでくっついてきたらどうしよう。そんなことになればさすがに泣く。

「ご結婚すれば落ち着きますよ」

「そうかしら?」

「ええ。ほら、よく言うではありませんか。男性は釣った魚には餌をあげないと」

「…………それはそれで、どうかと思うわ」

 べったり四六時中張り付かれるのも困るが、放置されるのも嫌だ。こんなことを思うわたしは我儘だろうか。

「ふふ、それになんだかんだ言って、お嬢様も姿が見えないと落ち着かないのでしょう?」

「そ、そんなこと……」

「さっきから、糸を変えるたびに視線を彷徨わせていらっしゃいますよ」

 わたしはむーっと口をへの字に曲げた。

 だいたいいつもそばにいるアーサーにも、外せない用事と言うものは存在する。なぜなら彼は騎士団の副団長なのだ。仕事があるのである。

 ……といっても、あまり仕事に行ってる感じはしないけどね。

 今日は会議があるらしくて城に呼ばれているが、会議でもなければ出かけないのだ。それで仕事になっているのだろうか。謎だ。

「ほらほら、アーサー様がお戻りになる前に仕上げてしまうのでしょう?」

「うん」

 わたしは刺繍途中の白いハンカチに視線を落とす。

 はじめて刺繍をしたハンカチをアーサーにプレゼントしたのは十二歳のときだった。

 そのときアーサーの喜びようが嬉しくて、ついつい暇があれば彼のためにハンカチに刺繍をしている。

「それにしても、昨日の夜はすごい悲鳴でしたね。虫でも出ましたか?」

 プラムがわたしの前にティーカップを置きつつ訊ねてきた。

 わたしは針を持ったままふと窓外の青い空を見上げる。

「ううん。違うの。よくわからないんだけど、最近、変な夢を見るのよね……」

 あの夢はいったい何なのだろうか。

 ぼんやりと夢の内容を思い出していたわたしは、プラムが表情を曇らせたことには気が付かなかった。




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