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招集 2

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 謁見の間は、重々しい雰囲気に包まれていた。

 謁見の間には、エイジェリンとウィリアム、それからロバートとグレイスのほかには、フリードリヒとその護衛と側近、そしてもう一人、見ない顔の老紳士がいた。

 誰だろうかと首をひねっていると、ウィリアムがこっそり、先々王だと教えてくれた。ネヴァルトの父親だ。

 先々王は玉座に座るフリードリヒの隣の椅子に座っていた。

 エイジェリンと視線がからむと、先々王はふっと小さく微笑む。

「さてはじめよう」

 フリードリヒが重たい口調で言うと、彼の側近の一人がすっと前に出た。

 そうして、ここにエイジェリンたちが呼び出された経緯と、ロバートとグレイスの罪状が朗々と読み上げられていく。

 顔色を変えたのはロバートだった。

「お、お待ちください!」

 罪状を読み上げる側近を遮るようにして声を上げたロバートは、突然、大演説をはじめた。

 曰く、エイジェリンは当時は本当に病弱で、自分は泣く泣くエイジェリンとの婚約破棄をしてグレイスを結婚した。本当はエイジェリンを愛していて、エイジェリンと結婚したかった。もし許されるなら、エイジェリンとやり直したい――と言うような、びっくりするような内容である。

 エイジェリンが目を丸くしていると、それを隣で聞いていたグレイスが眉をつり上げた。

「なんですって⁉ エイジェリンは面白みもないし色気もない、結婚したくないから婚約を破棄して君と結婚しようと思うんだがどうだろうって言ったのはロバートじゃないの! 第一、エイジェリンに興味がないからって、婚約を解消する前からわたくしと関係を持っていたくせに、どのくちが愛してるですって⁉」

「…………」

 国王の前なのに、大声でまくしたてるように騒ぐ出したグレイスに、エイジェリンは唖然とする。発言を許されたわけでもないのに勝手に話しはじめて、しかも国王陛下に到底聞かせられないようなことを言い出すなんて、本当に何を考えているのだろう。

(……これ、伯爵家全体の罪にならないわよね……?)

 グレイスの不敬が、ハーパー伯爵家全体の罪になったらどうしよう。そんなことになれば、伯爵家を取り潰される可能性だってあり得る。伯爵家がエイジェリンの手に戻ってくるどころか、エイジェリンも投獄だ。

 青くなるエイジェリンをよそに、ロバートとグレイスはさらにエスカレートしていた。もはや、どこからどう見ても、夫婦げんかにしか聞こえない。

 最初はどこか面白そうな顔をして二人を見ていたフリードリヒも、だんだんと面倒くさくなってきたのか、二人を無視して側近に続きを促した。

 ロバートたちの騒がしい声が響く中、先ほどよりも大きめの声で、側近が続きを語りはじめる。

 側近が読み上げる罪状が、エイジェリンの殺害未遂にまで進んだ時、ロバートとグレイスの夫婦喧嘩がぴたりとやんだ。

「お待ちください!」

 焦ったようにロバートが声を上げる。殺人未遂はまずいと思ったらしいが、少しずれている。エイジェリンの殺害未遂よりも、国王陛下への不敬罪の方が重罪だからだ。

「私はそのようなことはしておりません! それはすべて、妻のグレイスが企んだことで、私は一切の関与をしておりません!」

「ちょっと、自分だけ逃げる気⁉ 確かにエイジェリンを殺せばいいって言ったけど、刺すように命じたのはあなたじゃないの!」

「頼むから黙っていてくれないかグレイス‼」

 夫婦喧嘩が再度勃発してしまった。

 エイジェリンの隣でウィリアムが肩をすくめて、フリードリヒに向かって、小さく、親指で首を切るような動作をした。

 フリードリヒは一瞬つまらなそうな顔をしたけれど、すぐに表情を引き締めると、玉座から立ち上がった。

 国王が動いたことで、ロバートとグレイスもさすがに黙る。

「黙れ! 余を謀るばかりか、この期に及んで言い逃れしようとは何事だ!」

(余?)

 突然の芝居めいたセリフに、エイジェリンが目をぱちくりとさせる横で、ウィリアムがやれやれと息をついた。

「余を謀り、まだ十五歳だってエイジェリン・ハーパーからすべてを奪い、あまつさえ殺そうとするなど……そなたらの罪は重い! 沙汰があるまで牢の中でとくと反省するがよい!」

 連れて行け、とフリードリヒが大きく手を振ると、護衛兵士がさっと二人に近づいて身柄を拘束した。

 ロバートもグレイスも口々に何かを叫んでいたけれど、引きずられるようにして謁見の間から連れ出されると、フリードリヒが表情を一転させて「うーん、イマイチだな」と言い出した。

「だから芝居のセリフをそのまま使うのは無理があると言ったじゃないですか」

「そうは言うが、突然喧嘩をはじめるなど思うはずないだろう? 本当だったら、間で口を挟みながら追い詰めてやりたかったのに、おかげであまり楽しめなかった。次に期待しよう」

「次……まだやるんですか」

「機会があればな」

 フリードリヒは無邪気に笑って、それから隣の先々王に視線を向けた。

「おじい様、もうかまいませんよ」

 フリードリヒがそう声をかけると、先々王は苦笑して頷く。

「大とり物が見られると聞いたのに、やけにあっさり終わったな」

「もっと派手にするつもりだったんですけどね。残念です」

 先々王は「ほどほどにしておきなさい」と言ってから立ち上がると、五段ほどある階段をゆっくりと降りてきて、エイジェリンの前に立った。

「君が、エイジェリン・ハーパーだね」

「は、はい!」

 まさか先々王自らに声をかけてもらえると思っていなかったエイジェリンは、緊張のあまり声が上ずってしまった。

 隣のウィリアムが「落ち着いて」と肩を叩く。

 先々王が、エイジェリンの両手を取った。そして、左手の親指にはまっている指輪を見て目を細める。

「ネヴァルトを見つけてくれてありがとう。もうあきらめていた息子が戻ってきて……本当にうれしかった。君のおかげだ。本当に、ありがとう」

 ぎゅっとエイジェリンの手を握る力の強さが、先々王の思いの深さを表している気がする。

(ネヴァルト王子……あなたは乳母だけではなくて、お父様にも、深く愛されていたのよ……)

 ネヴァルトに伝わるだろうか。先々王のこの想いが。エイジェリンの手を握り、親指にはまる指輪を撫でる先々王は、「王」ではなく「父」の顔をしている。王であった彼は、ネヴァルトの生前、彼とともにいる時間を多くとれなかったのかもしれないけれど、確かに息子のことを愛していたのだ。

 先々王は何度もエイジェリンに感謝を述べて、一足先に謁見の間から立ち去った。

 先々王がいなくなると、フリードリヒが立ち上がって階段を下りながら言った。

「部屋を移そう。君の伯父夫婦のことについても話しておかないとね」

 エイジェリンの体が、先ほどとは違う緊張に強張った。
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