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湖には魔物がすんでいる!?

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 マーシュが知る限り、はじめて川で遺体が上がったのは、およそ半年前。木枯らしが吹きはじめた初冬のころのことだ。

 その日のことを、マーシュは今も鮮明に覚えている。

 その日の朝は特に冷え込んで、まだ薄暗いうちから目を覚ましたマーシュは、寒い寒いと腕をこすりながら、派出所のなかの暖炉に火を起こし、薪をくべた。

 やがて部屋が暖かくなってくると、暖炉で沸かした湯を使って紅茶を煎れ、このあたりの特産であるリンゴのジャムを落として飲んだ。リンゴの収穫時期になると、形が悪いものや小さいもの、傷になっているものなど、出荷できないものを集めては、ウォール村の女たちがジャムに加工して販売している。

 町でもそれらが販売されているのだが、毎年、マーシュのもとへは村の女の子が差し入れに届けてくれていて、それがまだたくさん残っていた。

 紅茶にリンゴジャムを落として飲むとうまいことに気がついたのは最近だ。うまいのだが、パンに塗る以外に使い道のなかったリンゴジャムの新たな消費方法に感動したのを覚えている。

 マーシュは紅茶で体の芯を温めると、派出所の部屋の隅にある木でできた長椅子に横になり、もうひと眠りすることにした。

 二階は暖炉がなく、一階の暖炉の熱が上がるまで少し時間がかかる。それなら、一階で眠った方が暖かくていい。

 派出所の入り口は閉めているし、事件らしい事件もない平和な町だ。こんな朝っぱらから警官に用のある者もいないだろう。しばらくは眠っていても問題ない。

 そう思って目を閉じたのだが、うとうとする間もほとんどなく、マーシュは派出所の戸を叩く音にたたき起こされた。

「マーシュさん! 大変です! マーシュさんっ!」

 声は、近所に住んでいるパン屋の親父のものだった。この親父の作るパンが美味くて、売れ残ると差し入れてくれるため、マーシュはいつも夕方になるとそわそわする。

 しかし、密かに猫親父と呼ばれるほどのんびりしているパン屋の親父にしては、妙に焦っている様子だ。それも、こんなに朝早くから――、何か事件的な匂いを感じて、マーシュは眉間に皺を寄せた。

 マーシュが派出所の入り口を開けると、パン屋の親父は夜着の上に厚手のコートを羽織った姿で立っていた。

「どうしました、そんなに慌てて」

 首を巡らせると、こんなに朝早いというのに、道には親父のほかに何人も人が出ては、何やら落ち着かない様子。

 親父は表情を強張らせて、軽く恐慌状態になっているのか、髪をかきむしって叫んだ。

「死体が――、川から死体が上がったんです!」
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