マッドハッターの気ままな事件簿~ドSな帽子屋は一人の少女を溺愛する~

狭山ひびき@バカふり160万部突破

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湖には魔物がすんでいる!?

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 ヴィクトールが帰ってきたのは、スノウが予想していた通り夕方だった。

 スノウが庭師と作った花冠をヴィクトールの頭に乗せて満足そうに笑うと、ヴィクトールは少し困った顔をしたが、銀色の髪にのった花冠を取ろうとはしなかった。

 ヴィクトールが作った夕食を食べ、一緒にお風呂に入ったあと、ベッドの上に上体を起こして本を読んでいるヴィクトールの隣に寝そべって、スノウは今日あったことを話しはじめる。

 その話を聞きながら、ヴィクトールはベッド脇の小さなテーブルの上においた花冠を見やった。

 さすがに風呂にまで持って入れないので、スノウは風呂に入るときにヴィクトールの頭から花冠を取ることに納得したのだ。

 だが、スノウが一生懸命作ったものを捨ててしまうのは忍びなく、枯れてしまうまでは手元においておこうと、ヴィクトールはベッド脇のテーブルにおいたのである。

 そのテーブルの上にはクローバーの花冠のほかに、デカンタに入った赤ワインがおかれている。

 好きに飲んでいいと言われている地下のワイン庫から、熟成度合いが浅く、また口当たりが軽くて甘いものを厳選してきたのだ。

 ヴィクトールは熟成されて重たい口当たりの赤ワインを好むが、スノウがほしがってもいいように、彼女にも飲みやすいものを選んできたのだ。

「庭師のお爺さんか――、ポールさんだな」

「ポールさんっていうの?」

「ああ、バグリーさんが教えてくれた。庭師がポールさん、掃除婦のおばさんがサバンナさんだよ」

 スノウは「ポールさんポールさん」と口の中で何度も繰り返した。どうやら庭師の老人によほど懐いたようだ。明日にでも会ったらちゃんと名前を呼んで挨拶をすると意気込むスノウの頭を撫でて、ヴィクトールは手元の本を閉ざした。

 デカンタからグラスにワインを注ぎ、スノウを引き寄せて膝の間に座らせると、後ろからぎゅっと抱きしめる。

 風呂にリンゴ園でもらったリンゴの花を入れたからか、スノウの首筋からはほんのりと甘いリンゴの香りが漂っていた。

「それで、ポールさんのお孫さんの友達も、魔物に殺されてしまったの?」

「うん……、きっとそうだって言ってた。かわいそう……」

 切なそうに瞳を揺らすスノウの頭のてっぺんにキスを落として、ヴィクトールは考え込む。

 スノウには告げていないが、ヴィクトールは今日、湖に住むという魔物の噂を調べていた。もちろん、スノウが楽しみにしている舟遊びをするためだ。

 かき集めてきた話の中に、一月半前に犠牲になったというアガートという十五歳の少女の話があったが、おそらく庭師の孫娘の友人はアガートのことだろう。

 アガートは、明け方近くに、村がある場所よりももっと下流のあたりの川岸の岩に引っかかっているのを発見されたそうだ。

 川を流れているときにあちこちにぶつけたのか、全身傷だらけで、優秀な医師のいないこのあたりで死因の特定がされることもなく、魔物の犠牲者として片づけられたという。

 しかし、情報を集めていて思ったが、昨日の早朝に出た犠牲者を含めて、半年で六人――。この小さな村と町しかない一帯で、さすがに多すぎやしないだろうか。

 しかも、六人が六人とも、川で遺体が発見されている。

 馬鹿の一つ覚えのように、ヴィクトールが話を聞いた人は「魔物」「魔物」と口をそろえて言うが、魔物の一言で片づけていいとは思えない数の犠牲者だった。

(やれやれ……、意外と面倒かもしれないな)

 スノウとのんびりするつもりだったのに予定が狂った。だが、スノウが湖に行きたいのだから仕方がない。

 ヴィクトールはワインの入ったグラスに口をつける。

 ワインと一緒に持ってきていた干した杏子をスノウの唇に押し当てれば、彼女は可憐な唇を素直に開いた。

 もぐもぐと頬を膨らませて大きめの杏子を頬張っている姿が何とも言えず愛らしい。

 杏子を食べて喉が渇いたのか、物欲しそうな顔をして、スノウはヴィクトールの持つグラスに視線を注いだ。

「飲む?」

「ん!」

 スノウがキラキラした顔でワイングラスを受け取る。

(そういえば……、スノウに酒を飲ますのは、これがはじめてだったかな)

 ヴィクトールも、普段アパルトマンでは酒は飲まない。そのため、食事の時に酒を出すことはなく、結果スノウも一度も口にしたことはないはずだ。

「スノウ――、一気に飲んではいけないよ」

 グラスに半分も残っていなかったとはいえ、飲みつけないものを一気の飲ますのはまずいだろう。

 そう判断して忠告したのだか――、甘くて飲みやすかったのか、そのときにはすでに、スノウはワインを一気に飲み干して、グラスをからにしてしまっていた。

「おいしぃ!」

 顔を赤く上気させて、スノウがヴィクトールにお代わりを要求する。

(あれ、意外と酒に強い……?)

 ヴィクトールはスノウの持つグラスの半分ほどの高さまでワインを注いだ。

 ぐびぐびとスノウがそれを飲む姿を見て、これは意外だったと思ったとき。

「―――!?」

 突如、ぐらりと揺らいだスノウの体を、ヴィクトールは慌てて支えた。グラスを取り上げてテーブルの上におき、スノウの顔を覗き込めば、瞳が潤んでぽやーんとしている。

「あれー? ふわふわするのー」

 ヴィクトールは額をおさえて嘆息した。

 意外と強いかと思ったが、全然だった。

 頬を赤く染めて、本人は無自覚だろうが、うるうると潤んだ目でヴィクトールを見上げてくる様は――、誘っているとしか思えない。

 理性の糸がブチ切れそうになるが、ヴィクトールはぐっとこらえて、スノウを横抱きに抱えなおした。

「気分は悪くない?」

「んー、きもちいぃ」

 スノウは、すりすりとヴィクトールにすり寄る。

(弱すぎるだろう……)

 気持ち悪くならないだけよかったが――、酒に強く、滅多に酔うことのないヴィクトールは、マタタビを与えられた猫のようにくてーんとしているスノウに戸惑う。

 可愛いけれど理性がヤバいとヴィクトールが唸ったとき――

「スノウ!?」

 いきなり膝の上のスノウが服を脱ぎだしはじめて、ヴィクトールは目を見開いた。

「あつぃ……」

 ぽいっとナイトドレスを脱ぎ捨てて、下着まで脱ごうとしはじめたスノウの手を押さえつけて、ヴィクトールは「風邪をひくから!」とそれらしいことを言ってみるが、実際のところは「我慢できなくなるからやめてくれ!」だった。

(ああっもう! どうなっても知らないぞ!?)

 さすがのヴィクトールも、酒に酔ってふわふわしているスノウに襲い掛かるような真似はしたくない。

 ヴィクトールはスノウをベッドに寝かせると、「暑い暑い」と文句を言う彼女に問答無用で薄いシーツをかぶせて、ぽんぽんと腹の上を叩いた。

「もう寝なさい」

「んー」

 スノウは不満なのか、口を尖らせる。

 ヴィクトールは尖らせたスノウの唇にキスを落として、嘆息した。

「いいかいスノウ、今後、一人でお酒を飲んではいけないからね?」

「……む?」

「絶対ダメだからね。わかった?」

「……うん」

 わかっているのかいないのか、スノウは赤い顔でこくんと頷いて、それからふにゃりと笑い、シーツの隙間から両手を伸ばした。

「ヴィー……」

「うん?」

「だっこ」

「―――」

 ヴィクトールは、頭の隅の方で、理性の糸がブチンと音を立てて切れる音を聞いた。

 次の瞬間――

 ヴィクトールがスノウに覆いかぶさって、その愛らしい唇を激しく奪ったのは、言うまでもない。
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