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湖には魔物がすんでいる!?

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「それでね、湖に行けなくなったの」

 庭師のお爺さんと並んで草の上に座って、スノウはせっせと花冠を編んでいく。

 花冠を編みながら、昨日、リンゴ園で教えられた「湖の魔物」のせいで湖に行けなくなったのだと拗ねたように告げれば、庭師は少し淋しそうに眉尻を下げた。

「そうじゃのぉ……、湖の魔物は危険じゃからのぉ」

「魔物さんって、人をむしゃむしゃ食べちゃうんでしょう?」

 すると庭師は目を丸くして、ちょっと笑った。

「むしゃむしゃか……。それはどうかわからんが、魔物のせいで死んでしまった村人は何人もおるからの」

 わしの孫娘の友達も、先月被害にあって遺体で見つかったんじゃよ――、と庭師が言えば、スノウはびっくりして編みかけの花冠を取り落とした。

「お爺さんのお孫さんのお友達、死んじゃったの?」

「ああ、川から遺体が上がったんじゃよ」

「川!?」

 スノウは近くに流れる小川に視線を向けて、「ぴぃっ」と悲鳴を上げる。

 庭師は「ここじゃぁないし、こんなほそっこい小川で人は溺れやせんわい」と笑った。

 スノウはホッとして、落とした編みかけの花冠を拾い上げて、作業を再開する。

「お爺さんのお孫さんのお友達は、魔物さんに殺されちゃったの?」

 昔――

 ヴィクトールと出会うよりずっとずっと昔――、スノウは、とても怖い「ご主人様」のところにいた。

 スノウはまだ小さい子供で、スノウのほかにも同じくらいの子供たちがたくさんいたが、ご主人様の機嫌が悪いときには、スノウを含めて、子供たちは鞭で打たれたり、冷たい水の張った桶に頭と突っ込まれたりと、たくさん意地悪をされた。

 その中で、鞭で打たれた怪我が化膿して熱を出し、そのまま命を落とす子供や、水の張った桶に頭を入れられて窒息死してしまった子供もいて――、当時、スノウはとても「死」に近い場所にいた。

 だから、人が死ぬということは知っているし、とても悲しいことだとわかっている。

 スノウは十五歳くらい――自分の誕生日は知らないので、おそらくそのくらい、という曖昧な記憶だが――の時に別のご主人様のところに売られてしまったから、もとのご主人様や一緒にいたほかの子たちがどうなったのかは知らない。

 けれど、もしかしたら、魔物と言うのは、その「ご主人様」のような人のことを言うのではないかと、スノウは思った。

「さて……、そうじゃないんかと、村のみんなは言うがね」

「その子……、かわいそう……」

 スノウは昔のことを思い出し、ご主人様にひどい目にあわされて命を落として「友達」の顔を思い浮かべる。

 きっと、庭師の孫の友達も、ひどい目にあって殺されてしまったのだと思うと、ぽろぽろと涙があふれてきた。

「お嬢ちゃん、どうした!?」

 スノウがぐすぐす泣きはじめると、庭師は慌てて、ポケットから皺だらけのハンカチを取り出してスノウに渡す。

 スノウは庭師に借りたハンカチに顔をうずめて「ひーん」と泣いた。

 庭師はおろおろしはじめて、「そうじゃ! 昔話をしてやろうな!」とスノウの頭を撫でる。

「昔話……?」

 スノウが泣きぬれた顔をハンカチからあげると、庭師はこくこくと頷いて、「昔むかし――」と話しはじめた。

 まるでぐずる幼子の機嫌を取るようにはじめられた昔話だったが、スノウは目を潤ませたままじっと庭師の話に耳を傾ける。

「昔――、この前の戦争よりももっと昔のことじゃが、このあたりには、当時世間を騒がせていた怪盗の隠れ家があると噂されていてのぉ」

 この前の戦争と聞いて、スノウはビビアンから聞いた二十一年前にはじまり、十八年前に終わった、エルドーリア国との戦争を思い浮かべた。

 エルドーリア国はロゼインブルグ国の南東にある国で、戦争に負けて、今はロゼインブルグの植民地にされていた。

 エルドーリア国を治めていた国王やそのほかの王族はすべて処刑されてしまったと聞く。

 戦争が終わったとき、スノウは赤子だったはずだし、なによりロゼインブルグがエルドーリアに侵略してはじめた戦争だったので、ロゼインブルグ国内に目立った混乱はなかったそうだ。

 スノウはビビアンから断片的に聞いた昔話のような戦争の話しか知らないので、詳しくは知らない。知っておいた方がいいのかと、ヴィクトールに訊ねたことがあるのだが、彼がそのとき「そんな悲しいことはスノウは知らなくていいんだよ」とつらそうな表情を浮かべていたため、スノウは聞いてはいけないことなのだと認識していた。

「怪盗さんって悪い人?」

 スノウが涙を止めて、興味津々な様子になると、庭師はホッと胸を撫でおろした。

「さて――、わしも子供のころじゃったからよくわからんがね。ただ、神出鬼没で、貧乏人からは盗まんかったから、意外とわしらのような貧乏人には人気があったのぉ。どこどこに怪盗が出たと聞くたびに、今度はどんな盗みをしたんかと、わしも子供ながらにわくわくと話を聞いたもんじゃ」

「怪盗さん、人気者……?」

 悪いことをしているのに人気者なのかと、スノウがうーんと悩みはじめる。

 庭師は苦笑しながら話を続けた。

「その怪盗じゃが、あちこちに隠れ家を持っていたと言われておっての。その一つが、このあたりにあるんじゃないかと言われていたんじゃ。もっとも、いくら探してもそれらしいもんは出てこんかったし、怪盗の話も、もうわしらみたいな年寄りしか覚えてはおらんけどなぁ」

「怪盗さんの隠れ家なら、盗んだものがいっぱいあるの?」

 スノウが無邪気に訊ねれば、庭師は顔をくしゃくしゃにして楽しそうに笑った。

「そうじゃそうじゃ、きっとあるじゃろうな。お宝がわんさか。夢みたいな話じゃのぉ」

「お宝? 宝探し?」

「おや、お嬢ちゃんは宝探しに興味があるんかい?」

「うん! たまに、ヴィーがお菓子をどこかに隠すから、こっそり探すの! 見つけるとうれしいの。それに、ヴィーがちょっと困った顔をするから、楽しい」

「そうかいそうかい。お嬢ちゃんはかわいいのぉ。案外、お嬢ちゃんみたいな子の方が、あっさりお宝を見つけそうじゃの」

「見つけたらお爺さんに半分あげるね!」

「半分か! そりゃあ気前がいいのぉ!」

 はっはっは、と声をあげて笑いはじめた庭師に、スノウは「おかしなことを言ったかな?」ときょとんと首を傾げる。

 そのあとしばらく庭師と他愛ない会話を楽しみながら、スノウはヴィクトールのための花冠を完成させた。
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