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湖には魔物がすんでいる!?

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「ヴィー! いっぱい緑!」

 馬車の窓に額をつけるようにして外を見やりながら、スノウがはしゃいだ声をあげた。

 窓外には青々とした麦畑が広がっている。穂が出て、花が咲いているようだから、あと二か月もしないうちに黄金色の畑にかわるだろう。

 収穫時期である初夏になる前には王都に戻っているはずだから、スノウが一面の黄金色の畑を見ることはないだろうが、きっとその光景をみたとしても、今のように嬉しそうに笑うのだろうと思うと微笑ましくなる。

 ヴィクトールは、スノウを連れて、シオン・ハワードから一月ほど借りた、ハワード家の別荘の一つに向かっていた。

 このあたり一帯は麦とリンゴが特産で、山と森に囲まれたのどかなところだった。そこそこ大きい湖もあるという。

 それほどしっかり道が整備されていないので、馬車がガタガタと揺れるのはいただけないが、スノウが馬車酔いしていないのが救いだった。

「奥にはリンゴ畑があると思うよ。道から離れているから、馬車の中からは見えないかもしれないけれど、ちょうど今頃白い花が咲いていてきれいだと思うよ」

「リンゴの花?」

「見たい?」

「うん!」

「じゃあ、明日にでも見に行ってみようか」

 別荘まではあともう少しでつくだろうが、もう日が傾きはじめている。この足でリンゴ畑まで向かうのもしんどいので、ヴィクトールが明日と言えば、スノウは満面の笑みを浮かべた。

 ヴィクトールはスノウを引き寄せて、サラサラの焦げ茶色の髪を撫でる。

 馬車の中なのでヴィクトールはシルクハットをかぶっておらず、銀色の髪を肩に流したままにしていた。

 ヴィクトールとスノウの向かいの席には、それぞれケージに入った白いハムスターと鳩がいる。

 ハムスターを「チュー」、鳩を「クック」と、スノウが名付けたヴィクトールの相棒たちは、揺れる馬車の中でも平然と眠っていた。

 頭を撫でられて、スノウはすりすりとヴィクトールにすり寄った。

「ヴィー、一か月はお仕事ない?」

「うん、スノウとゆっくりする予定だよ」

 すると、スノウは嬉しそうに焦げ茶色の丸い瞳を細めて笑う。

(あー……、かわいい!)

 ヴィクトールがたまらずスノウを力いっぱい抱きしめると、腕の中でスノウが「ヴィー、くるしぃー」と文句を言った。

 腕の力を緩めると、スノウが腕の中で顔をあげる。

「湖っていうおっきな水たまりがあるんでしょ?」

「ん? 湖はあるけど……水たまり? 誰がそんなことをいったの?」

「ビビアンさん!」

 スノウが、王都に借りているアパルトマンの管理人で、パン屋も経営している中年の女性の名前を出せば、ヴィクトールは苦笑した。

「言いえて妙なところが面白いけどね。湖はね、水たまりの何百倍何千倍も大きいんだよ」

「……む?」

 スノウは首を傾げる。

 どうやら想像がつかないらしい彼女は、うーんうーんと首を傾けたまま唸った。

 その姿が可愛くて、ヴィクトールは皺を寄せて考え込んでいる彼女の眉間にちゅっと口づける。

「湖には魚も泳いでいて、舟を浮かべて遊ぶこともできるね」

「ふね?」

 ぱっとスノウの眉間の皺が消えた。

「ヴィー、舟乗りたい!」

「じゃあ、湖で舟遊びもしようね」

「うん!」

 スノウはきらきらと子供のように瞳を輝かせる。

 ヴィクトールは、報酬がわりにシオンから別荘を借りてよかったと、にこにこと笑うスノウの頬をつつきながら思ったのだった。
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