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攫われたオーレリア 3

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 どこか倉庫のようなところだと思った。

 と言っても中はがらんとしていて、からっぽの木箱が数個積んであるだけである。

 御者のロバートともに、縛り上げられたオーレリアは、禿げた頭二人にこの場所に連れてこられた。

 男たちはオーレリアとロバートをここへ閉じ込めたあとでどこかへ行ってしまったけれど、足まで括りつけられているから逃げ出すこともできない。

 オーレリアは口は自由だが、ロバートは可哀そうに、まだ猿轡を噛まされたままだ。縄を歯でかみ切ることを警戒されているのかもしれないが、こんな太い縄をかみちぎるのは到底不可能だろう。

(どうしたらいいのかしら……)

 男たちの目的が何かは知らないが、こうして誘拐するくらいだ、ろくでもないことは確かである。

 連れてこられる途中は目隠しをされたが、それほど長い時間ではなかった。つまりサンプソン公爵領のどこかであることは確かだ。

 サンプソン家には馬車も馬も残されているはずだから、近いうちに誰かが不審に思って、探そうとしてくれるだろう。どうにかしてここにオーレリアたちがいることを伝える方法はないだろうか。

「ねえロバート、あなた、あの禿げ頭たちに見覚えある?」

「んんん」

 猿轡をかまされたロバートが首を横に振る。知らないらしい。

「わたしも知らないの。いったい何が目的なのかしら。お父様もお兄様も、あんな怪しげな人たちと関わり合いになるはずないもの。……そうなると、叔父様かしらね」

 消去法で行きついた答えだが、逆にそれしか思いつかなかった。

 叔父が借金をしている誰かだろうか。よくないところに借金をしているようだとギルバートが言っていたし、金を返さない叔父に腹を立てて、オーレリアを誘拐したのかもしれない。

(とんだとばっちりだわ!)

 オーレリアには関係ないのに、迷惑にもほどがある。

(だいたいなんで禿げ頭なのよ。わざわざ剃る必要ある? 最近の金貸し業の人は禿げが流行しているの? 禿ってだけで怖そうに見えるからやめてほしいんだけど)

 禿げ頭にひるまなかったら、体当たりで抵抗くらいはできたはずだ。人相が悪そうだと怯えてしまったからあっさり捕まってしまったのである。

(ここから逃げられたらあいつら捕まえて頭に落書きしてやるんだから!)

 オーレリアが禿げ二人に怒りを募らせていると、ガタガタと倉庫の扉が音を立てた。この扉は立て付けが悪いようで、男たちが出て行くときも大きな音がしていた。

 誰か来たのかと顔をあげると、現れたのは禿げではなかった。だが、何というか、黒髪のオールバックで、こちらもとても人相が悪い。

(変なのばっかり!)

 オーレリアはキッと男を睨みつけつつ、じりじりと座ったまま後ずさりする。縛られた足を動かしているとドレスのスカートの中が見えそうだが、そんなことは言っていられない。とにかくあの怖そうな男から少しでも距離を取りたかった。

 しかし、睨みつけるオーレリアをおかしそうに見やった男は、遠慮なく距離をつめてくる。

 すぐ目の前まで来ると、男はオーレリアのそばにしゃがみこんだ。

「そう警戒するなって。金さえ手に入ればちゃんと返してやるからさ」

 やっぱり金貸し業の男だったらしい。

「こっちも困ってんだよ。お前の叔父さんはさ、借りるだけ借りてちっとも返さねえし。問い詰めれば、そのうち伯爵家が手に入るってそればっかり言うんだが、一向にそんな気配はねえだろ? だったら手っ取り早く返してもらえる方法を取るしかねえよな?」

「……つまり?」

「姪なら姪らしく、叔父さんの借金を返しましょうねってことだ」

 冗談じゃない。よりにもよって、オーレリアの大切な家を奪い取ろうとしている叔父一家の借金を返してやらねばならないのだ。

「いやよ!」

「そう言うなって。怪我したくねえだろ? ぶっちゃけ金さえ返してもらえりゃあ、おじさんたちはそれでいいわけだ。可愛い顔にちょーっと傷つけるくらいならわけねえんだぜ? わかったら、占めて金貨千二百枚、耳をそろえて返してくれねえ?」

「千二百枚⁉」

 どうやったらそんな大金を借りることになるのだろうか。オーレリアは唖然とするが、どうやら嘘でもないらしく、男は叔父のサインが書かれた借用書を取り出した。

「ほら、ここに書いてあるだろ。金貨千枚の借用書。利子含めて千二百だな。言っておくけど、トイチで貸すような悪徳なことはしてねえんだぜ? これは正当な利子だ。わかるだろ?」

 借りた年月日は今から一年前。一年で二割なら、妥当な利子だろう。

(でも、ってことは、叔父様たちは金貨千枚を一年で使ったってこと……? どうやったらそんな無駄遣いができるの⁉)

 伯爵家を維持しなくてはならないバベッチ家でも、一家だけで金貨千枚も使わない。使用人たち全員の給料を含めて、そのくらい行くか行かないかというところだ。それを一家三人で使ってしまうなど、どれだけ贅沢をしていたか手に取るようにわかる。信じられない。

 叔父は複数のところに金を借りていたと聞いた。彼らだけではないのだ。どれだけの借金があるのか――オーレリアは眩暈を覚えた。

「わたしには関係のないことだわ」

「お嬢ちゃんはそうかもしれないけど、俺たちはそうは思わないんだな、これが。だってあれだろ? お嬢ちゃんが家から出て行ってくれれば、その財産はお嬢ちゃんの叔父さんたちのもの。お嬢ちゃん家には、俺たちの借金も耳をそろえて返せるだけの財産があるよな? だけどお嬢ちゃんはなかなか出て行かない。だからこうするしかないんだわ。もちろん、お嬢ちゃんが借金を全部返してくれたら、家を取り上げるようなことはしないぜ? いい話だろ?」

 どこがいい話だ。いいわけあるか。

「ほら、お嬢ちゃんの従妹のコリーンだっけ? あの頭の弱そうなおこちゃまは、お嬢ちゃんを攫ったら全部返してくれるって言ったんだけど、ぶっちゃけ俺たちはそれを信用してないわけよ。だからさ、お嬢ちゃんが約束してくれたら、コリーンのことは無視して、今すぐここから出してあげるぜ?」

 なるほど、彼らはコリーンとグルだったらしい。もっとも、彼らはコリーンをただ利用しただけのようだけど。

(冗談じゃないわ。確かに家には金貨千二百枚くらい返せるお金はあるでしょうけど、あのお金はうちの管轄地が不作に陥ったときに出すお金も含まれているのよ。簡単に言わないでよね)

 領主から一区画を任されている以上、そこで生きている人たちの生活はバベッチ伯爵家が守る義務がある。そのための蓄えだ。金貨千二百枚で底をつくようなことはないけれど、彼らに金を渡したら最後、あちこちにいるだろうエイブラムの借金先が次々と返済を迫りに来るに決まっている。

 絶対にお金は渡さないし、叔父一家にもバベッチ家を奪われるわけにはいかない。あちこちで大金を借りて回るような叔父一家の手に渡れば、あっという間にバベッチ家は破産してしまう。

「お断りだわ!」

 オーレリアがきっぱりと言い切ると、男はがしがしと頭をかいて、はーっと息を吐いた。

「だからさ、お嬢ちゃん……」

 男の手が伸びて、オーレリアの顎を強くつかんで引き寄せる。

 手足を縛られているオーレリアはその場で体勢を崩して転がった。無理やり顎を上向かせられるから首が痛い。

「怪我したくねぇだろって、俺は言ったよな?」

 男の声がぐっと低くなる。

 恐怖に背筋が震えたけれど、オーレリアはここで屈するわけにはいかないのだ。オーレリアはバベッチ伯爵家の当主にはなれないけれど、伯爵家で育った矜持がある。大切な伯爵家の財産を、こんな男にくれてやるわけにはいかないのだ。

 至近距離で男と睨み合う。借用書に書かれた利子の割合を見る限り、金貸し業とはいえ、この男はそれなりにまっとうな商売をしてきたようだ。さすがに殺人にまで手を染めるようなことはないだろう。せいぜい、脅して多少怪我をさせられるくらいだと思う。そのくらい、オーレリアは耐えて見せる。

 オーレリアがここで時間を稼いでいたら、馬車と馬が残されたままなことに気がついて、きっとサンプソン家の誰かが探しに来てくれる。この男も捕まりたくないはずだから、捜索隊が動いたとわかれば諦めて去るだろう。それまで耐えきれればオーレリアの勝ちだ。

「強情だね、お嬢ちゃん」

「それだけが取り柄なのよ」

 言い返せば、男がクツクツと喉の奥で笑う。

「俺はお嬢ちゃんみたいな子は嫌いじゃねえぜ? でも、こっちも商売なんでね」

「商売だって言うなら、まっとうに取り立てればいいじゃない。わたしではなく、叔父様に」

「それができてればこんな面倒なことしなかったと思わねえか?」

「違いないわね。でもわたしには関係ない」

 どうでもいいけれど本当に首が痛い。いい加減顎から手を放してくれないだろうか。

「そう冷たいこと言うなよ。身内だろ?」

「初対面でいきなりわたしの家を奪い取ろうとする人間が身内なものですか。血のつながりがあるだけでも不快だわ」

「言うねえ」

 男はようやくオーレリアの顎から手を放した。

 オーレリアは転がるようにして体を起こす。その際にロバートと目が合えば、彼はぶんぶんと横に振っていた。多分、もう挑発はやめろと言い出いのだろう。オーレリアだって楽しくて挑発しているわけじゃない。この男がわからず屋なのが悪いのだ。

「だいたい、さっきの借用書にだって、連帯責任者の欄にうちのサインはなかったわ。取り立てなら連帯責任者にすればいいじゃない」

「それが逃げちまっててねえ、捕まらねえんだわ」

「それこそ、わたしには関係のない話だわ!」

「違いねえな。でももうほかに方法がなくってなあ」

 男は楽しそうに笑う。そして、ポンと手を打つと、いいことを思いついたとばかりに指を一本立てた。

「じゃあ、こうしようぜ。妥協案だ。お嬢ちゃん、俺と結婚しよう」

「――はあ⁉」

 オーレリアは唖然としたけれど、男はかまわず続けた。

「お嬢ちゃんが結婚すれば、伯爵家はその結婚相手のものだろ? 俺は金が手に入るし、お嬢ちゃんも家を失わずにすむし一石二鳥じゃねえか。お嬢ちゃんみたいな気の強ぇ女、嫌いじゃないしなあ。いっとくけど俺、これでも結構有能なんだぜ?」

「有能な人間がどうして誘拐なんてするのよ」

「それが一番効率よく金を手に入れられると思ったから」

 悪びれず男は言った。

「俺は金儲けが得意だぜ? お嬢ちゃんの家も潤って万々歳だろ?」

 やめてほしい。頭が痛くなってきた。誘拐なんて犯罪に手を染める夫など願い下げだ。第一、オーレリアはラルフと結婚したいのだ。冗談にしても笑えない。

(だいたい妥協案で結婚とか舐めてんのかしらこの男)

 妥協してやると言われて喜んで結婚する女がどこにいる。何が有能だ。馬鹿か。

「結婚したいならコリーンと結婚すれば。気が強い女が好きならちょうどいいじゃない。それで借金を帳消しにしてあげなさいよ」

「やだね、あんな子豚みたいな女。頭も悪そうだしな。俺にだって選ぶ権利はある」

「わたしにも選ぶ権利はあるわよ」

「ああ言えばこう言う」

「お互い様ね」

 つんっと顎を逸らせば、男は大きな声で笑いだした。何が楽しいのか、オーレリアにはさっぱり理解できない。

(捜索隊、まだ動かないのかしら……)

 そこそこ時間が稼げたと思う。攫われたからここまでの移動時間を考えれば、サンプソン公爵家からそれほど離れていないはずだ。近くの捜索がされていてもおかしくない。

(このあたりで何か目立つ音を立てたいんだけど……使えそうなものはないし……)

 大きな音がすれば、近くに捜索隊がいれば集まってくるだろう。

 かくなる上はと、オーレリアは目の前の男に殴られる覚悟で大きく息を吸い込んだ。そして――

「きゃあああああああああああ――――――‼」

 いまだかつてないほどの大音量で、悲鳴を上げた。

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