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攫われたオーレリア 1
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「まあ、……こうなることはわかっていたんだけどね」
翌日、サンプソン家を訪れたオーレリアが、ラルフの求婚を受け入れたい旨を伝えると、ギルバートはそう言って肩をすくめた。
「ギルバート様……その、すみま……」
「謝らないで。謝られると、すっごくみじめな気持ちになるから」
オーレリアの謝罪を遮ったギルバートは、微苦笑を浮かべるとオーレリアの頭をポンと叩く。
パーティーの時でギルバートに求婚された庭のベンチにオーレリアと並んで座っていたギルバートは、静かに立ち上がって何気なさを装って空を仰いだ。
「今日は雨が降るのかな」
オーレリアもつられて空を見上げれば、灰色の雲がかかっている。雲の切れ目に、たまに日差しが差し込むものの、すぐに陰って、ギルバートの言う通りもうじき雨が降りそうだ。
「雨が降る前に早く帰った方がいいよ」
「……ギルバート様」
「オーレリア、そんな顔をしなくても、僕と君の関係はこれからも変わらないよ。これまでと同じように、君はずっと大切な友人だ。……さっきも言ったけどね、ラルフが僕の目の前で君に求婚した時から、わかっていたんだよ。ああ、君はラルフを選ぶだろうなって。ラルフが何も言わなかったならもしかしたら僕を選んでもらえたかもしれないけど……。君自身が気が付いていなかっただけで、君は昔からラルフが一番なんだ」
ギルバートがオーレリアに手を差し出す。
ギルバートの手を握ると、ぐいっとベンチから立ち上がらせられた。
「でもやっぱり、フラれた日くらい一人になりたいから、君は早く帰った方がいい。雨が降りそうなのは本当だから、道がぬかるむ前にね」
ぬかるんだ道は、馬車の事故が起こりやすい。両親と兄を乗せた馬車は、大雨の日に滑って事故を起こした。
オーレリアはギルバートの求婚を断りに来たのに、そんな失礼な女を気遣ってくれる彼の優しさに、オーレリアの心がぎゅっと苦しくなる。
ギルバートにぺこりと頭を下げて立ち去ろうとしたオーレリアの背中に、ギルバートが思い出したように声をかけた。
「オーレリア。……君の叔父一家のことだけど、兄上が調べたところ、よくないところと付き合いがあるみたいなんだ。大丈夫だと思うけど、念のため気を付けて」
叔父エイブラムがあちこちで借金を作っていることはオーレリアも知っている。その借金のなかに闇金業にでも借りた金があるのだろうか。
「ありがとうございます、気をつけます」
オーレリアには祖父が縁を切っている叔父の借金を返してあげる義理はない。たとえ借金取りがバベッチ家にやって来たとしても、相手にするつもりはなかった。
オーレリアはもう一度ギルバートに深く頭を下げて、馬車を停めている門のところまで歩いて行く。
ギルバート家の門の外には、馬車を待機させておくスペースがあって、玄関前まで乗り付けさせてもらっても、そのあとは、馬車を待たせる場合はそこに停めておくのがルールだった。
玄関前まで馬車を回してもらってもよかったが、庭に降りていたから歩いた方が早い。
綺麗に整えられているサンプソン家の庭を横切って、門の外に出ると、馬車の駐車スペースへ向かった。
早く帰って、ラルフに会いたい。
結婚してくださいと、今度はオーレリアから言うのだ。
はやる気持ちを押さえて駐車スペースへ向かったものの、馬車はあるけれど御者の姿が見えなかった。オーレリアの用事がまだかかると思って、どこかで休憩しているのだろうか。馬も離してあるから、ギルバート家の牧草地で休ませているのだろう。
仕方がないので、御者が戻って来るまで、馬車の中で待っていることにしたオーレリアは、馬車の扉を開け――息を呑んだ。
「え⁉ ロバート⁉」
馬車の中には、縄で手足を縛られ、猿轡をかまされたバベッチ家の御者、ロバートの姿。
「んん――!」
ロバートはオーレリアに向かって何かを訴えようとしているけれど、何を言っているのかわからない。
「ロバート、待って! 今ほどいてあげるから! 誰がこんなひどいことを――」
「んんんんん――っ」
「だから待ってって……、きゃああ!」
まずは猿轡から外してあげようとしたオーレリアの肩が、突然乱暴に突き飛ばされた。
ロバートの上に転がるようにして倒れたオーレリアが、上体を起こすよりも前に首を巡らせて背後を確認すると、禿げ頭の人相の悪そうな男が二人そこには立っている。
(誰よこの人たち⁉)
ロバートはこの禿げ頭たちに拘束されたのだろうか。
キッと睨みつけると、禿げ頭二人は顎を撫でつつ、笑いもしないで言った。
「ちょっと来てもらうぜ、お嬢ちゃん」
……もしかしなくとも、これは絶体絶命と言う奴だろうか。
(ラルフ……!)
オーレリアは、ごくりと喉を鳴らした。
翌日、サンプソン家を訪れたオーレリアが、ラルフの求婚を受け入れたい旨を伝えると、ギルバートはそう言って肩をすくめた。
「ギルバート様……その、すみま……」
「謝らないで。謝られると、すっごくみじめな気持ちになるから」
オーレリアの謝罪を遮ったギルバートは、微苦笑を浮かべるとオーレリアの頭をポンと叩く。
パーティーの時でギルバートに求婚された庭のベンチにオーレリアと並んで座っていたギルバートは、静かに立ち上がって何気なさを装って空を仰いだ。
「今日は雨が降るのかな」
オーレリアもつられて空を見上げれば、灰色の雲がかかっている。雲の切れ目に、たまに日差しが差し込むものの、すぐに陰って、ギルバートの言う通りもうじき雨が降りそうだ。
「雨が降る前に早く帰った方がいいよ」
「……ギルバート様」
「オーレリア、そんな顔をしなくても、僕と君の関係はこれからも変わらないよ。これまでと同じように、君はずっと大切な友人だ。……さっきも言ったけどね、ラルフが僕の目の前で君に求婚した時から、わかっていたんだよ。ああ、君はラルフを選ぶだろうなって。ラルフが何も言わなかったならもしかしたら僕を選んでもらえたかもしれないけど……。君自身が気が付いていなかっただけで、君は昔からラルフが一番なんだ」
ギルバートがオーレリアに手を差し出す。
ギルバートの手を握ると、ぐいっとベンチから立ち上がらせられた。
「でもやっぱり、フラれた日くらい一人になりたいから、君は早く帰った方がいい。雨が降りそうなのは本当だから、道がぬかるむ前にね」
ぬかるんだ道は、馬車の事故が起こりやすい。両親と兄を乗せた馬車は、大雨の日に滑って事故を起こした。
オーレリアはギルバートの求婚を断りに来たのに、そんな失礼な女を気遣ってくれる彼の優しさに、オーレリアの心がぎゅっと苦しくなる。
ギルバートにぺこりと頭を下げて立ち去ろうとしたオーレリアの背中に、ギルバートが思い出したように声をかけた。
「オーレリア。……君の叔父一家のことだけど、兄上が調べたところ、よくないところと付き合いがあるみたいなんだ。大丈夫だと思うけど、念のため気を付けて」
叔父エイブラムがあちこちで借金を作っていることはオーレリアも知っている。その借金のなかに闇金業にでも借りた金があるのだろうか。
「ありがとうございます、気をつけます」
オーレリアには祖父が縁を切っている叔父の借金を返してあげる義理はない。たとえ借金取りがバベッチ家にやって来たとしても、相手にするつもりはなかった。
オーレリアはもう一度ギルバートに深く頭を下げて、馬車を停めている門のところまで歩いて行く。
ギルバート家の門の外には、馬車を待機させておくスペースがあって、玄関前まで乗り付けさせてもらっても、そのあとは、馬車を待たせる場合はそこに停めておくのがルールだった。
玄関前まで馬車を回してもらってもよかったが、庭に降りていたから歩いた方が早い。
綺麗に整えられているサンプソン家の庭を横切って、門の外に出ると、馬車の駐車スペースへ向かった。
早く帰って、ラルフに会いたい。
結婚してくださいと、今度はオーレリアから言うのだ。
はやる気持ちを押さえて駐車スペースへ向かったものの、馬車はあるけれど御者の姿が見えなかった。オーレリアの用事がまだかかると思って、どこかで休憩しているのだろうか。馬も離してあるから、ギルバート家の牧草地で休ませているのだろう。
仕方がないので、御者が戻って来るまで、馬車の中で待っていることにしたオーレリアは、馬車の扉を開け――息を呑んだ。
「え⁉ ロバート⁉」
馬車の中には、縄で手足を縛られ、猿轡をかまされたバベッチ家の御者、ロバートの姿。
「んん――!」
ロバートはオーレリアに向かって何かを訴えようとしているけれど、何を言っているのかわからない。
「ロバート、待って! 今ほどいてあげるから! 誰がこんなひどいことを――」
「んんんんん――っ」
「だから待ってって……、きゃああ!」
まずは猿轡から外してあげようとしたオーレリアの肩が、突然乱暴に突き飛ばされた。
ロバートの上に転がるようにして倒れたオーレリアが、上体を起こすよりも前に首を巡らせて背後を確認すると、禿げ頭の人相の悪そうな男が二人そこには立っている。
(誰よこの人たち⁉)
ロバートはこの禿げ頭たちに拘束されたのだろうか。
キッと睨みつけると、禿げ頭二人は顎を撫でつつ、笑いもしないで言った。
「ちょっと来てもらうぜ、お嬢ちゃん」
……もしかしなくとも、これは絶体絶命と言う奴だろうか。
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