21 / 27
嫉妬という感情 2
しおりを挟む
オーレリアの様子がおかしい。
夕方になって、視察から帰ったラルフは、すぐに大切な幼馴染の異変に気が付いた。
ラルフに「おかえりなさい」と笑顔を向けてくれるけれど、どこか浮かない顔をしている。
それは夕食の時になっても変わらず、気になったラルフは、夜にオーレリアの部屋を訪ねることにした。
扉をノックすると、少し間があって、小さく扉が開く。隙間から顔をのぞかせたオーレリアの目が赤くなっていることに気が付いたラルフは、オーレリアが何かを言う前に扉の隙間に手を差し込むと、強引に押し開けた。
「泣いてたのか?」
オーレリアはパッと顔をそむけた。
家族を失ってずっと泣いていたオーレリアだが、最近になってようやく落ち着いたと思ってきた。それなのに、ラルフの知らないところで泣いていたなんて――心中穏やかではいられない。
頬を両手で挟んで、無理やり顔をあげさせる。
オーレリアは抵抗しなかった。
「目が赤い。やっぱり泣いてたんだな。どうした? 悲しくなったのか?」
オーレリアはまるで悪戯に気が付かれた子供の用にぷっと頬を膨らませた。
「泣いてないもん」
「嘘をつくな」
「……欠伸したら涙が出ただけだもん」
「んなわけねーだろ」
珍しく意固地になるオーレリアに、やっぱりこれは何かあったなと確信する。
オーレリアをソファに座らせて隣に腰を下ろすと、柔らかくてすべすべしている彼女のほっぺをふにっと軽く引っ張った。
「何があった?」
「何もない」
「だから嘘をつくな。お前は全部顔に出るんだから、誤魔化そうったって無理だぞ」
白状しろと言えば、なぜかじろりと睨まれる。
(なんでそんな目を向けてくるんだ?)
まるでラルフが何か悪いことをしたみたいだ。解せない。
オーレリアはまたぷうっと頬を膨らませると、上目づかいにラルフを睨んだまま、拗ねたような口ぶりで言った。
「ラルフ、コリーンとの結婚話が出てるんだって?」
「は⁉ ちょっと待て、どこでそれを聞いた!」
「やっぱりほんとなんだ……」
むうっとオーレリアの眉間にしわが寄る。
ラルフは慌てた。
「だから待ってくれ! それは勝手にあっちが言い出したことで、俺は結婚するつもりはないし、第一お前に求婚したことを忘れたのかよ」
オーレリアに結婚を断られた場合、断れない可能性が残ることを伏せつつ、ラルフが言えば、オーレリアは拗ねた顔のままちょっぴり赤くなった。……どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。
「それは……覚えてるけど……でも……」
「でも、何だよ。俺が信じられないの?」
「そうじゃないけど……だって……」
「というか、いつどこで聞いたんだよそれ」
「………………今日。コリーンがここに来て、ラルフと結婚するんだって言ってた」
「はあ⁉」
ラルフは唖然とした。エイブラム・ダンニグがサンプソン公爵にコリーンとラルフの縁談話をしたことは本当だが、あれはクリスの英断で保留扱いになっているはずだ。承諾した覚えはこれっぽっちもない。
(ふざけんなよ!)
しかもさもラルフが縁談を受け入れたかのようにオーレリアに告げに来るなど、正気の沙汰とは思えない。ましてやそれでオーレリアが泣いていたとあれば余計だ。
(……と言うか、俺が他の女と結婚すると思って泣いてたのか)
オーレリアがコリーンの嘘で泣かされたことは腹立たしいけれど、その涙はラルフを思って流されたものだと思うとどうしてか、ちょっぴり気分がよかった。言えばオーレリアが怒るだろうから言わないけれど、もしかしなくてもこれは、嫉妬ではなかろうか。
(ああ、もう、この可愛い生き物はなんなんだよ)
今すぐぎゅうぎゅうに抱きしめて頬ずりして顔中にキスしたい。たまらなく可愛い。そのふくれっ面とか最高だ。
「なあ…………抱きしめていい?」
「は⁉」
オーレリアがギョッと目を見開いた。
思わず腰を浮かせかけたオーレリアを、強引に腕の中に引き寄せる。
ほのかに香る、香水ではない花の香り。香油かシャボンの香りだろう。ぞくぞくする。
オーレリアが腕の中で身じろぎするも、抵抗にもならないくらいの僅かな力なので無視することにした。
「なあ、オーレリア、俺が他の女と結婚すると思って、嫌な気持ちになったんだろ?」
「……何言ってるの?」
「だって泣いてたじゃないか。そう言うことだろう?」
オーレリアは是とも否とも言わなかったが、白い耳が赤くなっていた。たまらなくなって赤い耳にちゅっと口づけると、その肩がビクッと震える。
「オーレリア……結婚しよう?」
オーレリアは長い沈黙を落としたけれど、やがておずおずと腕の中で顔をあげると、潤んだ目でラルフを見上げて、消え入りそうな小さな声で言った。
「……返事は……一日待って」
まさかオーレリアがそんなことを言うとは思わなかったから、ラルフは小さく息を呑んで、そして力いっぱいオーレリアを抱きしめる。
「いい返事を期待してるから」
腕の中でオーレリアが「苦しい」と文句を言ったけれど、もうしばらくの間、ラルフは彼女を解放してやることはできそうもなかった。
夕方になって、視察から帰ったラルフは、すぐに大切な幼馴染の異変に気が付いた。
ラルフに「おかえりなさい」と笑顔を向けてくれるけれど、どこか浮かない顔をしている。
それは夕食の時になっても変わらず、気になったラルフは、夜にオーレリアの部屋を訪ねることにした。
扉をノックすると、少し間があって、小さく扉が開く。隙間から顔をのぞかせたオーレリアの目が赤くなっていることに気が付いたラルフは、オーレリアが何かを言う前に扉の隙間に手を差し込むと、強引に押し開けた。
「泣いてたのか?」
オーレリアはパッと顔をそむけた。
家族を失ってずっと泣いていたオーレリアだが、最近になってようやく落ち着いたと思ってきた。それなのに、ラルフの知らないところで泣いていたなんて――心中穏やかではいられない。
頬を両手で挟んで、無理やり顔をあげさせる。
オーレリアは抵抗しなかった。
「目が赤い。やっぱり泣いてたんだな。どうした? 悲しくなったのか?」
オーレリアはまるで悪戯に気が付かれた子供の用にぷっと頬を膨らませた。
「泣いてないもん」
「嘘をつくな」
「……欠伸したら涙が出ただけだもん」
「んなわけねーだろ」
珍しく意固地になるオーレリアに、やっぱりこれは何かあったなと確信する。
オーレリアをソファに座らせて隣に腰を下ろすと、柔らかくてすべすべしている彼女のほっぺをふにっと軽く引っ張った。
「何があった?」
「何もない」
「だから嘘をつくな。お前は全部顔に出るんだから、誤魔化そうったって無理だぞ」
白状しろと言えば、なぜかじろりと睨まれる。
(なんでそんな目を向けてくるんだ?)
まるでラルフが何か悪いことをしたみたいだ。解せない。
オーレリアはまたぷうっと頬を膨らませると、上目づかいにラルフを睨んだまま、拗ねたような口ぶりで言った。
「ラルフ、コリーンとの結婚話が出てるんだって?」
「は⁉ ちょっと待て、どこでそれを聞いた!」
「やっぱりほんとなんだ……」
むうっとオーレリアの眉間にしわが寄る。
ラルフは慌てた。
「だから待ってくれ! それは勝手にあっちが言い出したことで、俺は結婚するつもりはないし、第一お前に求婚したことを忘れたのかよ」
オーレリアに結婚を断られた場合、断れない可能性が残ることを伏せつつ、ラルフが言えば、オーレリアは拗ねた顔のままちょっぴり赤くなった。……どうしよう、めちゃくちゃ可愛い。
「それは……覚えてるけど……でも……」
「でも、何だよ。俺が信じられないの?」
「そうじゃないけど……だって……」
「というか、いつどこで聞いたんだよそれ」
「………………今日。コリーンがここに来て、ラルフと結婚するんだって言ってた」
「はあ⁉」
ラルフは唖然とした。エイブラム・ダンニグがサンプソン公爵にコリーンとラルフの縁談話をしたことは本当だが、あれはクリスの英断で保留扱いになっているはずだ。承諾した覚えはこれっぽっちもない。
(ふざけんなよ!)
しかもさもラルフが縁談を受け入れたかのようにオーレリアに告げに来るなど、正気の沙汰とは思えない。ましてやそれでオーレリアが泣いていたとあれば余計だ。
(……と言うか、俺が他の女と結婚すると思って泣いてたのか)
オーレリアがコリーンの嘘で泣かされたことは腹立たしいけれど、その涙はラルフを思って流されたものだと思うとどうしてか、ちょっぴり気分がよかった。言えばオーレリアが怒るだろうから言わないけれど、もしかしなくてもこれは、嫉妬ではなかろうか。
(ああ、もう、この可愛い生き物はなんなんだよ)
今すぐぎゅうぎゅうに抱きしめて頬ずりして顔中にキスしたい。たまらなく可愛い。そのふくれっ面とか最高だ。
「なあ…………抱きしめていい?」
「は⁉」
オーレリアがギョッと目を見開いた。
思わず腰を浮かせかけたオーレリアを、強引に腕の中に引き寄せる。
ほのかに香る、香水ではない花の香り。香油かシャボンの香りだろう。ぞくぞくする。
オーレリアが腕の中で身じろぎするも、抵抗にもならないくらいの僅かな力なので無視することにした。
「なあ、オーレリア、俺が他の女と結婚すると思って、嫌な気持ちになったんだろ?」
「……何言ってるの?」
「だって泣いてたじゃないか。そう言うことだろう?」
オーレリアは是とも否とも言わなかったが、白い耳が赤くなっていた。たまらなくなって赤い耳にちゅっと口づけると、その肩がビクッと震える。
「オーレリア……結婚しよう?」
オーレリアは長い沈黙を落としたけれど、やがておずおずと腕の中で顔をあげると、潤んだ目でラルフを見上げて、消え入りそうな小さな声で言った。
「……返事は……一日待って」
まさかオーレリアがそんなことを言うとは思わなかったから、ラルフは小さく息を呑んで、そして力いっぱいオーレリアを抱きしめる。
「いい返事を期待してるから」
腕の中でオーレリアが「苦しい」と文句を言ったけれど、もうしばらくの間、ラルフは彼女を解放してやることはできそうもなかった。
6
お気に入りに追加
620
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる