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ラルフの縁談 3

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「ギルバート様、どうされたんですか?」

 一方そのころ。

 オーレリアは花に水をやる手を止めて、突然バベッチ伯爵家へやってきたギルバートを見上げて、目をパチパチとしばたたいた。

 花の水やりは庭師の仕事だが、気分転換もかねて玄関回りの花壇の水やりをさせてもらっていたのだ。それもこれも、今朝届けられた花束のせいである。

 差出人はラルフ。贈られたのは真っ白い百合の花束だった。花束は綺麗だし、百合のいい香りがして気分がよかったけれど、添えられていたカードのメッセージはオーレリアを混乱の渦に叩き落した。

 ――愛をこめて。ラルフ

 読んだ瞬間全身の体温が跳ね上がって、頭のてっぺんから湯気が出そうだった。

 あのラルフが、こんなキザったらしいカードを添えて花束を贈ってきた! もう、どうしていいのかわからない。

 百合はオーレリアの部屋に生けられたけれど、だからこそずっと目について落ち着かなくて、何か気分転換になるようなものはないかと探し回った結果、花の水やりに落ち着いたのだ。

 そして水やりをはじめて五分も経たないうちに、ギルバートがやってきたのである。

 ギルバートはさわやかな微笑みを浮かべて答えた。

「オーレリアに会いたくなって」

「へ⁉」

「だってオーレリア、うちに遊びに来ないでしょう?」

 それは、そう気楽に遊びに行けるような場所ではないからだ。子供のころは父の用事にくっついてサンプソン家を訪れていたけれど、さすがにこの年になって、用もないのにおいそれとは出向けない。

「え、ええっと、な、中へどうぞ!」

 この前の求婚のことが脳裏をよぎって、どうしても共同不審になってしまう。

 水やりのために身に着けていたエプロンを慌てて脱いで、ドーラにじょうろと一緒に押し付けると、ぎくしゃくと邸の中へ案内した。

 途中でケネスがやってきて、妙に角ばった動作のオーレリアに代わってギルバートをサロンへ通すと、すぐにお茶とお菓子を持ってくると言って出て行った。

 ケネスがサロンからいなくなると、サロンには当然オーレリアとギルバートの二人だけで、オーレリアは極度の緊張を覚えてしまった。

「そ、それで、今日はどのようなご用件で……」

「会いに来ただけだよ。オーレリアはどうしてるかなって思って。花束、どうだった?」

「す、素敵でした! ありがとうございます。あ……、ちょっとだけ待っていてくれますか?」

 どうしてギルバートはいつも通りなのだろうか。これでは意識しているオーレリアが馬鹿みたいだ。そんなことを思いつつ、オーレリアはハンカチの存在を思い出して席を立った。

 急いでサロンを飛び出して、それから階段の前ではーっと息を吐く。ハンカチを取りに行こうと思ったのは本当だが、ハンカチついでにこうして深呼吸ができるのはありがたかった。さもなければ、緊張でおかしくなっていただろう。

(落ち着こう。ギルバート様は返事は急がないってカードに書いてくれてたものね。大丈夫、いつものギルバート様よ)

 ギルバートは何も返事を急かしに来たわけではないはずだ。大丈夫。緊張する必要はない。

 オーレリアは二階の自室まで行って、彼のイニシャルを刺繍した淡い緑のハンカチを持って降りる。完成したのは今朝で、一緒に届ける手紙に手間取ってまだ送っていなかったのだ。

 サロンに戻ると、すでにティーセットが用意されていた。紅茶と一緒に用意されたお菓子はドライイチジクのケーキだった。料理長が今日のオーレリアのおやつに作っていたやつだ。

 オーレリアが持って来たハンカチを手渡すと、ギルバートは驚いたような顔をしてから、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。まさかお返しがもらえるとは思わなかったよ」

「その……もらってばかりなのは、申し訳ないですから……」

「男からのプレゼントに、申し訳ないと思うのはオーレリアくらいなものだろうけどね。でも嬉しいよ。大切に使うね?」

 ギルバートは本当に用事はなかったらしく、お茶を飲みながら他愛ない話ばかりする。

 あまり饒舌でない彼が、ぽつりぽつりと話すのが、オーレリアは嫌いではない。

(ギルバート様と結婚しても、幸せになれるんだろうな)

 優しい彼と、穏やかな家庭が築けるだろう。

 オーレリアも、誰かと結婚すると考えたときに、ギルバートがいいなと思っていた。彼となら、幸せな家庭が築けそうな気がしたから。

 でもまさか、ラルフが求婚してくるとは思わなくて。

(はあ、やっぱりだめ。選べない……)

 いっそ、オーレリアではなくラルフとギルバートの二人の間で決めてくれないだろうかと優柔不断なことを考えそうになって――、オーレリアはぶんぶんと首を横に振る。

「オーレリア、どうかした?」

 急に首を振ったからギルバートがきょとんとした。

 オーレリアはハッとして乾いた笑みを浮かべると、誤魔化すようにドライイチジクのケーキを口いっぱいに頬張る。

 甘いはずのケーキがなぜか、ちょっぴり苦いような気がした。
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