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好きと言えなくて
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「今日のそのクリーム色のドレス、とてもよく似合ってるよ」
「当然でしょ!」
テーブルをはさんで真向かいに座っているアスヴィルが、幸せそうに微笑みながらミリアムのドレスを褒めると、彼女はツンと顎をそらせてそう答えた。
アスヴィルにお茶に誘われたミリアムは、今、彼と温室で午後のひと時をすごしている。
アスヴィルのことを好きだと自覚したミリアムであるが、だからと言って手のひらを返したように素直になれるほど、簡単な性格をしていない。
アスヴィルに微笑みかけられて頬に熱がたまるのを自覚するが、必死に表情を引き締めて不機嫌な顔を作っていた。
「お茶に付きあってくれてありがとう。忙しかっただろう?」
「当然よ! わたしは忙しいのよ!」
嘘だ。本当は大抵暇を持て余していて、部屋で本を読んでいるかリザ相手におしゃべりをしてすごしている。
ミリアムはアスヴィルが焼いて持ってきてくれたマドレーヌを口に入れながら、ちらちらと横目でアスヴィルの顔を見上げた。自分の気持ちを自覚してから、どうしてかまっすぐ彼の顔を見ることができない。
頬杖をついている彼の大きな手を見ながら、頭を撫でてほしいなと思ったり、抱きしめられて眠ったときのことを思い出して、その腕の中に甘えたいなと思ったりするが、そんなこと口に出せるはずもなく、ちびちびと紅茶を口に運んだ。
(なによ……、鈍いのよ、ばか)
愛していると言うくせに、アスヴィルはミリアムの気持ちや態度の変化にはこれっぽっちも気がついていないようだ。
少しくらい強引に来られたら、ミリアムも素直になりやすいのに、アスヴィルは相変わらず言葉で「好きだ」とか「愛している」とかいうだけで、ちっとも行動に移さない。
離宮でほとんど二人きりでいたときは、ドキドキしすぎて心臓が持たないと思ったものだが、城に戻ってきたら、今度は会う時間がぐっと減って、淋しいなと思ってしまう。
(ちょっとくらい……、せめて手を握るとか、してもいいと思うのに……)
アスヴィルは朴念仁だった。彼はまだミリアムに嫌われていると思っているらしく、自分からミリアムに触れてこようとはしない。
(嫌いだったら、お茶なんか付き合わないわよ、ばぁか)
ミリアムはもやもやしながら二個目のマドレーヌに手を伸ばした。焦がしバターの風味がきいていてとても美味しいマドレーヌのはずなのだが、緊張しているせいか、あんまり味がわからない。
「美味しいか?」
もぐもぐとリスのように頬を膨らませながらマドレーヌを食べるミリアムに、アスヴィルは優しく訊ねた。
「ん」
ミリアムは短く返事をして、こくんと頷く。
アスヴィルはにこにこ笑いながら、口元を指さした。
「ミリアム、そこ、ついてる」
アスヴィルに指摘されて、ミリアムは頬を赤く染めて口元をぬぐった。
「そこじゃないよ」
アスヴィルがくすくすと笑って手を伸ばす。長い指がミリアムの口元をかすめて行って、ミリアムはますます顔を赤く染めた。
アスヴィルが触れていったところが、火傷をしたみたいに熱い。
ミリアムはうつむくと、アスヴィルが触れた口の横を、そっと手で押さえた。
「もう取れてるぞ?」
鈍いアスヴィルはミリアムの気持ちには全く気が付かず、頓珍漢なことを言う。
ミリアムは上目遣いでアスヴィルを軽く睨んだ。
「わかってるわよ」
「そうか?」
アスヴィルは不思議そうに首を傾げる。
ミリアムは悔しくなって、テーブルの下でアスヴィルの足を軽く蹴飛ばした。
「いてっ」
蹴飛ばされたアスヴィルが顔をしかめるが、ミリアムはツンと顔をそらす。
ミリアムは横を向いたまま、紅茶をぐびぐびと飲み干した。
(なによ! 鈍すぎるのよ!)
あれだけ好きだと言いながら、どうしてミリアムの気持ちには気づいてくれないのだろう。
素直に好きだと言えないミリアムは、心の中でアスヴィルをさんざん罵倒しながら、意地っ張りな自分の性格を呪った。
「愛してるよ、ミリアム」
アスヴィルがそうささやいてくれるが、ミリアムは頬を染めてただ押し黙った。
(……わたしも、あなたが大好きよ)
今のミリアムには、心の中で答えるだけで、精いっぱいだったのだ。
「当然でしょ!」
テーブルをはさんで真向かいに座っているアスヴィルが、幸せそうに微笑みながらミリアムのドレスを褒めると、彼女はツンと顎をそらせてそう答えた。
アスヴィルにお茶に誘われたミリアムは、今、彼と温室で午後のひと時をすごしている。
アスヴィルのことを好きだと自覚したミリアムであるが、だからと言って手のひらを返したように素直になれるほど、簡単な性格をしていない。
アスヴィルに微笑みかけられて頬に熱がたまるのを自覚するが、必死に表情を引き締めて不機嫌な顔を作っていた。
「お茶に付きあってくれてありがとう。忙しかっただろう?」
「当然よ! わたしは忙しいのよ!」
嘘だ。本当は大抵暇を持て余していて、部屋で本を読んでいるかリザ相手におしゃべりをしてすごしている。
ミリアムはアスヴィルが焼いて持ってきてくれたマドレーヌを口に入れながら、ちらちらと横目でアスヴィルの顔を見上げた。自分の気持ちを自覚してから、どうしてかまっすぐ彼の顔を見ることができない。
頬杖をついている彼の大きな手を見ながら、頭を撫でてほしいなと思ったり、抱きしめられて眠ったときのことを思い出して、その腕の中に甘えたいなと思ったりするが、そんなこと口に出せるはずもなく、ちびちびと紅茶を口に運んだ。
(なによ……、鈍いのよ、ばか)
愛していると言うくせに、アスヴィルはミリアムの気持ちや態度の変化にはこれっぽっちも気がついていないようだ。
少しくらい強引に来られたら、ミリアムも素直になりやすいのに、アスヴィルは相変わらず言葉で「好きだ」とか「愛している」とかいうだけで、ちっとも行動に移さない。
離宮でほとんど二人きりでいたときは、ドキドキしすぎて心臓が持たないと思ったものだが、城に戻ってきたら、今度は会う時間がぐっと減って、淋しいなと思ってしまう。
(ちょっとくらい……、せめて手を握るとか、してもいいと思うのに……)
アスヴィルは朴念仁だった。彼はまだミリアムに嫌われていると思っているらしく、自分からミリアムに触れてこようとはしない。
(嫌いだったら、お茶なんか付き合わないわよ、ばぁか)
ミリアムはもやもやしながら二個目のマドレーヌに手を伸ばした。焦がしバターの風味がきいていてとても美味しいマドレーヌのはずなのだが、緊張しているせいか、あんまり味がわからない。
「美味しいか?」
もぐもぐとリスのように頬を膨らませながらマドレーヌを食べるミリアムに、アスヴィルは優しく訊ねた。
「ん」
ミリアムは短く返事をして、こくんと頷く。
アスヴィルはにこにこ笑いながら、口元を指さした。
「ミリアム、そこ、ついてる」
アスヴィルに指摘されて、ミリアムは頬を赤く染めて口元をぬぐった。
「そこじゃないよ」
アスヴィルがくすくすと笑って手を伸ばす。長い指がミリアムの口元をかすめて行って、ミリアムはますます顔を赤く染めた。
アスヴィルが触れていったところが、火傷をしたみたいに熱い。
ミリアムはうつむくと、アスヴィルが触れた口の横を、そっと手で押さえた。
「もう取れてるぞ?」
鈍いアスヴィルはミリアムの気持ちには全く気が付かず、頓珍漢なことを言う。
ミリアムは上目遣いでアスヴィルを軽く睨んだ。
「わかってるわよ」
「そうか?」
アスヴィルは不思議そうに首を傾げる。
ミリアムは悔しくなって、テーブルの下でアスヴィルの足を軽く蹴飛ばした。
「いてっ」
蹴飛ばされたアスヴィルが顔をしかめるが、ミリアムはツンと顔をそらす。
ミリアムは横を向いたまま、紅茶をぐびぐびと飲み干した。
(なによ! 鈍すぎるのよ!)
あれだけ好きだと言いながら、どうしてミリアムの気持ちには気づいてくれないのだろう。
素直に好きだと言えないミリアムは、心の中でアスヴィルをさんざん罵倒しながら、意地っ張りな自分の性格を呪った。
「愛してるよ、ミリアム」
アスヴィルがそうささやいてくれるが、ミリアムは頬を染めてただ押し黙った。
(……わたしも、あなたが大好きよ)
今のミリアムには、心の中で答えるだけで、精いっぱいだったのだ。
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