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甘いお菓子につられて
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それからというもの、アスヴィルは頻繁にミリアムの部屋を訪れるようになった。
部屋を訪れる時は決まってアスヴィルお手製のお菓子を持ってくる。ミリアムは嫌な顔をするものの、お菓子まで逃げられては困るので、以前と比べると厭味や暴言や我儘は控えて接するようになった。
とはいえ、まったくゼロということもなく。
「前のフィナンシェ、少し甘かったわ」
「そうか」
「シフォンケーキのときは生クリームがなくては嫌よ」
「わかった」
「珈琲味は苦いから嫌。ココアがいいわ」
「そうか、そうしよう」
ツンツンしながらプレゼントされたお菓子にケチをつけたりしている。
それでも、以前のアスヴィルならば、目をつり上げて怒っていたような気がするが、なぜか彼は怒り出すこともなく、にこにこしながらミリアムの文句を聞いていた。
そのせいか、ミリアムは拍子抜けしてしまって、以前であれば、顔を見るだけで蛆虫を見たような表情になっていたのだが、自然と普通に接することができるようになっていた。
今日も、ミリアムはアスヴィルにもらったカトルカールを前に、ご満悦の表情でフォークを握っていた。
そんな主に、リザが紅茶を煎れながら小さく微笑む。
「最近、アスヴィル様と仲がよろしいですね」
ミリアムはうぐっとカトルカールを喉に詰まらせた。
リザが慌ててミリアムの背中をたたく。
ミリアムは何とか喉に引っかかったカトルカールを飲み下すと、赤い顔をして否定した。
「あ、あんなやつと、仲良くなんかしてないわよ!」
「そうですか?」
「そうよ! すべて、このお菓子のためよ! 表面上の付き合いよ!」
「はいはい」
リザはくすくすと笑った。
ミリアムは理解されていないような気がして、ぷうと頬を膨らませる。
そうだ。すべてはアスヴィルが持ってくるお菓子のためなのだ。決して仲良くしているつもりはない。
ミリアムはちらりと部屋の隅においてある大きな箱を見た。
箱の中には、アスヴィルから贈られてくる手紙が入っているが、それは日に日に増えていく。
(何が、愛している、よ……)
いまだに、ミリアムにはさっぱりわからなかった。
なにがどうなって、アスヴィルに「愛している」と言われることになったのだろう。
わからないが、ミリアムは箱の中にたまっていくアスヴィルからの手紙を、リザがいないときにこっそりと開けて読んでいた。
その手紙は、必ず「愛している」の一言で締めくくられる。
ミリアムは手紙の内容を思い出して、うっすらと頬を染めた。
(なによ、アスヴィルのくせに)
ミリアムはアスヴィルが嫌いだ。それなのに、あの手紙を読むたびに、心臓がどきどき言うのが腹立たしくてしょうがない。
ミリアムは今まで、家族以外の誰かに「愛している」と言われたことがなかった。胸がどきどき言うのは、きっとそのせいだ。
だが、眠る前などにふと思い出してしまう。
あの低い声で「愛している」と言ったアスヴィルの顔を。
「―――!」
ミリアムは慌てて首を振って、大きめに切ったカトルカールを口の中に押し込んだ。
もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、リザが煎れてくれたミルクティーで喉を潤す。
(あんなやつ、絶対に好きになったりしないんだから!)
ミリアムはその日、アスヴィルが持ってきたカトルカールのワンホールすべてを、やけくそのように完食したのだった。
部屋を訪れる時は決まってアスヴィルお手製のお菓子を持ってくる。ミリアムは嫌な顔をするものの、お菓子まで逃げられては困るので、以前と比べると厭味や暴言や我儘は控えて接するようになった。
とはいえ、まったくゼロということもなく。
「前のフィナンシェ、少し甘かったわ」
「そうか」
「シフォンケーキのときは生クリームがなくては嫌よ」
「わかった」
「珈琲味は苦いから嫌。ココアがいいわ」
「そうか、そうしよう」
ツンツンしながらプレゼントされたお菓子にケチをつけたりしている。
それでも、以前のアスヴィルならば、目をつり上げて怒っていたような気がするが、なぜか彼は怒り出すこともなく、にこにこしながらミリアムの文句を聞いていた。
そのせいか、ミリアムは拍子抜けしてしまって、以前であれば、顔を見るだけで蛆虫を見たような表情になっていたのだが、自然と普通に接することができるようになっていた。
今日も、ミリアムはアスヴィルにもらったカトルカールを前に、ご満悦の表情でフォークを握っていた。
そんな主に、リザが紅茶を煎れながら小さく微笑む。
「最近、アスヴィル様と仲がよろしいですね」
ミリアムはうぐっとカトルカールを喉に詰まらせた。
リザが慌ててミリアムの背中をたたく。
ミリアムは何とか喉に引っかかったカトルカールを飲み下すと、赤い顔をして否定した。
「あ、あんなやつと、仲良くなんかしてないわよ!」
「そうですか?」
「そうよ! すべて、このお菓子のためよ! 表面上の付き合いよ!」
「はいはい」
リザはくすくすと笑った。
ミリアムは理解されていないような気がして、ぷうと頬を膨らませる。
そうだ。すべてはアスヴィルが持ってくるお菓子のためなのだ。決して仲良くしているつもりはない。
ミリアムはちらりと部屋の隅においてある大きな箱を見た。
箱の中には、アスヴィルから贈られてくる手紙が入っているが、それは日に日に増えていく。
(何が、愛している、よ……)
いまだに、ミリアムにはさっぱりわからなかった。
なにがどうなって、アスヴィルに「愛している」と言われることになったのだろう。
わからないが、ミリアムは箱の中にたまっていくアスヴィルからの手紙を、リザがいないときにこっそりと開けて読んでいた。
その手紙は、必ず「愛している」の一言で締めくくられる。
ミリアムは手紙の内容を思い出して、うっすらと頬を染めた。
(なによ、アスヴィルのくせに)
ミリアムはアスヴィルが嫌いだ。それなのに、あの手紙を読むたびに、心臓がどきどき言うのが腹立たしくてしょうがない。
ミリアムは今まで、家族以外の誰かに「愛している」と言われたことがなかった。胸がどきどき言うのは、きっとそのせいだ。
だが、眠る前などにふと思い出してしまう。
あの低い声で「愛している」と言ったアスヴィルの顔を。
「―――!」
ミリアムは慌てて首を振って、大きめに切ったカトルカールを口の中に押し込んだ。
もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、リザが煎れてくれたミルクティーで喉を潤す。
(あんなやつ、絶対に好きになったりしないんだから!)
ミリアムはその日、アスヴィルが持ってきたカトルカールのワンホールすべてを、やけくそのように完食したのだった。
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