5 / 44
降ってきた妖精
2
しおりを挟む
「まさに犬猿の仲だな」
ミリアムとアスヴィルの仲を、シヴァはそう表現した。
だが、表現された方のアスヴィルは意外そうな表情を浮かべた。
「そうですか?」
「……そこで疑問を持てるお前の感覚を、俺はたまにすごいと思う」
「ミリアムは子供です。俺は道理を諭しているだけですよ」
なるほど、確かに一理あるかもしれない。そして、アスヴィルはミリアムと違い、彼女のことを嫌ってはいないのだろう。我儘なミリアムに注意をしているだけ――、おそらく彼はそういう意識で接しているようだ。
ただ、そのような意見が言えるということは、ミリアムに蛇蝎のごとく嫌われているという自覚は持っていないということである。
ミリアムは兄のシヴァから見ても非常にわかりやすい性格の妹だった。
嫌いなものは嫌い、いやなものはいや、好きなものは好き。そこにある感情や欲求に非常に忠実に行動し公言する、竹を割ったと言えば聞こえはいいが、とても単細胞な性格だ。
心中で思っていても、それを口にすることで面倒ごとを引き起こしそうものなら沈黙を決め込むシヴァとは、真逆の性格と言ってもいいだろう。
「あれも、もう十五になったがな」
五歳のときならいざ知らず、十五歳になったミリアムは、昔と比べて多少の分別はついているようだ。
だが、面白いことに、アスヴィルに対してだけは昔と変わらないように見える。極力会うことを避けているようだが、たまに出くわしたときの、あの蛆虫でも見るような表情は、当事者ではないシヴァからすれば少し面白い。
しかしアスヴィルは。
「十五歳なんて、まだまだ子供じゃないですか」
と言う。
どうやら、アスヴィルの中では、ミリアムは五歳の時と同じ扱いのままらしい。
シヴァはそんなアスヴィルを見て、心の中でこっそり母に同情した。
母はアスヴィルがお気に入りで、密かにミリアムとアスヴィルが結婚してくれればいいなと考えていることをシヴァは知っていた。
だが、この二人を見る限り、それは夢のまた夢だろう。
「そういえば、グノーがそろそろ隠居するらしいな」
シヴァはふと話題を変えた。アスヴィルの父であるグノー侯が隠居するという噂は、シヴァの耳にも届いている。
グノーは齢千五百歳を超え、シヴァの祖父が魔王の座にいたころから七侯の一人だった。魔界の領地を任されている七侯の中でも、グノーは一番長くその座に座っている男だった。
それは、グノーがなかなか結婚しなかったことと、結婚してもすぐに子宝に恵まれなかったこと、さらに言えばアスヴィルが産まれたのちは、まだまだ生まれてすぐの子供には譲れないと言ってその座に座り続けたことによるが、いい加減アスヴィルも三百歳を超え、そろそろ譲る気になったようだった。
「ええ、隠居してのんびりすると言っていました」
「代替わりはいつだ?」
「おそらく、ここ数年の内には」
「そうか。どうやらお前の方が先になりそうだな」
シヴァは小さく笑った。シヴァの父親である魔王も、あわよくばさっさと引退し、田舎で母とともにイチャイチャしてすごしたいと言っているが、ミリアムが産まれたことでもう少し城に居座る気になったらしく、いまだ魔王の代替わりは行われていない。
すると、アスヴィルは顔を曇らせた。
「代替わりはいいのですが……」
「何か心配事か?」
「いえ。心配事ではなく、代替わり前に結婚しろと、父が……」
なんでも、結婚せずに七侯の座に就いたグノーは、結婚せずにその座についたことを後悔していたらしい。結果的にはそれで最愛の妻に巡り合えたからよかったらしいが、息子には代替わり前に結婚し、早めに世継ぎを作っておけというのが彼の希望のようだ。
アスヴィルは友人の心中を察して同情した。
シヴァにしてもそうだが、アスヴィルも、いかんせん女という生き物に心を開かない。もし自分が父親である魔王に、魔王になる前に結婚しろとでも言われようものなら、その座をさっさとセリウスに譲り渡しどこかに逃亡するだろう。
アスヴィルは盛大にため息をついた。
「明日も、お見合いらしいです」
「それは、……大変だな」
シヴァは自分が見合いをさせられる場面を想像して苦い顔をした。
アスヴィルはそのあとシヴァ相手に「結婚したくない」と二言三言愚痴を言って、友人の部屋を辞したのだった。
ミリアムとアスヴィルの仲を、シヴァはそう表現した。
だが、表現された方のアスヴィルは意外そうな表情を浮かべた。
「そうですか?」
「……そこで疑問を持てるお前の感覚を、俺はたまにすごいと思う」
「ミリアムは子供です。俺は道理を諭しているだけですよ」
なるほど、確かに一理あるかもしれない。そして、アスヴィルはミリアムと違い、彼女のことを嫌ってはいないのだろう。我儘なミリアムに注意をしているだけ――、おそらく彼はそういう意識で接しているようだ。
ただ、そのような意見が言えるということは、ミリアムに蛇蝎のごとく嫌われているという自覚は持っていないということである。
ミリアムは兄のシヴァから見ても非常にわかりやすい性格の妹だった。
嫌いなものは嫌い、いやなものはいや、好きなものは好き。そこにある感情や欲求に非常に忠実に行動し公言する、竹を割ったと言えば聞こえはいいが、とても単細胞な性格だ。
心中で思っていても、それを口にすることで面倒ごとを引き起こしそうものなら沈黙を決め込むシヴァとは、真逆の性格と言ってもいいだろう。
「あれも、もう十五になったがな」
五歳のときならいざ知らず、十五歳になったミリアムは、昔と比べて多少の分別はついているようだ。
だが、面白いことに、アスヴィルに対してだけは昔と変わらないように見える。極力会うことを避けているようだが、たまに出くわしたときの、あの蛆虫でも見るような表情は、当事者ではないシヴァからすれば少し面白い。
しかしアスヴィルは。
「十五歳なんて、まだまだ子供じゃないですか」
と言う。
どうやら、アスヴィルの中では、ミリアムは五歳の時と同じ扱いのままらしい。
シヴァはそんなアスヴィルを見て、心の中でこっそり母に同情した。
母はアスヴィルがお気に入りで、密かにミリアムとアスヴィルが結婚してくれればいいなと考えていることをシヴァは知っていた。
だが、この二人を見る限り、それは夢のまた夢だろう。
「そういえば、グノーがそろそろ隠居するらしいな」
シヴァはふと話題を変えた。アスヴィルの父であるグノー侯が隠居するという噂は、シヴァの耳にも届いている。
グノーは齢千五百歳を超え、シヴァの祖父が魔王の座にいたころから七侯の一人だった。魔界の領地を任されている七侯の中でも、グノーは一番長くその座に座っている男だった。
それは、グノーがなかなか結婚しなかったことと、結婚してもすぐに子宝に恵まれなかったこと、さらに言えばアスヴィルが産まれたのちは、まだまだ生まれてすぐの子供には譲れないと言ってその座に座り続けたことによるが、いい加減アスヴィルも三百歳を超え、そろそろ譲る気になったようだった。
「ええ、隠居してのんびりすると言っていました」
「代替わりはいつだ?」
「おそらく、ここ数年の内には」
「そうか。どうやらお前の方が先になりそうだな」
シヴァは小さく笑った。シヴァの父親である魔王も、あわよくばさっさと引退し、田舎で母とともにイチャイチャしてすごしたいと言っているが、ミリアムが産まれたことでもう少し城に居座る気になったらしく、いまだ魔王の代替わりは行われていない。
すると、アスヴィルは顔を曇らせた。
「代替わりはいいのですが……」
「何か心配事か?」
「いえ。心配事ではなく、代替わり前に結婚しろと、父が……」
なんでも、結婚せずに七侯の座に就いたグノーは、結婚せずにその座についたことを後悔していたらしい。結果的にはそれで最愛の妻に巡り合えたからよかったらしいが、息子には代替わり前に結婚し、早めに世継ぎを作っておけというのが彼の希望のようだ。
アスヴィルは友人の心中を察して同情した。
シヴァにしてもそうだが、アスヴィルも、いかんせん女という生き物に心を開かない。もし自分が父親である魔王に、魔王になる前に結婚しろとでも言われようものなら、その座をさっさとセリウスに譲り渡しどこかに逃亡するだろう。
アスヴィルは盛大にため息をついた。
「明日も、お見合いらしいです」
「それは、……大変だな」
シヴァは自分が見合いをさせられる場面を想像して苦い顔をした。
アスヴィルはそのあとシヴァ相手に「結婚したくない」と二言三言愚痴を言って、友人の部屋を辞したのだった。
10
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる