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隣国の王子は好敵手

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 入室してきた赤茶色の髪をした男の顔にカレンは見覚えがあった。

 昨日、城下町のカフェで絹織物の反物をくれたアレクという名前の男だ。

「カレン、カイザー王子と面識があるのか?」

 リチャードも驚いたようにカレンを振り返っている。

 しかし、どうしてかアレク――カイザー王子に驚いた様子はなく、パチッと片目をつむって答えた。

「昨日ぶりだね、子猫ちゃん」

「こ、こねこちゃ……」

 絶句するカレンのそばまでやってきたカイザー王子は、椅子に座ったままのカレンの手をそっと持ち上げた。

「改めて自己紹介するよ。俺は、カイザー・アレクサンド・イオライト。アレクは親しい間柄の人が呼ぶ愛称なんだ。子猫ちゃんもぜひアレクと呼んでほしいな」

 アレクはキラキラと星さえ瞬きそうな極上の笑みを浮かべたが、あまりのことに脳がフリーズしてしまったカレンの耳には届かない。

 リチャードはしばらく二人を見つめていたが、やがてカレンとアレクの間に身を滑り込ませた。

「申し訳ない。カイザー王子はカレンと面識が?」

「ああ、昨日たまたまね。そうか、君はカレンというのか。可愛らしい名だ」

 アレクは昨日のことを簡単にかいつまんでリチャードに説明する。

 二人が話しているのを聞きながら、少しずつ冷静さを取り戻したカレンは、にこにこと機嫌がよさそうに笑っているアレクに訊ねた。

「もしかして……、はじめからわたしがリチャード王子の侍女だって気づいていたんですか……?」

 アレクは去り際に「またね」と言った。カレンは二度と「また」が来ないと思っていたのだが、理由もなく、はじめて会った名前も出自も知らない女に「またね」とは言わないだろう。

 最初からわかっていたのかと驚いたが、アレクは首を横に振った。

「いや? 君が誰かなんてわからなかったよ? ただ、君は一緒にいた男と話していた時に『殿下』という単語を使っただろう? 殿下という特殊な敬称で呼ばれる人物は数少ない。そして君は『殿下にお土産』と言った。つまり、君はなにかしら王家にかかわりのある人物で、さらには『殿下』にお土産を渡せる間柄、ということになる。簡単な推理だったよ」

 どうやらアレクは昨日、カレンとヨハネスの会話を盗み聞きしていたらしい。だが、そのわずかな単語だけでカレンの立場を正確に推理することは「簡単」ではないだろう。相当頭が切れるのかもしれない。

「だから城に行けばきっと会えると思ったんだが、まさかこんなにも早くに会えると思わなかったな。やっぱり運命だ」

「いやいや、運命なんてありませんから」

 昨日「攫って帰りたい」と言われたことを思い出して、カレンはあわあわとリチャードの背中に隠れた。

「そんなに警戒しなくてもいいのに。……否定されると、逆に燃えるんだよね」

 アレクはくすくす笑いながら用意された席――カレンとは逆の、リチャードの左隣の席に腰を下ろす。カレンは間にリチャードがいることにほっとして息をついたが、リチャードの横顔が少し機嫌が悪そうに見えて気になった。

 相変わらずにこにこ笑っているアレクと、機嫌の悪そうなリチャード王子。妙に居心地の悪い雰囲気に包まれながら、やがて、パーティーがはじまった――
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