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行商人は女好き

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「いち、に、さん、いち、に、さん……。はい、もうよろしいですわ」

 パンパンというロスコーネ夫人の手拍子が止み、リチャードとカレンは足を止めた。

「ワルツについては問題なさそうですわね。お疲れさまでございました。これで二日後のダンスパーティーもきっと大丈夫ですわ」

 ロスコーネ夫人に及第点をもらい、カレンはホッとした。その拍子に体の力が抜けて、ダンスの疲労もあり、後ろに倒れそうになったのをリチャードが慌てて抱き留めてくれる。

「大丈夫か? ふらふらしているようだが……」

「すみません。大丈夫です」

 高いヒールで長時間踊ったため、気を抜いた瞬間に膝が砕けた。リチャードに支えられながら、そのままソファに腰を下ろし、ふうと息をつく。

 今すぐ靴を脱ぎたいが、さすがにロスコーネ夫人に見つかると「はしたない!」と怒られそうなのであきらめた。

「今まで頑張ったから明日は勉強はお休みにしてあげるよ。ゆっくり休みなさい。ロスコーネ夫人もよろしいですよね?」

 ヨハネスがお茶請けのクッキーと紅茶を差し出してくれる。疲れが取れるようにと蜂蜜とレモンで味付けされた紅茶は甘いけれどすっきりとしていた。本当ならば侍女であるカレンがお茶を煎れるべきなのだろうが、ダンスレッスン後にそんな体力は残っておらず、いつもヨハネスがお茶を煎れてくれる。ヨハネスの煎れる紅茶は、いつも優しい味がした。

「仕方ありませんわね。疲れをためてダンスパーティーに出席させるわけにはまいりませんもの」

「だって。よかったね。気分転換に街にでも下りてみたらどうかな? 城に来てから、まだ城下に降りていないでしょう? きっと楽しいと思うよ」

 買い物はないが、城下町は面白そうだ。カレンの暮らしていたアッピヤード地方も素朴で穏やかでいいところだが、城下町は様相が異なり、とても賑やかである。

 父が生きていたころは、城下に社交シーズンに利用していた家があったが、売り払ってしまってからは城下には来ていなかった。

 カレンはティーカップに口をつけながらリチャードを仰ぎ見た。

「あいにくと俺は時間が割けないが、行ってくるといい。ヨハネス、言い出しっぺは君なんだ、護衛を兼ねてカレンについていてくれ」

「お安いご用だよ。ちょうどほしい本があったことだし。カレン、ついでに本屋に寄ってもいいかな?」

「はい、もちろん」

「ほしいものがあればヨハネスに言うといい。ヨハネス、使った費用はあとで俺に請求してくれ」

「さすがにそんなケチじゃないよ。可愛い教え子にお金を使うくらい痛くもかゆくもないね。ということだから、ほしいものがあれば遠慮なく言うんだよ?」

 カレンは無駄遣いが嫌いなのでほしいものはそうそう出てこないと思うが、二人の気遣いに、カレンは笑って頷いた。
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