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王子の体質改善係
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庭に連れ出されたカレンは、まだショックから立ち直れていなかった。
どうして中庭で彼を見つけたときに、名前を訊ねなかったのだろう。身分を聞かなかったのだろう? 聞いていたら、強引に一曲お願いして、金貨五十枚が手に入っていたはずなのに!
カレンはしょんぼりして、リチャードとともに、すっかり家庭菜園と化した庭を歩く。
リチャードは芋やら野菜やらが植えられている庭や、パタパタと庭を走り回る鶏たちを物珍しそうに見やってから、カレンに向きなおった。
「ずっと君に会いたかったんだ。まさかここで会えるとは思わなかった」
「わたしもです。体調はもうよろしいんですか?」
「ああ、大丈夫」
「それはよかったです」
カレンは小さく微笑んだ。心配していたのは本当だったので、体調がよくなったと聞いて安心したのだ。
リチャードは足を止めた。
「それで、君はあの時、どうして中庭に? 会場は大広間だったはずだけど」
「……王子様を探していたんです」
「俺を?」
「はい。でもよく考えたらわたし王子様のお顔を存じ上げていなかったので……」
「ああ、それで俺が王子だと気がつかなかった?」
「はい」
思い出せば思い出すほどあの日の自分が馬鹿すぎて、カレンは肩を落とした。金貨に目がくらんでいたとはいえ、冷静さを欠きすぎだ。中庭に降りたところで顔を知らないのであれば探しようがないと、少し考えればわかっただろうに。
だが、リチャードは何故か楽しそうな表情を浮かべた。
「あの時君が俺を探してくれていたのなら好都合だ。俺は君にお願いがあってね」
「お願いですか?」
「そう」
リチャードはその場に片膝をつくと、恐る恐るという様子でカレンの左手を取り、そしてじっと自分の手を見つめたあとでホッとした表情を浮かべた。
「やはり出ないな……」
「え?」
「いや、こちらの話しだ。……それで、だ。お願いというのは、君に、俺の妃になってほしい――と言うことなのだが」
「……。―――はい?」
「そうか、頷いてくれるか」
「いえ。その『はい』ではなくて……。ちょっと待ってください、よくわからなくて頭がついて行きません」
カレンは困惑して、掴まれていない右手を顎の下におくと、首を傾げた。
(今、妃って言ったわよね……?)
自問してみる。
確かに、今、王子は「妃になってほしい」と言った。
(妃ってあれよね? 王子様のお嫁さん……?)
つまり――
「結婚!?」
「さっきからそう言っているんだが……」
リチャードがあきれ顔でそう告げたが、カレンの耳には入らなかった。
カレンはあわあわとリチャードの手を振りほどき、後ろに三歩後じさる。
「無理、むりむりむり! 王子様と結婚なんて無理です!」
まさか断れれると思っていなかったリチャードは大きく目を見開いて、焦ったようにカレンの両肩に手をおいた。
「どうして!?」
「だって! 王子様とわたしなんて――」
「身分が釣り合わない? 君は伯爵家のご令嬢だろう? 確かに少し足りないかもしれないけど、俺にもいろいろ事情があるから、問題は―――」
「いえ! 身分じゃなくって! いや、身分もですけど」
「じゃあ、何?」
カレンはふるふると首を振って、言った。
「き――」
「き?」
「金銭感覚! 絶対無理! あうわけがない! だから王子様とは結婚できません!」
「き、金銭感覚……?」
唖然とするリチャードの手から逃れて、カレンは近くをコケコケと歩いていたニワトリを抱きかかえると、うんうんと大きく頷いた。
「わたしは、ここでこうやって、ニワトリさんたちを育てて、野菜を作って、つつましやかに生活しているんです! お城のきらびやかな生活なんて無理に決まってます!」
「で、でも、君はあの日、俺を探していたって――」
女性は苦手だが、それでも女性にキャーキャー言われた育ったリチャードは、まさか「金銭感覚」を理由に結婚を断られると思ってもいなくて、くらくらと眩暈を覚えてこめかみをもんだ。
さっき、王子様を探していたとその愛らしい唇で言った彼女は、どこに行ったのだろう。
そう、探していたと言ったのに――
王子はわずかばかりの希望にすがるように、じっとカレンを見つめる。
カレンは白いもふもふのニワトリを抱きしめて、そんな王子にとどめを差した。
「だって、王子様と踊ったら金貨五十枚くれるって聞いたんだもの―――!」
リチャードは灰になって空高く飛んで消えたい気分になった。
どうして中庭で彼を見つけたときに、名前を訊ねなかったのだろう。身分を聞かなかったのだろう? 聞いていたら、強引に一曲お願いして、金貨五十枚が手に入っていたはずなのに!
カレンはしょんぼりして、リチャードとともに、すっかり家庭菜園と化した庭を歩く。
リチャードは芋やら野菜やらが植えられている庭や、パタパタと庭を走り回る鶏たちを物珍しそうに見やってから、カレンに向きなおった。
「ずっと君に会いたかったんだ。まさかここで会えるとは思わなかった」
「わたしもです。体調はもうよろしいんですか?」
「ああ、大丈夫」
「それはよかったです」
カレンは小さく微笑んだ。心配していたのは本当だったので、体調がよくなったと聞いて安心したのだ。
リチャードは足を止めた。
「それで、君はあの時、どうして中庭に? 会場は大広間だったはずだけど」
「……王子様を探していたんです」
「俺を?」
「はい。でもよく考えたらわたし王子様のお顔を存じ上げていなかったので……」
「ああ、それで俺が王子だと気がつかなかった?」
「はい」
思い出せば思い出すほどあの日の自分が馬鹿すぎて、カレンは肩を落とした。金貨に目がくらんでいたとはいえ、冷静さを欠きすぎだ。中庭に降りたところで顔を知らないのであれば探しようがないと、少し考えればわかっただろうに。
だが、リチャードは何故か楽しそうな表情を浮かべた。
「あの時君が俺を探してくれていたのなら好都合だ。俺は君にお願いがあってね」
「お願いですか?」
「そう」
リチャードはその場に片膝をつくと、恐る恐るという様子でカレンの左手を取り、そしてじっと自分の手を見つめたあとでホッとした表情を浮かべた。
「やはり出ないな……」
「え?」
「いや、こちらの話しだ。……それで、だ。お願いというのは、君に、俺の妃になってほしい――と言うことなのだが」
「……。―――はい?」
「そうか、頷いてくれるか」
「いえ。その『はい』ではなくて……。ちょっと待ってください、よくわからなくて頭がついて行きません」
カレンは困惑して、掴まれていない右手を顎の下におくと、首を傾げた。
(今、妃って言ったわよね……?)
自問してみる。
確かに、今、王子は「妃になってほしい」と言った。
(妃ってあれよね? 王子様のお嫁さん……?)
つまり――
「結婚!?」
「さっきからそう言っているんだが……」
リチャードがあきれ顔でそう告げたが、カレンの耳には入らなかった。
カレンはあわあわとリチャードの手を振りほどき、後ろに三歩後じさる。
「無理、むりむりむり! 王子様と結婚なんて無理です!」
まさか断れれると思っていなかったリチャードは大きく目を見開いて、焦ったようにカレンの両肩に手をおいた。
「どうして!?」
「だって! 王子様とわたしなんて――」
「身分が釣り合わない? 君は伯爵家のご令嬢だろう? 確かに少し足りないかもしれないけど、俺にもいろいろ事情があるから、問題は―――」
「いえ! 身分じゃなくって! いや、身分もですけど」
「じゃあ、何?」
カレンはふるふると首を振って、言った。
「き――」
「き?」
「金銭感覚! 絶対無理! あうわけがない! だから王子様とは結婚できません!」
「き、金銭感覚……?」
唖然とするリチャードの手から逃れて、カレンは近くをコケコケと歩いていたニワトリを抱きかかえると、うんうんと大きく頷いた。
「わたしは、ここでこうやって、ニワトリさんたちを育てて、野菜を作って、つつましやかに生活しているんです! お城のきらびやかな生活なんて無理に決まってます!」
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そう、探していたと言ったのに――
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カレンは白いもふもふのニワトリを抱きしめて、そんな王子にとどめを差した。
「だって、王子様と踊ったら金貨五十枚くれるって聞いたんだもの―――!」
リチャードは灰になって空高く飛んで消えたい気分になった。
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