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王子の体質改善係
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ドレスに着替えながら、カレンは、ケリーの愉しそうな表情を思い出して、いったい誰が来たのだろうと首をひねった。
(もしかしてお姉様のどちらかへの求婚者……?)
思い当たることを考えてみて、いやいやと首を振る。
「お姉様への求婚者だったらわたしが呼ばれるのはおかしいわ……よね? だったら何かしら?」
領地の中で鉱山などの何か資産になるような発見があっても、今の管理は王家なのでカレンたちにはびた一文入らない。
それ以外で継母が楽しそうなことと言えば――
「まさか、お母様ったらまた何か無駄使いする気!?」
お買い物大好きな継母だ。彼女がうきうきと楽しそうなことと言えばお買い物。もしかして行商だろうか。
「いやあ! 変な壺とか売りに来たんじゃないでしょうね! お母様ったら面白そうなものを見たら絶対買っちゃいわ! 行商の口車になんて乗せられまくりだわきっと!」
カレンは真っ青になって、コルセットを省略して頭からドレスをかぶると、ばたばたと階下に降りる。
ばたーんと大きな音を立ててリビングの扉を開けると、ぜーぜーと肩で息をしながら叫んだ。
「お母様! いったい何を売りつけられそうになっているの!? うちは壺も鍋も絵もついでに大きい水晶玉とかも間に合ってるんですからね!」
「カ、カレンちゃん……?」
ケリーは義理の娘の形相に唖然と口を開けた。
「カレン、あんたって子は……」
茫然とした声が聞こえたので首を巡らせれば、ソファに姉二人が並んで腰を下ろしている。何やらいつもよりもめかしこんでいるようだが、行商相手にどうしておしゃれをする必要があるのだろう。
カレンは姉二人の姿にホッとして、つかつかと大股で二人に近寄った。
「お姉様たちもいたのね! よかった。それで、お母様ったら何を買おうとしていたの? 壺? それとも怪しい絵画? まさか宝石なんて――もがっ」
カレンは最後まで言うことができなかった。
慌てたようにキャサリンに口を塞がれたからだ。
「おほほほほ! 大変失礼いたしましたわ! この子ったら何か勘違いしているみたいで。お気になさらないでくださいませ!」
バーバリーがものすごい愛想笑いで来客に向かってそう告げる。
カレンはキャサリンに口を塞がれた難しい体制で首を巡らせ、そこに、うつむいて肩を震わせて笑っている男二人を発見した。
一人は艶やかな黒髪、もう一人は短めのシルバーグレイの髪をした、ともに背の高そうな男だった。
カレンは男たちの足元やテーブルの上に妙な壺や絵がないのを見て、首をひねる。
「あれ、怪しい行商じゃない」
「あたりまえでしょ!」
キャサリンが低い声で耳打ちして、ようやく口から手を放してくれる。
唖然としていたケリーは、ようやく意識を取り戻したかのようににっこりと微笑んだ。
「カレンちゃんってば、変な勘違いをしちゃったのねぇ。こちらは行商さんじゃなくて、リチャード殿下と側近のロゼウス様よ」
「リチャード殿下?」
どこかで聞いたことのある名前だ。どこだったかしら、とカレンが考えている目の前で、肩を揺らして笑っていた男が顔をあげる。
「ああ、久々に本気で笑った。なかなか面白いお嬢さん―――」
その声が途中で途切れて、綺麗なエメラルド色の瞳が大きく見開かれた。
カレンも同じく、大きな目を見開いて息を呑む。
(この人、この前のお城で――)
間違いない、舞踏会の日、中庭で具合が悪そうにしていた青年だ。その彼が、どうして我が家に来たのだろう。
どうやら相手も気がついたらしく、「君はあの時の……」とつぶやく声が聞こえてくる。
ケリーはそんなカレンと男を見比べて、おっとりと言った。
「あらー、カレンちゃん、王子様と顔見知りだったの?」
「え、王子様……?」
カレンはハッとした。そうだ。リチャードはこの国の第一王子の名前だ。ということは――
(目の前のこの人が、王子様……!?)
つまり、中庭であの日に会ったのは、城で働いている従業員ではなく王子様その人ということで。
カレンは頭を抱えて、よろよろとその場に両膝をついた。
「わたしの、金五十枚が……!」
どうしてあのときに気づかなかったのだと、カレンはがっくりとうなだれた。
(もしかしてお姉様のどちらかへの求婚者……?)
思い当たることを考えてみて、いやいやと首を振る。
「お姉様への求婚者だったらわたしが呼ばれるのはおかしいわ……よね? だったら何かしら?」
領地の中で鉱山などの何か資産になるような発見があっても、今の管理は王家なのでカレンたちにはびた一文入らない。
それ以外で継母が楽しそうなことと言えば――
「まさか、お母様ったらまた何か無駄使いする気!?」
お買い物大好きな継母だ。彼女がうきうきと楽しそうなことと言えばお買い物。もしかして行商だろうか。
「いやあ! 変な壺とか売りに来たんじゃないでしょうね! お母様ったら面白そうなものを見たら絶対買っちゃいわ! 行商の口車になんて乗せられまくりだわきっと!」
カレンは真っ青になって、コルセットを省略して頭からドレスをかぶると、ばたばたと階下に降りる。
ばたーんと大きな音を立ててリビングの扉を開けると、ぜーぜーと肩で息をしながら叫んだ。
「お母様! いったい何を売りつけられそうになっているの!? うちは壺も鍋も絵もついでに大きい水晶玉とかも間に合ってるんですからね!」
「カ、カレンちゃん……?」
ケリーは義理の娘の形相に唖然と口を開けた。
「カレン、あんたって子は……」
茫然とした声が聞こえたので首を巡らせれば、ソファに姉二人が並んで腰を下ろしている。何やらいつもよりもめかしこんでいるようだが、行商相手にどうしておしゃれをする必要があるのだろう。
カレンは姉二人の姿にホッとして、つかつかと大股で二人に近寄った。
「お姉様たちもいたのね! よかった。それで、お母様ったら何を買おうとしていたの? 壺? それとも怪しい絵画? まさか宝石なんて――もがっ」
カレンは最後まで言うことができなかった。
慌てたようにキャサリンに口を塞がれたからだ。
「おほほほほ! 大変失礼いたしましたわ! この子ったら何か勘違いしているみたいで。お気になさらないでくださいませ!」
バーバリーがものすごい愛想笑いで来客に向かってそう告げる。
カレンはキャサリンに口を塞がれた難しい体制で首を巡らせ、そこに、うつむいて肩を震わせて笑っている男二人を発見した。
一人は艶やかな黒髪、もう一人は短めのシルバーグレイの髪をした、ともに背の高そうな男だった。
カレンは男たちの足元やテーブルの上に妙な壺や絵がないのを見て、首をひねる。
「あれ、怪しい行商じゃない」
「あたりまえでしょ!」
キャサリンが低い声で耳打ちして、ようやく口から手を放してくれる。
唖然としていたケリーは、ようやく意識を取り戻したかのようににっこりと微笑んだ。
「カレンちゃんってば、変な勘違いをしちゃったのねぇ。こちらは行商さんじゃなくて、リチャード殿下と側近のロゼウス様よ」
「リチャード殿下?」
どこかで聞いたことのある名前だ。どこだったかしら、とカレンが考えている目の前で、肩を揺らして笑っていた男が顔をあげる。
「ああ、久々に本気で笑った。なかなか面白いお嬢さん―――」
その声が途中で途切れて、綺麗なエメラルド色の瞳が大きく見開かれた。
カレンも同じく、大きな目を見開いて息を呑む。
(この人、この前のお城で――)
間違いない、舞踏会の日、中庭で具合が悪そうにしていた青年だ。その彼が、どうして我が家に来たのだろう。
どうやら相手も気がついたらしく、「君はあの時の……」とつぶやく声が聞こえてくる。
ケリーはそんなカレンと男を見比べて、おっとりと言った。
「あらー、カレンちゃん、王子様と顔見知りだったの?」
「え、王子様……?」
カレンはハッとした。そうだ。リチャードはこの国の第一王子の名前だ。ということは――
(目の前のこの人が、王子様……!?)
つまり、中庭であの日に会ったのは、城で働いている従業員ではなく王子様その人ということで。
カレンは頭を抱えて、よろよろとその場に両膝をついた。
「わたしの、金五十枚が……!」
どうしてあのときに気づかなかったのだと、カレンはがっくりとうなだれた。
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