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いざ舞踏会へ!
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第一王子リチャードは、空に浮かぶ月を見上げて、やれやれと息を吐いた。
秋の夜空は高く、月も大きい。雲がないからか、星々もいつもよりはっきり見える気がするが、この空のようにリチャードの心が晴れることはない。
バーバリーが適当についた嘘の通り、リチャードは城の中庭にいた。
ベンチに座って、ただぼんやりと月を眺めている。
さすがにこのまま、中庭ですごすわけにはいかない。どこかで会場に向かわなくては、今回は父も黙っていないだろう。
それこそ、リチャードの体質を無視して強引に婚約者を決めるくらいしそうだった。
そのため、いい加減諦めて大広間に行かなくれはならないのだが――、苦手な女性がひしめく大広間を想像するだけでゾッとする。
リチャードは額に手を当ててうなだれた。
「なんで俺は王族なんかに生まれたんだ……」
結婚することが義務である王族の、しかも次期国王たる自分が生涯独身を貫くと言う選択肢は一ミリたりとも残されていない。
二十一年間逃げ回ってきたが、いい加減諦めなくてはならないのもわかっている。
せめて、好きになれなくてもいい、触れあって蕁麻疹の出ない相手ならばそれで――
だが、母に触れられても蕁麻疹が出るというのに、大丈夫な女性がいるはずがない。
国王は一縷の望みに縋って、息子の体質を治すことができる魔女を探すと言い出したが、数百年前ならいざ知らず、魔女がこの国にいなくなって久しい今、どこから魔女を見つけてくると言うのだ。
憂鬱になったリチャードが、ぐったりとベンチに寝そべったその時だった。
「あの……、どうしたんですか? 具合が悪いんですか?」
ぱたぱたと軽やかな足音が聞こえてきたかと思えば、歌うように涼やかな声が耳に届く。
半目を開けて声のした方を見やれば、薄ピンクと白の、まるで八重咲の薔薇のようなドレスを身にまとった美少女が、こちらへやってくるところだった。
リチャードは思わず言葉も忘れて少女に見入った。
(美しい……)
そう、一言でいえば「美しい」。可憐な妖精のようなほっそりとした肢体、ふわふわと波打つ蜂蜜色の髪。青色の瞳は、まるで今日の夜空のようにキラキラと輝いている。
少女は心配そうにリチャードの顔を覗き込んでいる。
「熱があるんでしょうか? 顔色が……」
そう言いながら少女が手を伸ばしてきて、リチャードはハッとした。
「触るな!」
慌てて少女の手を払いのけ、その手に触れてしまった左手をおさえる。
(しまった……)
いつもならもっと用心していた。それができなかったのは、うかつにもこの少女の容姿に見惚れてしまったからだ。
リチャードは上体を起こすと、少女の手に触れた左手をかばうように身をよじる。
「大丈夫だ、なんでもない。少し頭痛がするだけだ。すまないが、一人にしてくれないか」
リチャードの何かに怯えるような様子に、少女は怪訝に思ったようだった。だが、それ以上追及することはなく、リチャードに小さく会釈をしたあと、少女はそのまま歩いていく。
少女の姿がいなくなると、リチャードは大きく息を吐きだして、そろそろと左手をおさえている手を外してみた。
女性に触れられると、すぐにぷつぷつと蕁麻疹の症状が現れる。赤く水膨れのようなものが無数に現れるのを覚悟しながら左手を見たのだが。
「……あれ?」
リチャードは左手をかざしてみる。どこにも、蕁麻疹らしい症状は現れていない。
「おかしいな。触れなかったのか? ……いや、確かに手を払いのけたはずだ」
少女の手に触れた感触はあった。それなのに、蕁麻疹の症状がでないなんて――
「どうなってるんだ……?」
リチャードは茫然とつぶやいた。
秋の夜空は高く、月も大きい。雲がないからか、星々もいつもよりはっきり見える気がするが、この空のようにリチャードの心が晴れることはない。
バーバリーが適当についた嘘の通り、リチャードは城の中庭にいた。
ベンチに座って、ただぼんやりと月を眺めている。
さすがにこのまま、中庭ですごすわけにはいかない。どこかで会場に向かわなくては、今回は父も黙っていないだろう。
それこそ、リチャードの体質を無視して強引に婚約者を決めるくらいしそうだった。
そのため、いい加減諦めて大広間に行かなくれはならないのだが――、苦手な女性がひしめく大広間を想像するだけでゾッとする。
リチャードは額に手を当ててうなだれた。
「なんで俺は王族なんかに生まれたんだ……」
結婚することが義務である王族の、しかも次期国王たる自分が生涯独身を貫くと言う選択肢は一ミリたりとも残されていない。
二十一年間逃げ回ってきたが、いい加減諦めなくてはならないのもわかっている。
せめて、好きになれなくてもいい、触れあって蕁麻疹の出ない相手ならばそれで――
だが、母に触れられても蕁麻疹が出るというのに、大丈夫な女性がいるはずがない。
国王は一縷の望みに縋って、息子の体質を治すことができる魔女を探すと言い出したが、数百年前ならいざ知らず、魔女がこの国にいなくなって久しい今、どこから魔女を見つけてくると言うのだ。
憂鬱になったリチャードが、ぐったりとベンチに寝そべったその時だった。
「あの……、どうしたんですか? 具合が悪いんですか?」
ぱたぱたと軽やかな足音が聞こえてきたかと思えば、歌うように涼やかな声が耳に届く。
半目を開けて声のした方を見やれば、薄ピンクと白の、まるで八重咲の薔薇のようなドレスを身にまとった美少女が、こちらへやってくるところだった。
リチャードは思わず言葉も忘れて少女に見入った。
(美しい……)
そう、一言でいえば「美しい」。可憐な妖精のようなほっそりとした肢体、ふわふわと波打つ蜂蜜色の髪。青色の瞳は、まるで今日の夜空のようにキラキラと輝いている。
少女は心配そうにリチャードの顔を覗き込んでいる。
「熱があるんでしょうか? 顔色が……」
そう言いながら少女が手を伸ばしてきて、リチャードはハッとした。
「触るな!」
慌てて少女の手を払いのけ、その手に触れてしまった左手をおさえる。
(しまった……)
いつもならもっと用心していた。それができなかったのは、うかつにもこの少女の容姿に見惚れてしまったからだ。
リチャードは上体を起こすと、少女の手に触れた左手をかばうように身をよじる。
「大丈夫だ、なんでもない。少し頭痛がするだけだ。すまないが、一人にしてくれないか」
リチャードの何かに怯えるような様子に、少女は怪訝に思ったようだった。だが、それ以上追及することはなく、リチャードに小さく会釈をしたあと、少女はそのまま歩いていく。
少女の姿がいなくなると、リチャードは大きく息を吐きだして、そろそろと左手をおさえている手を外してみた。
女性に触れられると、すぐにぷつぷつと蕁麻疹の症状が現れる。赤く水膨れのようなものが無数に現れるのを覚悟しながら左手を見たのだが。
「……あれ?」
リチャードは左手をかざしてみる。どこにも、蕁麻疹らしい症状は現れていない。
「おかしいな。触れなかったのか? ……いや、確かに手を払いのけたはずだ」
少女の手に触れた感触はあった。それなのに、蕁麻疹の症状がでないなんて――
「どうなってるんだ……?」
リチャードは茫然とつぶやいた。
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