上 下
26 / 40

養女計画、早くも暗礁に乗り上げる 1

しおりを挟む
 来なさいと言われて、わたしは半ば連行されるように二階のリヒャルト様の書斎に連れていかれた。
 リヒャルト様の書斎に入るのもはじめてである。

 ……わー、今日ははじめて入るお部屋がいっぱい。ここのお部屋も素敵だな~。

 思考を明後日の方向に飛ばそうとしたわたしは、しかし、「スカーレット」とひくーい声で呼ばれて否応なく思考を現実に引っ張り戻された。だらだらと背中に冷や汗をかく。

 壁に並べられた重厚な本棚と、窓を背にするように置かれた焦げ茶色の大きなライティングデスク。
 その前にローテーブルを囲むようにして置かれているソファにちょこんと座ったわたしは、対面の一人がけソファに座って腕を組んだリヒャルト様の様子に子ウサギのよろしく震えた。

 め、目が据わっていらっしゃるっ。
 これは、わたしの企みに気づいている目だ。

 ……あわわわわ、視線をあわせないようにしないと。

 この期に及んで何とか誤魔化せないかと、わたしは目を泳がせる。
 リヒャルト様が、コンコンと指先でテーブルを叩いた。

「スカーレット。怒らないから正直に言いなさい。私が養女を迎えるとは、どういうことなんだ? その様子だと、君は何か知っているね」

 すでに怒っている顔で言われても信用できません!
 でも、リヒャルト様はわたしのご飯の神様で、神様のご命令は絶対で、もっと言えばここでご機嫌を損ねるとわたしの養女計画にも支障が――

 ……結局白状するしか道は残されていませんね!

 こういうとき、いつもさりげなく助けてくれるベティーナさんは残念ながらいない。
 リヒャルト様がベティーナさんを部屋の中に入れなかったからだ。
 つまり、がっつりお説教する気だろう。うぅ、怖いよう。

 早くしなさいと催促するように、コンコンとリヒャルト様の指先がテーブルの上を叩き続ける。
 白状するしか道は残されていないし、早くしないとその分お昼ご飯がお預けになるので、わたしはびくびくしながら養女計画を暴露した。
 わたしのしどろもどろな説明を黙って聞いていたリヒャルト様は、だんだん眉間にしわを寄せて、指先でこめかみをぐりぐりとしはじめる。

「君は何を考えているんだ?」
「だ、だって……」
「だってじゃない。第一、私は二十一で十六の子持ちになるつもりはない」

 がーん‼

「義姉上も義姉上だ。スカーレットの頓珍漢な言い分を聞き入れて兄上に奏上するなんて」
「と、頓珍漢……」

 わたしは涙目でぷるぷると震えた。

 ……ええっとつまり、わたしの素敵な(ごはん的に)養女計画は、頓挫したと言うことでよろしいでしょうか。よろしいんですね。泣きそうです。

 ばっさりと断られて、わたしの輝かしい未来計画がきれいさっぱり消え去った。
 わたし、リヒャルト様のお家の子になりたかったのに……。
 かくなる上はもう、一つしか残っていない。
 わたしは膝の上でぐっと拳を作ると、がばりと頭を下げた。

「じゃ、じゃあ、ここの使用人にしてください! できれば三食おやつ付きだと嬉しいです‼」
「君を使用人にするつもりはない」

 ……うわーん。使用人もだめだった。まあ、わたしは大食らいな上に役には立たなそうだから、雇うメリットなんてないだろうけども!

「君という子は……」

 リヒャルト様がこめかみをぐりぐりしたまま、はあ、と大きなため息をつく。

「……君はそんなにここから出ていきたくないのか? 言ったように、私は神殿と敵対するつもりでいる。いてもいいことはないぞ?」
「そんなことはないです!」
「食事の心配をしているのなら、私のところよりも君の腹を満たしてくれる家はあるはずだ」
「ここがいいです!」

 そうだ。
 リヒャルト様のこのお邸は、確かにごはん的にもとっても素敵なところだけど、わたしがここにいたい理由はそれだけではない。

 ……だって、よそのお家の子になったら、リヒャルト様もベティーナさんも、みんなも、いないじゃない。

 ごはん問題を差し引いても、わたしはここがいいのである。
 ここはとっても温かくて、居心地がいいのだ。
 リヒャルト様は困った顔で「うーん」と唸っている。

「君を拾った以上、私には君を幸せにする義務がある」
「ここよりわたしが幸せになれる場所はないです!」
「……そうか」

 リヒャルト様はまだ困った顔をしていたが、「仕方がないな」と言うように微笑んだ。

「わかった。少し考えてみよう。だから、妙な養女計画を立てるのはやめなさい。繰り返すようだが、私は君を養女にはしないぞ」

 ……やっぱり、養女はダメらしい。

 でも、リヒャルト様がわたしを追い出さない方向で考えてくれるみたいなので、結果的に見れば悪くない。

 ……なんだっけ? 雨降って地固まる? あ、でも、まだリヒャルト様の側にいられるのは確定じゃないから、まだ地面は固まってない?

 早く地面が固まらないかなあと思っていると、リヒャルト様が立ち上がってわたしに手を差し出した。

「下に降りようか。君も、お腹がすいただろう」

 ……お昼ご飯ですね! 待ってました‼



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

聖女の取り巻きな婚約者を放置していたら結婚後に溺愛されました。

しぎ
恋愛
※題名変更しました  旧『おっとり令嬢と浮気令息』 3/2 番外(聖女目線)更新予定 ミア・シュヴェストカは貧乏な子爵家の一人娘である。領地のために金持ちの商人の後妻に入ることになっていたが、突然湧いた婚約話により、侯爵家の嫡男の婚約者になることに。戸惑ったミアだったがすぐに事情を知ることになる。彼は聖女を愛する取り巻きの一人だったのだ。仲睦まじい夫婦になることを諦め白い結婚を目指して学園生活を満喫したミア。学園卒業後、結婚した途端何故か婚約者がミアを溺愛し始めて…!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

処理中です...