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養女計画、早くも暗礁に乗り上げる 1
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来なさいと言われて、わたしは半ば連行されるように二階のリヒャルト様の書斎に連れていかれた。
リヒャルト様の書斎に入るのもはじめてである。
……わー、今日ははじめて入るお部屋がいっぱい。ここのお部屋も素敵だな~。
思考を明後日の方向に飛ばそうとしたわたしは、しかし、「スカーレット」とひくーい声で呼ばれて否応なく思考を現実に引っ張り戻された。だらだらと背中に冷や汗をかく。
壁に並べられた重厚な本棚と、窓を背にするように置かれた焦げ茶色の大きなライティングデスク。
その前にローテーブルを囲むようにして置かれているソファにちょこんと座ったわたしは、対面の一人がけソファに座って腕を組んだリヒャルト様の様子に子ウサギのよろしく震えた。
め、目が据わっていらっしゃるっ。
これは、わたしの企みに気づいている目だ。
……あわわわわ、視線をあわせないようにしないと。
この期に及んで何とか誤魔化せないかと、わたしは目を泳がせる。
リヒャルト様が、コンコンと指先でテーブルを叩いた。
「スカーレット。怒らないから正直に言いなさい。私が養女を迎えるとは、どういうことなんだ? その様子だと、君は何か知っているね」
すでに怒っている顔で言われても信用できません!
でも、リヒャルト様はわたしのご飯の神様で、神様のご命令は絶対で、もっと言えばここでご機嫌を損ねるとわたしの養女計画にも支障が――
……結局白状するしか道は残されていませんね!
こういうとき、いつもさりげなく助けてくれるベティーナさんは残念ながらいない。
リヒャルト様がベティーナさんを部屋の中に入れなかったからだ。
つまり、がっつりお説教する気だろう。うぅ、怖いよう。
早くしなさいと催促するように、コンコンとリヒャルト様の指先がテーブルの上を叩き続ける。
白状するしか道は残されていないし、早くしないとその分お昼ご飯がお預けになるので、わたしはびくびくしながら養女計画を暴露した。
わたしのしどろもどろな説明を黙って聞いていたリヒャルト様は、だんだん眉間にしわを寄せて、指先でこめかみをぐりぐりとしはじめる。
「君は何を考えているんだ?」
「だ、だって……」
「だってじゃない。第一、私は二十一で十六の子持ちになるつもりはない」
がーん‼
「義姉上も義姉上だ。スカーレットの頓珍漢な言い分を聞き入れて兄上に奏上するなんて」
「と、頓珍漢……」
わたしは涙目でぷるぷると震えた。
……ええっとつまり、わたしの素敵な(ごはん的に)養女計画は、頓挫したと言うことでよろしいでしょうか。よろしいんですね。泣きそうです。
ばっさりと断られて、わたしの輝かしい未来計画がきれいさっぱり消え去った。
わたし、リヒャルト様のお家の子になりたかったのに……。
かくなる上はもう、一つしか残っていない。
わたしは膝の上でぐっと拳を作ると、がばりと頭を下げた。
「じゃ、じゃあ、ここの使用人にしてください! できれば三食おやつ付きだと嬉しいです‼」
「君を使用人にするつもりはない」
……うわーん。使用人もだめだった。まあ、わたしは大食らいな上に役には立たなそうだから、雇うメリットなんてないだろうけども!
「君という子は……」
リヒャルト様がこめかみをぐりぐりしたまま、はあ、と大きなため息をつく。
「……君はそんなにここから出ていきたくないのか? 言ったように、私は神殿と敵対するつもりでいる。いてもいいことはないぞ?」
「そんなことはないです!」
「食事の心配をしているのなら、私のところよりも君の腹を満たしてくれる家はあるはずだ」
「ここがいいです!」
そうだ。
リヒャルト様のこのお邸は、確かにごはん的にもとっても素敵なところだけど、わたしがここにいたい理由はそれだけではない。
……だって、よそのお家の子になったら、リヒャルト様もベティーナさんも、みんなも、いないじゃない。
ごはん問題を差し引いても、わたしはここがいいのである。
ここはとっても温かくて、居心地がいいのだ。
リヒャルト様は困った顔で「うーん」と唸っている。
「君を拾った以上、私には君を幸せにする義務がある」
「ここよりわたしが幸せになれる場所はないです!」
「……そうか」
リヒャルト様はまだ困った顔をしていたが、「仕方がないな」と言うように微笑んだ。
「わかった。少し考えてみよう。だから、妙な養女計画を立てるのはやめなさい。繰り返すようだが、私は君を養女にはしないぞ」
……やっぱり、養女はダメらしい。
でも、リヒャルト様がわたしを追い出さない方向で考えてくれるみたいなので、結果的に見れば悪くない。
……なんだっけ? 雨降って地固まる? あ、でも、まだリヒャルト様の側にいられるのは確定じゃないから、まだ地面は固まってない?
早く地面が固まらないかなあと思っていると、リヒャルト様が立ち上がってわたしに手を差し出した。
「下に降りようか。君も、お腹がすいただろう」
……お昼ご飯ですね! 待ってました‼
リヒャルト様の書斎に入るのもはじめてである。
……わー、今日ははじめて入るお部屋がいっぱい。ここのお部屋も素敵だな~。
思考を明後日の方向に飛ばそうとしたわたしは、しかし、「スカーレット」とひくーい声で呼ばれて否応なく思考を現実に引っ張り戻された。だらだらと背中に冷や汗をかく。
壁に並べられた重厚な本棚と、窓を背にするように置かれた焦げ茶色の大きなライティングデスク。
その前にローテーブルを囲むようにして置かれているソファにちょこんと座ったわたしは、対面の一人がけソファに座って腕を組んだリヒャルト様の様子に子ウサギのよろしく震えた。
め、目が据わっていらっしゃるっ。
これは、わたしの企みに気づいている目だ。
……あわわわわ、視線をあわせないようにしないと。
この期に及んで何とか誤魔化せないかと、わたしは目を泳がせる。
リヒャルト様が、コンコンと指先でテーブルを叩いた。
「スカーレット。怒らないから正直に言いなさい。私が養女を迎えるとは、どういうことなんだ? その様子だと、君は何か知っているね」
すでに怒っている顔で言われても信用できません!
でも、リヒャルト様はわたしのご飯の神様で、神様のご命令は絶対で、もっと言えばここでご機嫌を損ねるとわたしの養女計画にも支障が――
……結局白状するしか道は残されていませんね!
こういうとき、いつもさりげなく助けてくれるベティーナさんは残念ながらいない。
リヒャルト様がベティーナさんを部屋の中に入れなかったからだ。
つまり、がっつりお説教する気だろう。うぅ、怖いよう。
早くしなさいと催促するように、コンコンとリヒャルト様の指先がテーブルの上を叩き続ける。
白状するしか道は残されていないし、早くしないとその分お昼ご飯がお預けになるので、わたしはびくびくしながら養女計画を暴露した。
わたしのしどろもどろな説明を黙って聞いていたリヒャルト様は、だんだん眉間にしわを寄せて、指先でこめかみをぐりぐりとしはじめる。
「君は何を考えているんだ?」
「だ、だって……」
「だってじゃない。第一、私は二十一で十六の子持ちになるつもりはない」
がーん‼
「義姉上も義姉上だ。スカーレットの頓珍漢な言い分を聞き入れて兄上に奏上するなんて」
「と、頓珍漢……」
わたしは涙目でぷるぷると震えた。
……ええっとつまり、わたしの素敵な(ごはん的に)養女計画は、頓挫したと言うことでよろしいでしょうか。よろしいんですね。泣きそうです。
ばっさりと断られて、わたしの輝かしい未来計画がきれいさっぱり消え去った。
わたし、リヒャルト様のお家の子になりたかったのに……。
かくなる上はもう、一つしか残っていない。
わたしは膝の上でぐっと拳を作ると、がばりと頭を下げた。
「じゃ、じゃあ、ここの使用人にしてください! できれば三食おやつ付きだと嬉しいです‼」
「君を使用人にするつもりはない」
……うわーん。使用人もだめだった。まあ、わたしは大食らいな上に役には立たなそうだから、雇うメリットなんてないだろうけども!
「君という子は……」
リヒャルト様がこめかみをぐりぐりしたまま、はあ、と大きなため息をつく。
「……君はそんなにここから出ていきたくないのか? 言ったように、私は神殿と敵対するつもりでいる。いてもいいことはないぞ?」
「そんなことはないです!」
「食事の心配をしているのなら、私のところよりも君の腹を満たしてくれる家はあるはずだ」
「ここがいいです!」
そうだ。
リヒャルト様のこのお邸は、確かにごはん的にもとっても素敵なところだけど、わたしがここにいたい理由はそれだけではない。
……だって、よそのお家の子になったら、リヒャルト様もベティーナさんも、みんなも、いないじゃない。
ごはん問題を差し引いても、わたしはここがいいのである。
ここはとっても温かくて、居心地がいいのだ。
リヒャルト様は困った顔で「うーん」と唸っている。
「君を拾った以上、私には君を幸せにする義務がある」
「ここよりわたしが幸せになれる場所はないです!」
「……そうか」
リヒャルト様はまだ困った顔をしていたが、「仕方がないな」と言うように微笑んだ。
「わかった。少し考えてみよう。だから、妙な養女計画を立てるのはやめなさい。繰り返すようだが、私は君を養女にはしないぞ」
……やっぱり、養女はダメらしい。
でも、リヒャルト様がわたしを追い出さない方向で考えてくれるみたいなので、結果的に見れば悪くない。
……なんだっけ? 雨降って地固まる? あ、でも、まだリヒャルト様の側にいられるのは確定じゃないから、まだ地面は固まってない?
早く地面が固まらないかなあと思っていると、リヒャルト様が立ち上がってわたしに手を差し出した。
「下に降りようか。君も、お腹がすいただろう」
……お昼ご飯ですね! 待ってました‼
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