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妖精王の遣い

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「いなくなった!?」

 ルノディック国王はソファから勢いよく立ち上がった。

「いなくなったとはどういうことだ! どこに、どこにいったのだ!」

 どうやら娘がいなくなったという報告を受けていなかったらしい国王は、途端におろおろしはじめる。

「朝はいたな。会って話をしたし。いつからいないのだ?」

「その……、陛下とお会いになったすぐあとから、体調がすぐれないから一人にしてほしいと言われまして……、そこからお姿を見ていません」

「なんということだ……」

 国王は茫然とつぶやいて、すとんと力が抜けようにソファに腰を下ろす。

 そのまま放心して国王が両手で顔を覆ってしまうと、メリーエルはちらりとユリウスを見やる。なんだか「マリアベル姫もいないみたいだし、じゃあ帰ります」とは言いにくい雰囲気だ。メリーエルはしばしば空気の読めない発言をするが、さすがにこの場でそれは言えなかった。

 しかしユリウスは、人間の事情に配慮なんてしない性質だ。彼は国王がこの部屋から出て行けば、さっさとロマリエ国の邸に戻ろうと考えていた。

 問題は、魂が抜けたようになってしまったこの国王をどうやってこの部屋から追い出すかだ。

 ユリウスがこの部屋から国王を追いやる方法を考えていると、ルイーザが控えめに口を開いた。

「その……、捜索隊を用意する必要がございますか……?」

 さすがに今まで戻ってこないとなると、何かに巻き込まれてしまった可能性が浮上する。急いで探し出す必要があるだろう。だが国王は顔をあげると、今にも部屋を出て行こうとしているルイーザを押しとどめた。

「待て! 捜索隊など出して見ろ、姫がいなくなってしまったことがバレてしまう。もしシュバリエ殿下の耳にでも入って、結婚を取りやめるなど言われたらどうすればいいのだ」

「しかし……」

「とにかく、まだ待て」

 すでにシュバリエの遣いとして来ているメリーエルとユリウスの耳に入った時点で、シュバリエが知るのは時間の問題だろう。

(うーん、結婚が嫌で家出したって聞いたら、ショック受けるだろうなぁ)

 まだそうと決まったわけではないが、その可能性は排除できない。メリーエルはどうやってシュバリエに説明しようかと考えていると、突然国王が血走った目でこちらを見た。

「お前たちも、すまないがシュバリエ王子のもとには返してやれない」

「なんですってぇ?」

 メリーエルはギョッとして、身を乗り出した。

「どうしてよ! わたしたち関係ないじゃないの!」

「どうしてもだ。お前たちを返したらシュバリエ殿下にばれてしまうじゃないか」

「なにもっともらしく言ってるのよ! 横暴よ!」

 メリーエルの頭からは、もはや目の前の男が国王だという認識はきれいさっぱり零れ落ちていた。今にもつかみかからん勢いで文句を言っていると、ユリウスが冷ややかに言った。

「そちらの許可は関係ない。俺たちは帰りたいから帰る」

 そうだった。いらぬ騒動に巻き込まれて一番不機嫌なのはメリーエルではなくユリウスだ。ユリウスは立ち上がると、メリーエルの猫の子を持ち上げるかのように首根っこを掴んだ。

 そして、さっさとこの部屋から出て行こうとしたその時――、ユリウスはふと足を止めて、怪訝そうに何もない窓辺を振り返った。

「……だれだ」

 ユリウスが問いかけた先には誰もいない。メリーエルが首を傾げていると、突然、ぽんっとワインのコルクを抜くような音がしで、手のひらサイズの何やら蝶のようなものがひらひらとあらわれた。

 メリーエルはぎょっとした。それは蝶のようで蝶ではなかったからだ。

「妖精か」

 驚いたのはメリーエルだけではなかった。国王もルイーザも息を呑んで硬直する中で、ただ一人ユリウスだけが、冷静にそうつぶやいたのだった。
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