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姫と妖精の約束
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さわさわと川の水が流れるような心地いい音が聞こえてくる。
頬にあたる風は冬だというのに優しい暖かさで、ゆらゆらと揺りかごに揺られているような気持のいい浮遊感が、浮上しかけた彼女の意識を夢の中にとどめようとした。
(何かしら……、春の若草のようなさわやかな香りがする……)
気持ちがいいから目をあけたくない。
そう思いながらも、夢とうつつの狭間を行き来する意識の中で考える。
彼女は先ほどまで、山の中を歩いていたはずだった。
ラーシェットの樹海に光苔を採りに行っていたのだ。それを持ち帰って煎じて、今度こそダイエットを成功させようと心に誓っていた。
(そうよ、ダイエットしなきゃ……。あの人の隣に立っても恥ずかしくないように、急いで痩せないと)
もう時間がないのだ。あと一か月のうちに落とさなければいけない体重は、どのくらいだろう。食事量も抑えていたため、頭に糖が足りないのか、考えがまとまらない。
(籠……、光苔を入れた籠はどこかしら……)
必死の思いで採取したのだ。今の彼女には、どんなに高価な宝石や美しいドレスよりも価値のあるもの。
(痩せなきゃ……)
まだ微睡んでいたい気持ちを抑え込んで、彼女はゆっくりと目を開ける。そして、息を呑んだ。
「ああ、目が覚めたのか……?」
すぐ目の前にあるのは、端正な横顔。
透けるような白い肌に、金と銀の間のような色の髪。こちらを優しく見下ろす瞳の色はタンザナイトを思わすような、キラキラと不思議な光彩を放つ濃いブルー。それを縁どる睫毛は驚くほど長く、彼女が今まで見たことのあるどの男性よりも――いや、どの人間よりも美しかった。
しかし、彼女が驚いたのは、その美貌よりも彼の耳。金のピアスをつけている彼の耳の先はとがっていて、非常に違和感があったのだ。
「連れてくるときに手荒な真似をして悪かったね。怪我はさせてないはずだけど、驚かせたよね」
「連れて……くる?」
そこで彼女はハッとした。
光苔を採取して帰ろうとした矢先、突然突風が襲ってきたのだ。それは籠ごと光苔を巻き上げ、強い空気の渦の中で呼吸困難になった彼女は意識を手放した。
(気を失う間際……、誰かの声を聞いた気がしたけど)
―――迎えに来たよ。
空耳かと思った。けれども、その声は目の前の彼の声に非常に似ている。
(この人は、誰……?)
じっと彼の顔を見つめて、彼女は首をひねる。
そして、ふと今の状況に気がつき、小さな悲鳴を上げた。
どうやら彼女は、目の前の麗しい青年に抱きかかえられているらしかった。
「は、離して! 下ろしてちょうだい!」
彼女は慌てて手をバタバタとばたつかせたが、彼は困ったように眉を下げて、なおもしっかりと彼女を抱えなおした。
「悪いけど、それはできない。落ちちゃうよ?」
「落ち……」
彼女は下を見て、息を呑んで硬直した。地上が遥か下にある。それが見たことのない風景だと言うことよりも、どうやら自分が彼に抱えられたまま空中にいるらしいと言うことに思考が凍り付いた。
「空……、飛んでる?」
「うーん。正確には、空を歩いているんだけど、まあ、どちらでも」
「空を歩く!?」
「そう。だから暴れたら危ないよ? 僕から離れたら、君はおそらく、下まで真っ逆さまだ」
「ひっ――」
彼女は思わず、目の前の彼にしがみつく。
彼はくすくすと笑いながら、再びゆっくりと歩を進めた。
「大丈夫。ひどいことなんてしないよ。ただ僕は、約束を果たしてもらいたいだけ」
「……約束?」
彼は一つ頷いて、すっと視線を前に向けた。
「詳しいことは、僕の城についてから話そう」
彼の視線の先を見た彼女は、大きく目を見開いた。
雲と雲の間――、雪で化粧したかのような真っ白な城壁の美しい城が、空の中に浮かんでいたのだ。
頬にあたる風は冬だというのに優しい暖かさで、ゆらゆらと揺りかごに揺られているような気持のいい浮遊感が、浮上しかけた彼女の意識を夢の中にとどめようとした。
(何かしら……、春の若草のようなさわやかな香りがする……)
気持ちがいいから目をあけたくない。
そう思いながらも、夢とうつつの狭間を行き来する意識の中で考える。
彼女は先ほどまで、山の中を歩いていたはずだった。
ラーシェットの樹海に光苔を採りに行っていたのだ。それを持ち帰って煎じて、今度こそダイエットを成功させようと心に誓っていた。
(そうよ、ダイエットしなきゃ……。あの人の隣に立っても恥ずかしくないように、急いで痩せないと)
もう時間がないのだ。あと一か月のうちに落とさなければいけない体重は、どのくらいだろう。食事量も抑えていたため、頭に糖が足りないのか、考えがまとまらない。
(籠……、光苔を入れた籠はどこかしら……)
必死の思いで採取したのだ。今の彼女には、どんなに高価な宝石や美しいドレスよりも価値のあるもの。
(痩せなきゃ……)
まだ微睡んでいたい気持ちを抑え込んで、彼女はゆっくりと目を開ける。そして、息を呑んだ。
「ああ、目が覚めたのか……?」
すぐ目の前にあるのは、端正な横顔。
透けるような白い肌に、金と銀の間のような色の髪。こちらを優しく見下ろす瞳の色はタンザナイトを思わすような、キラキラと不思議な光彩を放つ濃いブルー。それを縁どる睫毛は驚くほど長く、彼女が今まで見たことのあるどの男性よりも――いや、どの人間よりも美しかった。
しかし、彼女が驚いたのは、その美貌よりも彼の耳。金のピアスをつけている彼の耳の先はとがっていて、非常に違和感があったのだ。
「連れてくるときに手荒な真似をして悪かったね。怪我はさせてないはずだけど、驚かせたよね」
「連れて……くる?」
そこで彼女はハッとした。
光苔を採取して帰ろうとした矢先、突然突風が襲ってきたのだ。それは籠ごと光苔を巻き上げ、強い空気の渦の中で呼吸困難になった彼女は意識を手放した。
(気を失う間際……、誰かの声を聞いた気がしたけど)
―――迎えに来たよ。
空耳かと思った。けれども、その声は目の前の彼の声に非常に似ている。
(この人は、誰……?)
じっと彼の顔を見つめて、彼女は首をひねる。
そして、ふと今の状況に気がつき、小さな悲鳴を上げた。
どうやら彼女は、目の前の麗しい青年に抱きかかえられているらしかった。
「は、離して! 下ろしてちょうだい!」
彼女は慌てて手をバタバタとばたつかせたが、彼は困ったように眉を下げて、なおもしっかりと彼女を抱えなおした。
「悪いけど、それはできない。落ちちゃうよ?」
「落ち……」
彼女は下を見て、息を呑んで硬直した。地上が遥か下にある。それが見たことのない風景だと言うことよりも、どうやら自分が彼に抱えられたまま空中にいるらしいと言うことに思考が凍り付いた。
「空……、飛んでる?」
「うーん。正確には、空を歩いているんだけど、まあ、どちらでも」
「空を歩く!?」
「そう。だから暴れたら危ないよ? 僕から離れたら、君はおそらく、下まで真っ逆さまだ」
「ひっ――」
彼女は思わず、目の前の彼にしがみつく。
彼はくすくすと笑いながら、再びゆっくりと歩を進めた。
「大丈夫。ひどいことなんてしないよ。ただ僕は、約束を果たしてもらいたいだけ」
「……約束?」
彼は一つ頷いて、すっと視線を前に向けた。
「詳しいことは、僕の城についてから話そう」
彼の視線の先を見た彼女は、大きく目を見開いた。
雲と雲の間――、雪で化粧したかのような真っ白な城壁の美しい城が、空の中に浮かんでいたのだ。
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