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姫と妖精の約束
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「こちらでございます」
ルイーザに案内されて通されたマリアベル姫の部屋は、白とピンクで統一された可愛らしい部屋だった。
窓際には温室育ちのものだろうと思われる薔薇が生けられ、家具はあまり多くはないが品よくまとめられている。
壁には、シュバリエの肖像画の一枚が、額に入れられて飾られていた。
壁に肖像画を飾っているあたり、シュバリエのことを嫌っているようには思えないので、やはりただのマリッジブルーで家出したのではないかと思うマリアベルである。
改めてお茶を煎れようとするルイーザに、もうお腹がいっぱいだから必要ないと告げて、メリーエルはぐるりと部屋を見渡した。
特に変わったものはない。
部屋にいたところを誘拐されたのならば、少なくとも、部屋の中が荒れているはずだ。
(これは家出だなぁー。あー……、面倒な時に来ちゃったなぁ)
マリアベル姫が家出したみたいなんで帰りますー、なんて言い出せない雰囲気だ。間違いなく巻き込まれるのはわかっていて――、ユリウスの機嫌を想像するだけで頭が痛くなってくる。
(ユリウスにマリアベルの姫の匂いをかがせて、ちゃちゃっと魔法で拾ってくるー……、なんて無理だろうなぁ。言うだけで怒られるだろうなぁ。俺は犬か! って)
レースのカバーがかけられているソファに座り、メリーエルはなんとなく天井を見上げた。
部屋の中を照らすランプの影が、白い天井にゆらゆらと揺れている。
「いかがでしょうか……?」
メリーエルたちを探偵か何かと勘違いしている節のあるルイーザの問いかけに、メリーエルが「わかんないわよ」と返そうと天井から視線を移したとき。メリーエルが言う前に、ユリウスが難しい顔をしたこう言った。
「マリアベル姫は、魔法が使えるのか?」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげたのはメリーエルだ。
目を丸くしてユリウスを見れば、彼はあきれた顔をした。
「お前、仮にも魔女の端くれで気がつかなかったのか。魔力の気配がするぞ」
「え? うそ。何も感じないわよ」
「……薬ばかり作ってないで、少しはそっち方面も勉強しろ」
はあ、とため息をついたユリウスが、ルイーザに向きなおる。
「どうなんだ。ここの王家に魔王の素質があるとは聞いたことがないが……」
ルイーザは戸惑ったような顔で、首を横に振った。
「いえ……、おっしゃる通り、陛下をはじめ姫様たちが魔法を使ったところは見たことがありませんし……、おそらく使えないかと」
「では、王家お抱えの魔女や魔法使いはいるのか?」
ロマリエ王国と違い、魔女や魔法使いを禁忌としないルノディック国では、王家が彼らを雇っていても不思議ではない。
ルイーザは首をひねって、いいえと答えた。
「おそらく、王家とつながりのある魔女や魔法使いの方々はいらっしゃると思われますが、わたくしが知る限り、あまりお城には出入りされてはいないようです。もちろん、姫様個人でかかわりのある方もいらっしゃらないかと」
ルイーザの言葉に、メリーエルは、まあそうだろうなと思った。
魔女や魔法使いを禁忌としていないとしても、そもそも魔女や魔法使いは数が少ない。メリーエルのように魔力の少ない「なんちゃって魔女」ならいざ知らず、本当に力を持った魔女や魔法使いは滅多におらず、また総じて強い魔女や魔法使いは、あまり姿を現したがらない。利用されることを恐れているからだ。城に堂々と出入りして名前を売りたい魔法使いは、まあいないだろう。
「お姫様の部屋に魔女や魔法使いが出入りしていないなら、どうして魔法の気配がするのかしらね?」
メリーエルが何気なく問いかけると、ユリウスは難しい顔をした。
考え込むように視線を落とし――、「少し違うな」とぽつりとつぶやく。
「違うって何が?」
「魔法の気配はする。だが……、人のものとは少し違う」
「え?」
「メリーエル。帰るぞ」
「は?」
「面倒な匂いがする。これ以上ここにいたくない。帰る」
「ちょ――!」
困惑するルイーザを完全に無視して、ユリウスがさっさと帰ろうとしたその時だった。
「魔女が来たというのは本当か――!」
野太い叫び声とともに、ばたーんと扉が開け放たれる。
ルイーザは突然部屋に入っていた人物を見て、目を見開いた。
「へ、陛下――?」
メリーエルの横で、逃げ損ねたユリウスが大きくため息をついた。
ルイーザに案内されて通されたマリアベル姫の部屋は、白とピンクで統一された可愛らしい部屋だった。
窓際には温室育ちのものだろうと思われる薔薇が生けられ、家具はあまり多くはないが品よくまとめられている。
壁には、シュバリエの肖像画の一枚が、額に入れられて飾られていた。
壁に肖像画を飾っているあたり、シュバリエのことを嫌っているようには思えないので、やはりただのマリッジブルーで家出したのではないかと思うマリアベルである。
改めてお茶を煎れようとするルイーザに、もうお腹がいっぱいだから必要ないと告げて、メリーエルはぐるりと部屋を見渡した。
特に変わったものはない。
部屋にいたところを誘拐されたのならば、少なくとも、部屋の中が荒れているはずだ。
(これは家出だなぁー。あー……、面倒な時に来ちゃったなぁ)
マリアベル姫が家出したみたいなんで帰りますー、なんて言い出せない雰囲気だ。間違いなく巻き込まれるのはわかっていて――、ユリウスの機嫌を想像するだけで頭が痛くなってくる。
(ユリウスにマリアベルの姫の匂いをかがせて、ちゃちゃっと魔法で拾ってくるー……、なんて無理だろうなぁ。言うだけで怒られるだろうなぁ。俺は犬か! って)
レースのカバーがかけられているソファに座り、メリーエルはなんとなく天井を見上げた。
部屋の中を照らすランプの影が、白い天井にゆらゆらと揺れている。
「いかがでしょうか……?」
メリーエルたちを探偵か何かと勘違いしている節のあるルイーザの問いかけに、メリーエルが「わかんないわよ」と返そうと天井から視線を移したとき。メリーエルが言う前に、ユリウスが難しい顔をしたこう言った。
「マリアベル姫は、魔法が使えるのか?」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげたのはメリーエルだ。
目を丸くしてユリウスを見れば、彼はあきれた顔をした。
「お前、仮にも魔女の端くれで気がつかなかったのか。魔力の気配がするぞ」
「え? うそ。何も感じないわよ」
「……薬ばかり作ってないで、少しはそっち方面も勉強しろ」
はあ、とため息をついたユリウスが、ルイーザに向きなおる。
「どうなんだ。ここの王家に魔王の素質があるとは聞いたことがないが……」
ルイーザは戸惑ったような顔で、首を横に振った。
「いえ……、おっしゃる通り、陛下をはじめ姫様たちが魔法を使ったところは見たことがありませんし……、おそらく使えないかと」
「では、王家お抱えの魔女や魔法使いはいるのか?」
ロマリエ王国と違い、魔女や魔法使いを禁忌としないルノディック国では、王家が彼らを雇っていても不思議ではない。
ルイーザは首をひねって、いいえと答えた。
「おそらく、王家とつながりのある魔女や魔法使いの方々はいらっしゃると思われますが、わたくしが知る限り、あまりお城には出入りされてはいないようです。もちろん、姫様個人でかかわりのある方もいらっしゃらないかと」
ルイーザの言葉に、メリーエルは、まあそうだろうなと思った。
魔女や魔法使いを禁忌としていないとしても、そもそも魔女や魔法使いは数が少ない。メリーエルのように魔力の少ない「なんちゃって魔女」ならいざ知らず、本当に力を持った魔女や魔法使いは滅多におらず、また総じて強い魔女や魔法使いは、あまり姿を現したがらない。利用されることを恐れているからだ。城に堂々と出入りして名前を売りたい魔法使いは、まあいないだろう。
「お姫様の部屋に魔女や魔法使いが出入りしていないなら、どうして魔法の気配がするのかしらね?」
メリーエルが何気なく問いかけると、ユリウスは難しい顔をした。
考え込むように視線を落とし――、「少し違うな」とぽつりとつぶやく。
「違うって何が?」
「魔法の気配はする。だが……、人のものとは少し違う」
「え?」
「メリーエル。帰るぞ」
「は?」
「面倒な匂いがする。これ以上ここにいたくない。帰る」
「ちょ――!」
困惑するルイーザを完全に無視して、ユリウスがさっさと帰ろうとしたその時だった。
「魔女が来たというのは本当か――!」
野太い叫び声とともに、ばたーんと扉が開け放たれる。
ルイーザは突然部屋に入っていた人物を見て、目を見開いた。
「へ、陛下――?」
メリーエルの横で、逃げ損ねたユリウスが大きくため息をついた。
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