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姫と妖精の約束
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ルノディック国、城下町――
もうじき第一王女マリアベルの結婚ということもあり、城下町は早くもお祭り騒ぎの状態だ。
あちこちに花が飾られ、祝いの旗が立てられている。『ご成婚』と名前を付けた特価品が並び、飲食店は王女の結婚式の翌日まで酒や食べ物の割引をするようだ。
ロマリエ王国と違い、魔女や魔術師を取り締まっていないルノディック国の城下町には、その中に怪しげな店も建ち並ぶ。魔法薬やそれに使う材料、そのほか怪しげな魔法がかかったものを扱う店なども、大通りに堂々と店を構えており、メリーエルは目をキラキラと輝かせながらそれらの店に入ろうとしては、ユリウスに首根っこを掴まれて引きずり戻された。
「店は逃げないからあとにしろ。お前が光苔を採取したいなんて言うから遅くなったじゃないか。日が暮れる前に城へ向かうぞ」
ルノディック国の城は、城下町の北東の方角にある。メリーエルたちがいる場所からは、高い塔の先端しか見えないが、緩い坂道をのぼると、白亜の壮麗な城が見えてくるはずだ。
シュバリエ直筆の書簡があるため、メリーエルたちが門前払いを食らう危険は少ない。しかしさすがに、日が暮れたころに門をたたくのは気が咎める。
龍のくせに妙に律儀なユリウスは、さまざまな誘惑に惑わされているメリーエルを引きずって、城へと向かった。
そしてたどり着いたルノディック国の城は――、妙に慌ただしかった。
ユリウスが城門で門番にシュバリエの書簡を見せれば、すぐに城の中へ通されはしたが、部屋を案内されて、後ほど別のものが来ますので――と言われて待たされる。
「なんか変ねぇ」
部屋のソファに座って、出された茶菓子に手を伸ばしながら、メリーエルが首をひねった。
「結婚式前に忙しいのはわかるんだけど……、なんか違う気がするのよね」
「焦っている感じだったな」
何かあったのかもしれないな――、とユリウスが渋面を作る。
大方「面倒なことに巻き込まれなければいいが」とでも考えているんだろうなとメリーエルはユリウスの横顔を見やりながら、フィナンシェを口に入れて、ぱあっと顔を輝かせた。
「何これ、おいしい!」
食べろ食べろとユリウスの口にフィナンシェを押し込んだメリーエルは、にこにこと二つ目に手を伸ばす。
「ルノディック国は有名な菓子職人がたくさんいることでも有名だからな」
大きな特産品のないルノディック国だが、腕のいい菓子職人が作る菓子は世界に知られている。なんでも、数代前の国王が貿易品に困ったときに、菓子職人を養成する学校を作ったそうで、今では各国からも引き合いのある「お菓子」大国だ。
鉱山がないかわりに自然が豊かで、あちこちで牛や羊の放牧もしているらしく、そのおかげで上質なバターが手に入ることも、お菓子大国になった理由の一つらしい。
甘いものに目のないメリーエルがご機嫌で五つ目のフィナンシェに手を伸ばしたときだった。
「失礼いたします」
控えめなノックのあと、二十歳そこそこと思われるほっそりとした女性が部屋に入ってきた。着ているのはお仕着せではなく紺色の落ち着いたデザインのドレスであることから、彼女がメイドや女官でないとわかる。
おそらくだが、侍女の一人だろうか。ロマリエ王国でもそうだが、王妃や王女の侍女は、貴族の娘が行儀見習いを兼ねて務めていることが多く、仕事のほとんどは主人の話し相手だという。
結婚相手を見つけるにも、侍女になると城に出入りしている貴族たちと顔見知りになることが多いので、いろいろオイシイ――、と従姉妹のカーミラが言っていたのを思い出した。もっとも、ロマリエ国の妃の侍女を務めるには彼女は若く、また彼女は誰かに仕えるような性格ではないので、侍女を志願したことはないらしい。
さて、部屋に入ってきた女性は優雅に一礼すると、顔をあげて、その白い頬を薔薇色に染めた。
(あー……、ユリウス、顔だけはいいもんね。顔だけは)
彼女の視線がユリウスに向いていることに気がつき、メリーエルは「けっ」と心の中で唾を吐いた。
そして、自分の容姿が人の視線を集めることを充分に理解しているこの男は、女性に熱い視線を向けられるのも慣れっこで、表情一つ変えないところが妙に腹立たしい。
ルイーザと名乗った彼女は、赤い顔をしたまま向かいのソファに腰を下ろすと、探るような目を向けてきた。
「その……、ロマリエ王国のシュバリエ殿下の遣いの方だというのは本当でしょうか……?」
視線がユリウスに向きっぱなしだというのも、無視されているようで苛立たしい。
メリーエルはフィナンシェを頬張ると、もごもごと口を動かしながら「そうだけど?」とツンケンと返答した。
「メリーエル、行儀が悪いぞ」
「ふんっ」
「……どうして急に機嫌が悪くなったんだ?」
ユリウスが不思議そうに首を傾げるが、メリーエルはつーんとそっぽを向いた。
ルイーザは、そうですか、とどこか困惑したような表情を浮かべてうつむいた。
なんだかよくわからないが「わけあり」な感じがすると、横目でルイーザを見つめながらメリーエルの好奇心が首をもたげる。
(お城がバタバタしているのと何か関係あるのかしら?)
メリーエルは紅茶で口の中に残ったフィナンシェを飲み下す。
ルイーザはうつむいたまま黙り込んでしまって、結局彼女が何をしにこの部屋に来たのかもわからない。
メリーエルは腕を組むと、とりあえず当初の目的のため、彼女に訊ねてみた。
「それで、王子の書状にもあったと思うんだけど、わたしたちマリアベル姫に会いたいのよね」
マリアベルの名前を出すと、ルイーザの顔がさっと強張った。
「ひ、姫様は……、ただいま気分が優れず……」
「え? なに? 病気か何か?」
「そう言うわけではないのですが……」
「じゃあ、明日には会えるかしら?」
「それは……」
歯切れの悪いルイーザに、メリーエルは訝しんだ。
「なに? まさか結婚が嫌で、お姫様家出しちゃったとか? なーんて、まさかね。あはは……」
冗談のつもりで言ってみたのだが、メリーエルがそう告げた途端、ルイーザの表情が凍り付いた。
「え?」
まさか――、と思わずユリウスと顔を見合わせたメリーエルの目の前で、突然、ルイーザがわっと泣き出した。
「おっしゃる通り、姫様は、突然いなくなってしまわれたのです!」
「………………え、まじで?」
嘘でしょ――と茫然とするメリーエルの横で、ユリウスは「ああ、また面倒なことに……」と顔を覆ったのだった。
もうじき第一王女マリアベルの結婚ということもあり、城下町は早くもお祭り騒ぎの状態だ。
あちこちに花が飾られ、祝いの旗が立てられている。『ご成婚』と名前を付けた特価品が並び、飲食店は王女の結婚式の翌日まで酒や食べ物の割引をするようだ。
ロマリエ王国と違い、魔女や魔術師を取り締まっていないルノディック国の城下町には、その中に怪しげな店も建ち並ぶ。魔法薬やそれに使う材料、そのほか怪しげな魔法がかかったものを扱う店なども、大通りに堂々と店を構えており、メリーエルは目をキラキラと輝かせながらそれらの店に入ろうとしては、ユリウスに首根っこを掴まれて引きずり戻された。
「店は逃げないからあとにしろ。お前が光苔を採取したいなんて言うから遅くなったじゃないか。日が暮れる前に城へ向かうぞ」
ルノディック国の城は、城下町の北東の方角にある。メリーエルたちがいる場所からは、高い塔の先端しか見えないが、緩い坂道をのぼると、白亜の壮麗な城が見えてくるはずだ。
シュバリエ直筆の書簡があるため、メリーエルたちが門前払いを食らう危険は少ない。しかしさすがに、日が暮れたころに門をたたくのは気が咎める。
龍のくせに妙に律儀なユリウスは、さまざまな誘惑に惑わされているメリーエルを引きずって、城へと向かった。
そしてたどり着いたルノディック国の城は――、妙に慌ただしかった。
ユリウスが城門で門番にシュバリエの書簡を見せれば、すぐに城の中へ通されはしたが、部屋を案内されて、後ほど別のものが来ますので――と言われて待たされる。
「なんか変ねぇ」
部屋のソファに座って、出された茶菓子に手を伸ばしながら、メリーエルが首をひねった。
「結婚式前に忙しいのはわかるんだけど……、なんか違う気がするのよね」
「焦っている感じだったな」
何かあったのかもしれないな――、とユリウスが渋面を作る。
大方「面倒なことに巻き込まれなければいいが」とでも考えているんだろうなとメリーエルはユリウスの横顔を見やりながら、フィナンシェを口に入れて、ぱあっと顔を輝かせた。
「何これ、おいしい!」
食べろ食べろとユリウスの口にフィナンシェを押し込んだメリーエルは、にこにこと二つ目に手を伸ばす。
「ルノディック国は有名な菓子職人がたくさんいることでも有名だからな」
大きな特産品のないルノディック国だが、腕のいい菓子職人が作る菓子は世界に知られている。なんでも、数代前の国王が貿易品に困ったときに、菓子職人を養成する学校を作ったそうで、今では各国からも引き合いのある「お菓子」大国だ。
鉱山がないかわりに自然が豊かで、あちこちで牛や羊の放牧もしているらしく、そのおかげで上質なバターが手に入ることも、お菓子大国になった理由の一つらしい。
甘いものに目のないメリーエルがご機嫌で五つ目のフィナンシェに手を伸ばしたときだった。
「失礼いたします」
控えめなノックのあと、二十歳そこそこと思われるほっそりとした女性が部屋に入ってきた。着ているのはお仕着せではなく紺色の落ち着いたデザインのドレスであることから、彼女がメイドや女官でないとわかる。
おそらくだが、侍女の一人だろうか。ロマリエ王国でもそうだが、王妃や王女の侍女は、貴族の娘が行儀見習いを兼ねて務めていることが多く、仕事のほとんどは主人の話し相手だという。
結婚相手を見つけるにも、侍女になると城に出入りしている貴族たちと顔見知りになることが多いので、いろいろオイシイ――、と従姉妹のカーミラが言っていたのを思い出した。もっとも、ロマリエ国の妃の侍女を務めるには彼女は若く、また彼女は誰かに仕えるような性格ではないので、侍女を志願したことはないらしい。
さて、部屋に入ってきた女性は優雅に一礼すると、顔をあげて、その白い頬を薔薇色に染めた。
(あー……、ユリウス、顔だけはいいもんね。顔だけは)
彼女の視線がユリウスに向いていることに気がつき、メリーエルは「けっ」と心の中で唾を吐いた。
そして、自分の容姿が人の視線を集めることを充分に理解しているこの男は、女性に熱い視線を向けられるのも慣れっこで、表情一つ変えないところが妙に腹立たしい。
ルイーザと名乗った彼女は、赤い顔をしたまま向かいのソファに腰を下ろすと、探るような目を向けてきた。
「その……、ロマリエ王国のシュバリエ殿下の遣いの方だというのは本当でしょうか……?」
視線がユリウスに向きっぱなしだというのも、無視されているようで苛立たしい。
メリーエルはフィナンシェを頬張ると、もごもごと口を動かしながら「そうだけど?」とツンケンと返答した。
「メリーエル、行儀が悪いぞ」
「ふんっ」
「……どうして急に機嫌が悪くなったんだ?」
ユリウスが不思議そうに首を傾げるが、メリーエルはつーんとそっぽを向いた。
ルイーザは、そうですか、とどこか困惑したような表情を浮かべてうつむいた。
なんだかよくわからないが「わけあり」な感じがすると、横目でルイーザを見つめながらメリーエルの好奇心が首をもたげる。
(お城がバタバタしているのと何か関係あるのかしら?)
メリーエルは紅茶で口の中に残ったフィナンシェを飲み下す。
ルイーザはうつむいたまま黙り込んでしまって、結局彼女が何をしにこの部屋に来たのかもわからない。
メリーエルは腕を組むと、とりあえず当初の目的のため、彼女に訊ねてみた。
「それで、王子の書状にもあったと思うんだけど、わたしたちマリアベル姫に会いたいのよね」
マリアベルの名前を出すと、ルイーザの顔がさっと強張った。
「ひ、姫様は……、ただいま気分が優れず……」
「え? なに? 病気か何か?」
「そう言うわけではないのですが……」
「じゃあ、明日には会えるかしら?」
「それは……」
歯切れの悪いルイーザに、メリーエルは訝しんだ。
「なに? まさか結婚が嫌で、お姫様家出しちゃったとか? なーんて、まさかね。あはは……」
冗談のつもりで言ってみたのだが、メリーエルがそう告げた途端、ルイーザの表情が凍り付いた。
「え?」
まさか――、と思わずユリウスと顔を見合わせたメリーエルの目の前で、突然、ルイーザがわっと泣き出した。
「おっしゃる通り、姫様は、突然いなくなってしまわれたのです!」
「………………え、まじで?」
嘘でしょ――と茫然とするメリーエルの横で、ユリウスは「ああ、また面倒なことに……」と顔を覆ったのだった。
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